Domaine des Bois Lucas

〜2004年にかける、新井さんの情熱!〜

(Touraine 2004.7.9

 

 

 

 

 フランス・日本の両国のワイン業界で、同じくらいに頻繁に(しかも評価を伴って)名前を耳にする日本人というのはそう多くはないと思う。

 新井順子さんとそのワイン、ドメーヌ・デ・ボア・リュカ。既に日本でも様々なメディアを通じて紹介されているので、このレポートでは基本的な栽培・醸造方法よりも、このドメーヌの「今後の展望」に焦点を当てたいと思う。

 

 ドメーヌの新しい女性スタッフ、ノエラさんに、2004年の収穫以降このドメーヌのCuverie(醸造所)となる場所に案内されたのが、午前10時過ぎ。だが同日午前4時15分のエアフラでフランスに戻ったという新井さんは、既に醸造所の工事の打ち合わせの真っ最中で、声をかけることが戸惑われるほど多忙そうだった。その後、新井さんの案内で畑に入るも、「2週間ぶりだから、畑にいるのが嬉しくて」と言いながらその手は株の脇芽を取ったり、はみ出た新枝を針金に押し込むことに費やされ、目を離すと氏は畝のかなり向こうまで移動してしまっている。氏にカメラを構えるチャンスが私には微塵も与えられない(今回のレポートに氏の写真が無いのは、氏が一時も止まっていなかったからだ。本当に)。

 「1日が30時間あればいいのにねぇ」とにっこり語る氏とのテイスティングは、とにかく氏の情熱とスピードに圧倒されながら終始したのである。

 

今年だからこそ、できる

 

 3回目の収穫となる今年。このドメーヌにとっては、2回の収穫・醸造を経て得られた確信を、いよいよ実行に移すミレジムとなるようである。

 その一つが今までは一種類の銘柄だったガメイを、収穫までの過程が順調に進めば、区画別に2つの銘柄として瓶詰めすることだ。氏曰く、「テロワールの違いが明確に掴めたから、もうやる気十分よ」。

 他に、難しいと言われるカベルネ・フランのマセラシオン・カルボニックによる醸造も、「今年こそ成功した時に得られる『香水』のような香りを、多くの人に楽しんで頂けるのではないかしら。今までは醸造が上手く行った後に予測していなかった出来事が起こったりして、涙を呑んだ場合もあったけれど今年こそは自信がある」。

 これらの確信が現実のものとなることを加速しているのが、冒頭の新しい醸造所の存在だ。なぜなら新しい醸造所は従来のものよりも格段に広く、入念な打ち合わせの基、作業動線が一挙に改良されるからだ。ちなみに畑にも近く広い、この理想的な醸造所を探し交渉するのに、3年を費やしたそうである。

 

 一方畑仕事も、より厳密さを増しているようだ。現在6haの畑にはパスカルを筆頭に4人の人間が従事しているが(近々もう一人スタッフに加わる予定)、ブルゴーニュやボルドーなど、ロワールと比べて植樹率の高いブドウ産地と比較しても、この人数は面積あたりでダントツ多い。言い換えればこれは、1本のブドウ樹に向けることができる注意力(愛情でもある)が半端ではないのだ。

 その「半端ではない注意力」の基、平均樹齢60年のソーヴィニヨン・ブランの畑では幼樹の植え付けも進み、かたやピノ・ノワールの植樹予定地も「土にまずは植物を受け容れる心構えをさせるために有効なハーブを植えつつ、十分に休ませているところ。いきなり植え付けるドメーヌが殆どなんだけれど」という言葉通りに、準備が着々と行われている。

 もともと氏が購入した畑はクロ・ロッシュ・ブランシュ(トゥーレーヌの自然派として高く評価を受けるドメーヌ)が長年無農薬で手入れしてきたもので、地元では「美しい畑」として評判は高かった。それでも近年は通りがかりの人から「畑がより美しくなった」と声をかけられることがあるようで、そういった評価や、何よりも氏やスタッフの実感がまた一つ、氏の行動に迷いの無さを与えているように思える。

「でも畑仕事に真剣に取り組めば取り組むほど、完璧への道は遠いものだと思い知らされる。キリがないこの仕事はどれだけ努力しても、満足はあり得ないでしょうね」。

 ― 満足はあり得ないー。 

これは、私が尊敬してやまない生産者達が共通して言うことだ。そして同時にこの言葉は進化(真価)を伴う生産者達が言った時、おそろしく説得性を持つ。

新井さんとその仕事は、この言葉が決まる。

 

プックリし始めた、ガメイ カベルネ・フランの区画。

 

植樹後の幼樹を守る筒が、ところどころにあるソーヴィニヨン・ブランの畑。「他の樹は約60歳だから、優しいおじいちゃんと孫が住む畑ね。歳が離れているからお互いに奪い合うことはないの」。 ピノ・ノワールの植樹予定地。花の季節にはとても美しいらしい。

 

テイスティング

 

 「2週間経てば畑の風景が全く変わってしまうことがあるように、樽の中身も刻々と熟成していくもの。そして全ての樽の味わいは違う。興味があれば、全ての樽を飲み比べてみて」。

 通常ドメーヌに訪れても、同じ銘柄となるキュヴェの試飲は多くても2〜3種類。来たからには出来る限りのことを知って帰ってね、と言わんばかりの太っ腹に感謝である(熱心なパスカルの「2日に1回」という頻度の補酒は、それでなくとも多くはないこのドメーヌのワインを着実に減らして?いるのである)。

 実際テイスティングすると、同じ銘柄になるワインで底辺にあるテロワールに揺るぎは無いものの、樽ごとの風味は予想以上に違う成長を遂げつつあった。一方ドメーヌでは熟成過程における樽の種類も容量、素材、使用年数、樽会社ともに、自身のワインと最も相性の良いものを見出しつつあるようで、熟成庫においても観察眼と実験精神は途切れることがない。

 ところで今回テイスティングしたのは全て2003年。何よりも驚いたのは酷暑ゆえどの土地においても「その土地らしさ」が隠れるワインが多い中、ワインの中にしっかりと風景が、つまりトゥーレーヌならではの「冷たさ=酸とミネラル」があることで、バランスは美しく(時にチャーミング)、しかも補酸は全く行っていない、ということだ。一樽ごとのコメントを全て列挙すると膨大になるのでここでは割愛するが、2003年というミレジムの個性をテロワールが包み込んだ「瓶詰めが心待ちなワイン」の一つとして、このドメーヌの2003年は誰からも愛されるのではないだろうか。

 

訪問を終えて

 

 一通りのテイスティングを終えた後の昼食時も、氏のスピードは止まることがなかった。いや単にスピードというより、氏の関心はワインへはもちろんのこと日仏の業界の「今」、そして今食べ飲んでいるものにまで向けられ、その関心の多さを昇華させるためにこそ、このスピードがあるのかもしれない。確かに1日は30時間も無いけれど、氏には30時間分の1日が詰まっている。そう思った。

 ともあれ初ミレジムからフランス国内での評価は高かったこのドメーヌのワインだが、それは本当に「入り口」に過ぎなかったようである。そして新井さんが、このワインや氏がインポーターとして選び出したワインと共に何かを語る時、それは分かりやすい説得性を持って、日本のワイン業界に一石を投じてくれるのでは、と期待してしまう(あああ、私も違う立場ながら、もっと努力しなければ、、、)。