Veuve Cliquot Ponsardin 〜醸造責任者の一人、フィリップ・チェフリ氏に聞く〜 (Reims 2004.6.17) |
ラ・グランダムのボトルを手にする、フィリップ・チェフリ氏。 |
最新の裏話(6/17)に、この「大手シャンパーニュ・メゾン」であるヴーヴ・クリコに訪問する経緯は述べたが、とにかく改めてその美しさを再確認し、ならばその美しさを成立させている人に会って直接話を伺いたいと思った。そこで今回コンタクトを取ったのが、アッサンブラージュの最終的な決定権を持つ醸造責任者の一人、フィリップ・チェフリ氏だ。
RM(レコルタン・マニピュラン、自家ブドウ畑の生産者もと詰め)がワイン愛好家の中で追い風の今こそ、大手ならではの実力を今一度、振り返りたい。
テイスティング 〜スタイルを貫く〜 |
「私たちが顧客へ与えることが出来る満足とは、高い品質と同時に安定した供給量だ。この一見矛盾に思われる二つの前提をクリアして守り切るべきものは、ヴーヴ・クリコのメゾンとしてのスタイル、そして各銘柄の確固たる個性。例えばミレジメの垂直テイスティングを行った時、それぞれが違う熟成段階であり、またそのミレジムらしさを表現していながらも、誰にとっても『ヴーヴ・クリコのミレジメ』を感じさせるものでなければならない。
それを原点で支えているのが区画ごとに醸造した約70種類のキュヴェと、豊富なヴァン・ド・レゼルヴのストックだろう。私たちの仕事とは毎年収穫されるブドウを、ヴーヴ・クリコのスタイルで顧客に通訳することだ」。
チェフリ氏のこの言葉に現実性を与えるのが、私たちが最も口にすることが多いノン・ミレジメ(以下NV)であるイエロー・ラベルのアッサンブラージュ過程であろう。
酷暑であった2003年のブドウは、糖度とたっぷりとした果実味を持つ反面、言うまでもなく酸が低い。そしてこの性格が前面に出た時点でメゾンのスタイルとは異なるものになってしまい、同時に供給量が需要に満たない。そこで2003年のブドウを用いたイエロー・ラベルのヴァン・ド・レゼルヴの使用量は、通常約1/3から約50%まで引き上げられた。その中には酸のバランスを取るためにあの美しいミレジムである1996年も含まれる(現時点でベース・ワインに補酸は行われていない)。7年前のヴァン・ド・レゼルヴを自由に選択出来るところに、まずはこのメゾンの贅沢さを見る。またイエロー・ラベルのグラン・クリュ比率は20%以上(NVとしては大手メゾンの最高水準)、そしてタイユ(圧搾過程において2050Lの搾汁の後に得られる500L)の終盤の果汁は使用されない。
「朗らかな性格であるピノ・ムニエでも、その真価を発揮し始めるのは約30ヶ月後。最終的にイエロー・ラベルなら、ティラージュ、瓶内二次発酵、ドサージュを経て落ち着かせた、5〜6年後の姿を想定してアッサンブラージュを行う」。
シビアだ。ところで2003年を特徴づける一つの要素が、言及されたピノ・ムニエであるという。
「2003年のピノ・ムニエのレベルは非常に高い。よって私たちのメゾンでもピノ・ムニエの使用率は例年より上がった。そして『高く売れない』という理由から引き抜かれ、植え替えられる時代もあったピノ・ムニエだが、近年その魅力は再評価されつつあると思う。だがいかに良作年であっても殆どのピノ・ムニエのピークは10年以内に訪れ、その熟成能力がピノ・ノワールやシャルドネと肩を並べるとは言い難い。熟成とはある時ぐっと進み、そして進んだ状態を維持する平原のような時期があり、ヴァン・ド・レゼルヴにはこの繰り返しに耐えうるものを選び抜く。私たちがピノ・ムニエをヴァン・ド・レゼルヴとして使用しない理由はここにあり、またメゾンとして100%ピノ・ムニエのシャンパーニュを世に出すことはありえないだろう」。
そのピノ・ムニエ 2003年を含む、試飲が以下である。
テイスティング・ルームに用意された、ベース・ワインのサンプル。 | ヴィンテージ・レゼルヴ 1980。何と官能的な、、、。 |
〜ベース・ワイン〜
ピノ・ムニエ ヴィル・ドマンジュ(モンターニュ・ド・ランス) 2003
ピノ・ノワール ブージィ(モンターニュ・ド・ランス) 2003
シャルドネ メニル・シュール・オジェ(コート・デ・ブラン) 2003
シャルドネ オジェ(コート・デ・ブラン) 2002
ピノ・ノワール ブージィ 2002
ピノ・ノワール アイ(ヴァレ・ド・ラ・マルヌ) 2000
シャルドネ オジェ 2000
上記を含むベース・ワインで構成されたイエロー・ラベル(瓶内二次発酵前)
〜ボトル・テイスティング〜
イエロー・ラベル
ラ・グランダム 1995
ヴィンテージ・レゼルヴ 1980
まず意外だったのが、2003年のベース・ワインに味覚的に感じられる確かな「酸の存在」である。
「酸は分析値では確かに低い。しかし味覚的には数値以上に感じられた。それが現時点で私達が補酸を行っていない理由だ」。
この補酸に関するチェフリ氏の言葉を、大手メゾンならではの表向きの言葉を捉える向きもあるかもしれない。しかし私は訪問前に大手メゾンの責任者の立場を一応(?)考慮して、
「あなたの立場が悪くなることをインターネットで暴露する気は全く無いが、私の理解の為に真実でないことは語らないで頂きたい」と申し出た。私はチェフリ氏が、この申し出に真摯に答えてくれたと直感している。
グレープフルーツ様の酸味と苦みが心地良いピノ・ムニエの後、2003年のピノ・ノワール、シャルドネを試飲すると、それらがグラン・クリュであるせいもあるが、やはりピノ・ムニエには無い歴然とした力をはっきりと知ることが出来る。その力とはピノ・ノワールの確かな骨格、ミネラルからなるシャルドネの求心力だ。このピノ・ムニエは試飲用に選ばれたものあるはずで、ならば少なくともヴーヴ・クリコのベース・ワインの中では、ピノ・ムニエは主役にはなり得ないのであろう。
続いて「非常に品質で満足しいるミレジム」という2002年のベース・ワインである。特にピノ・ノワールは、ブラインド・テイスティングならブルゴーニュの秀でたロゼと答えてしまいそうな品の良いグロセイユ様の赤いベリー、そしてピンクのバラが印象的だ。そして「2002年に近い興味を寄せている2000年」のシャルドネ。このベース・ワインはまだ非常に若々しく、十分な酸が海を存分に感じさせるミネラルを、途切れることなく余韻まで引っ張ってきてくれるところに格を感じる。
だが何よりも今回私が驚愕したのは、「ヴィンテージ・レゼルヴ 1980」であった。もともと私のヴーヴ・クリコのミレジメに対する印象は、豊かな中にもくっきりとした線を感じるものであったのだが、この「豊か」な部分が、素晴らしい官能に変わりつつある。熟成したシャサーニュ・モンラッシェを彷彿とさせるようなノワゼット、白トリュフ、グリルしたポルチーニ、ヴュー・コンテのような旨味。だがまだ十分に残る果実味は酸をも残し、滑らかなミネラルが丹精に造られたシャンパーニュ特有の泡に溶け込んで、決して重い印象は与えない。
「ミレジメとなる銘柄は、20年後、そしてそれ以降の熟成も想定してベース・ワインを選び、アッサンブラージュを行う」。チェフリ氏がサラリと言葉を添える。ヴーヴ・クリコはミレジメであっても特に「レア」と呼ばれる銘柄では無いだけに、私達は案外、待つことを忘れ非常に勿体ない飲み方をしているのかもしれない。ワインとして見直すと「ラ・グランダム」もいかに今は若いかが、よく理解出来る。よって「ラ・グランダム 1995」なら、本来ならカラフに入れるべきなのであろう。しかしシャンパーニュ特有の華やかさや、その魅力的なムース状の泡も捨てがたく、個人的には結局カラフに入れることは少ないのだが。
今一度、大手メゾン |
ヴーヴ・クリコの仕事は一言で言えば、あやふやさが微塵も無い。それを無味乾燥と切ることも出来るが、あやふやさを無くしている決め手はやはり「人」であることに変わりなく、アプローチは違えど、最終的にそれは顧客の為でもある。
ともあれ大手メゾンを批判することは簡単だ。しかし、幅広い層がそれぞれのTPOで選ぶシャンパーニュにおいて、大手メゾンにはある種のイメージが常に求められ、現時点ではワインになりきれない宿命がある。そして私自身が全く興味を持てない大手メゾンも存在するが、自分の嗜好に合う大手メゾンの銘柄があるということは、それは組織だからこそ出来る精密な仕事も考慮すると、ラッキーなのだと思いたい(何よりも、飲みたい時に入手が容易である)。
ちなみにヴーヴ・クリコでは、2003年のミレジメやヴァン・ド・レゼルヴは存在しない予定である。ただし「特殊なミレジムを検証していくために」、実験としていくつかのベース・ワインは保管するそうだ。この余裕も大手メゾンの強みであろう。