Domaine Vincent DANCER 〜新しいスターの哲学〜

(Chassagne−Montrachet 2003.11.18)

 


 

ヴァンサン・ダンスール氏。小さいながらも清潔で美しいセラーは、彼のワインにある丁寧で綺麗な味わいのイメージとピッタリ重なるのである。

「近年急速に頭角を表している」と評される生産者は多くのワイン産地に存在するが、スタイルの多様さを持つのがワインゆえ、一方で熱烈な支持を受けながらも、他方では「何もそこまで言わなくても」という酷評を受けてしまうパターンは少なくない。そんな中でドメーヌ・ヴァンサン・ダンスールはほぼ各方面からの賞賛の声で暖かく見守られている生産者であると言って良いだろう。ベタンといった大御所から、パリのワインショップといった販売現場の人間まで、彼のワインに関しては問題なく「オススメの1本」として挙げるのだ。

訪問までに何度かそのワインを試飲する機会があったが、確かにその味わいには心惹かれる生産者のワイン特有の心に残るきらめきがあり、正統派でありながらも古くささや陳腐さは皆無。不自然ではない果実味の凝縮感とミネラルには適度な押しと引きのドラマ(?)がある。

ピノ・ノワールとシャルドネを併せてもたった5haというこのドメーヌ。今や市場の人気も手伝って早くも入手困難なワインになってしまった。だからこそカーヴで、出来る限り飲み、知りたいのである(もっともドメーヌで直売は行っていない)。

 

新しいスターの哲学

 

 ドメーヌ・ヴァンサン・ダンスールの初ミレジムは1996年。彼の叔父からムルソーやシャサーニュの畑を相続し、同時に父の代は貸していたシャサーニュの畑の小作契約期間が終了することが、ドメーヌ元詰めの契機となった。

「私が尊敬し、かつ恩恵を受けていると日々感じているもの。それはテロワールとブドウの樹齢。それらを生かす為には醸造での介入を行うべきではないし、ならば畑での仕事を忠実に行うことが大切」。

外部から来たことが先入観の無さとして勤勉さも含めた良い方向に出ている、とベタンにも評される彼の言葉は、簡潔ながらも多くの優れた生産者達の言葉と一致し、その小さいながらも清潔で美しいカーヴの風景と同様、「慣れ」による「妥協」を感じさせない。その彼に畑の仕事で特に気を遣っていることを尋ねると、「徹底した5月の芽かき作業」という答えが返ってきた。

5月に行われる芽かきとは、古い樹から生えてくるわき芽や不要な芽を、実を付ける枝と競合しないようにこすり取る手作業である。

「ヴァンダンジュ・ベルトは行わない。主要な枝に届くべき栄養が分散した後になってから枝数や収量をコントロールするのではなく、芽かきの段階で導いてあげる。同時に主要な枝になるブドウ房への日照量も、不必要な枝が無いことで確保されるし、風通しも良くなるからね。

 樹齢や樹の個性によって違いはあるけれど、最終的には一株に4〜5本の枝、そして一枝に一房が望ましい。僕のワインが『凝縮している』と言われることで、思い当たる理由はここかな」。

 ヴァンダンジュ・ベルトという作業は生産者によって意見が別れるところだが、理論的に考えれば芽の段階で既に選別されていた方が、やはり良いように思われる(究極の芽の選別が本剪定時にいきなり2〜3個しか芽を残さない、ということになるのだろうが、剪定後に「春の遅霜が多々ある=収穫ゼロの可能性がある」ことを考えると、部外者がとやかく言えることではないだろう)。

 そうやって収量をコントロールした上で、2003年は酷暑により他ドメーヌ同様更に減収となってしまったが、それも彼に言わせると

「こういう時こそ芽数の段階から収量を抑えていたことが、力となる。確かに酸は低いが、高い収量を想定して結果的に減収であった場合と、抑えた上での減収は明らかに酸の質が違う。ミレジムの個性を尊重したいし、補酸は行わなくても2003年としてのバランスに到達できると思う」。

 2003年は彼にとって8度目のミレジムであるが、自身の仕事とブドウ、ひいてはワインが持つ味わいに、確かな相関性を見て取っているようだ。

 

テイスティング

 

今回のテイスティング銘柄は以下(テイスティング順に記載。ミレジムは全て2002で瓶詰め済み)。

 

〜赤〜

     ブルゴーニュ・ルージュ VV(ポマール村の区画より)

     ポマール・ヴィラージュ (プルミエ・クリュ リュジアンとエプノにそれぞれ近い区画より)

     ポマール プルミエ・クリュ ペズロール

 

〜白〜

     ブルゴーニュ・ブラン

     ムルソー・ヴィラージュ グラン・シャロン(Grands Charrons)

     シャサーニュ・モンラッシェ プルミエ・クリュ ラ・ロマネ

 

(参照)

今回の試飲銘柄以外に、産するワインは以下。

〜赤〜

     シャサーニュ・モンラッシェ プルミエ・クリュ モルジョ・グランド・ボルヌ(Morgeot Grande Borne)

     ポマール・ヴィラージュ ペリエール

 

〜白〜

     シャサーニュ・モンラッシェ プルミエ・クリュ モルジョ・テート・デュ・クロ(Morgeot Tete du Clos)

     シャサーニュ・モンラッシェ・ヴィラージュ

     シュヴァリエ・モンラッシェ グラン・クリュ

     ムルソー プルミエ・クリュ ペリエール

 

 口にした瞬間、「ああ、ピノ」とピノ・ノワール・ファンを打ち震わす赤い果実味!充実した甘味と共に生き生きとした酸やミネラルが弾けるように溢れ出す。小気味の良い綺麗さを持つブルゴーニュ・ルージュと比べ、ポマールにあるねっとりとした重みは、やはりこの地のワインが「土寄り」であることを十分に感じさせられるが、香りにある咲き誇るようなスミレ、熟したタンニンの細かさと甘やかさ、芯の通った酸味のお陰で、通常私が持つポマールのイメージよりも、よりエレガントな印象が残る。そしてその余韻の長さは典型的な「後を引く」ワイン。テーブルで時間をかけて飲んでみたい、と思わせる魅力がある。今回醸造に関しては多くを伺わなかったが(「介入をしない」例として、マセラシオン・ショーやフロワを行わず、除梗はする、を挙げてくれたくらいである)、非常に正確な醸造やセンスの良さが感じられる。

 そして白。ラ・ロマネはこのドメーヌの評価を高めた銘柄であるが、ユリなどの白い花、トロピカル・フルーツ、酸と溶け合うねっとりとしたミネラル。彼曰く「ここは暑い土地」であるらしいが、彼のムルソー グラン・シャロンに感じられるイメージが「飽きない陽気さ」であるとすれば、こちらは「濃厚な深さと長さ」。この凝縮感が重苦しく感じられないのも、個人的には大好きなスタイルである。最近のコシュ・デュリがシャサーニュを作ったら、もしかしたらこんな感じになるかもしれない。

 「僕のドメーヌの歴史はまだ振り返るほど長くはないけれど、2002年は最も上手く行った、と思えるミレジム」。消費者自体も過去のミレジムを比較試飲するほどまだ飲み込んでいないのではあるが(そして何よりも生産量が少なく、市場に行き渡らない)、2002年が市場に出たら是非とも手に入れたいと思うのだ。

 

 「もし新しい区画が手に入るなら、コート・ド・ニュイの何れかか、ヴォルネイを手がけてみたい。それらの複雑性に惹かれるんだ」。そう語る彼は既にコート・ド・ボーヌの素晴らしいクリュを手に入れている幸運な生産者だと思うのだが、彼が関心を寄せているがヴォルネイなどであると知ると、一ワイン・ファンの思い入れとして、ぜひともそのボトルを拝む日が来て欲しいと勝手に(「気楽に」と言った方がよいかもしれない)期待してしまったりするのである。