GOSSET 

〜老舗が貫くのは、「ワイン」ありきの姿勢〜

(Aÿ 2004.10.19)

 



 

 

 ゴセ。分類すれば一応は「大手シャンパーニュ・メゾン」になるのだろうが、ゴセには大手メゾンに時折感じられる浮ついた華やかさ、過剰なきらびやかさといったイメージが、不思議と無い。私にとってゴセとは、質実剛健なメゾンである。恐らくこのイメージはゴセのシャンパーニュが持つ味わいによるものが大きい。しっかりとした骨格、正確な果実味、迷いの無い泡立ち。シャンパーニュ造りにとって要である「時間」をかけていることが透けて見え、そこに昔ながらのボトル・フォルムも加わって、良い意味での「頑固さ」が感じられるのだ。

 しかし今回現地でじっくりと一連のキュヴェを試飲すると、質実剛健さ以外にフェミナンさも存分に併せ持ったシャンパーニュであることが理解でき、同時にこの老舗メゾンにも新しい波が常に流れ込んでいることが見えてきた。

 

最古のシャンパーニュ・メゾンのこだわりとは?

 ゴセのメゾンとしての創業はシャンパーニュで最古の1584年。しかし1584年とは、かのペリニョン僧侶がシャンパーニュの製法を考案する100年ほど前である。つまり当時のゴセは「ヴァン・トランキル(非発泡性ワイン)」を造っていたのだが(パリに比較的近いアイは、ブルゴーニュと並び質の高いピノ・ノワールとシャルドネを供給できる地であった)、「シャンパーニュである以前に、まずは高品質なワインでなければならない」という信念は、4世紀の時を経て、ますます強固なものになっているようだ。

では「高品質なワイン」とは?それは質の高いブドウを提供できる栽培農家の確保も必須だが(ゴセの契約栽培農家は約45のヴィラージュ・200人に昇るが、スタンダード銘柄においてもほぼ完璧に90%クリュ以上を使用)、ゴセの場合は冒頭でも触れた「時間」をワイン造りにおいて贅沢に使えることにあると思う。そしてそれは、醸造・熟成過程を「自然な流れ」に導くことにも繋がるのだ。

まず他メゾンとの比較で分かりやすいものとして、アッサンブラージュ後の保存期間の長さが挙げられ、ノン・ミレジメである「グランド・レゼルヴェ」や「グラン・ロゼ」で、法定期間の倍以上である約4年。しかしそれ以前の作業、例えばブラン・ド・ノワールのキュヴェを醸造する際に行われる「色落とし」にも、容易な遠心分離機などは一切使用せず、ひたすら時間をかけて色素がタンク下部に沈殿するのを待つ。これは清澄作業も同様で、旨味を残すために濾過は極力避け、自然な沈殿を待ち、上澄みをタンクに移し替える手段を採用。またノン・ミレジメのアッサンブラージュには、必ず異なるミレジムのヴァン・ド・レゼルヴェを2種類以上使用し、ルミアージュ(動瓶)は手作業、顧客の要望に合わせて行われるデゴルジュマン後も、最低で3ヶ月から1年の間、出荷までボトルを休ませる。

要するにフランスでも「職人仕事を貫く老舗」と評されるゴセの仕事は、「供給量重視=スピーディにシャンパーニュに仕立て上げる」ような工業的な生産過程とは一線を画すオートクチュール的なもので、一般の訪問を一切受け付けない姿勢も、「ゴセがゴセである」ためには必要なのかもしれない。

 

また他に醸造過程で特筆すべき事として、圧搾果汁はキュヴェ(初搾り)だけが用いられること、長期熟成可能なフレッシュな酸を残すためにマロラクティック発酵は一切行われないこと、などが挙げられるであろう。

 

テイスティング

 今回のテイスティング銘柄は、以下(テイスティング順に記載。全てボトル・テイスティング)。

 

   グランド・レゼルヴ

   グラン・ミレジム 1996

   セレブリス 1995

   セレブリス ロゼ 1998

 

テイスティング・ルームにて

 最初の試飲、「グランド・レゼルヴ」。グロセイユやスモモなどピノ・ノワールの存在を十分に感じさせる香りと、かっちりとした骨格。ここまでは私が思っていた「ゴセ節」である。しかし余韻だ。繊細でクリーミィな泡に溶け込んだ酸とミネラルは、あくまでも細く長く、それは「質実剛健」と言うよりも、芯の通った女性が持つような優雅さだ。ゴセってこんなに「優雅」なシャンパーニュだったろうか?それが正直な感想であった。

「私たちがなぜ細かい泡立ちを求めるのか?それは粗い泡は繊細なアロマを隠してしまうから」。

応対してくれたナタリー・デュフールさんが説明する。そう、若いゴセの特色はまずは繊細かつ新鮮なアロマで(熟成能力を考えると「セレブリス 1995」も「若いゴセ」であろう)、マロラクティック発酵を経ない酸がこのアロマを上手く引き立てながら、余韻のミネラルに引き継いでいく。そしてその真骨頂と思えたのが「グラン・ミレジム 1996」だ。

 リンゴの蜜、アプリコット、カリン、パッションフルーツ、レモンケーキやオレンジピール、、、。グレープフルーツ様の鋭さの他にあるのは、熟したブドウの存在が感じられる、心地良い甘さを併せ持ったタイプの香りや酸だ。そこにオレンジの花、白コショウ様のスパイシーさ、ノワゼットや発酵バター様のブーケが重なってくる。これらの複雑なニュアンスをクリーミィな泡は綺麗にまとめ上げつつ、余韻に自然にフェイドアウトさせていき、最後にはミネラルの印象が鮮烈に残るのだ。そしてこの際だった酸とミネラルは、一連のゴセのキュヴェの中でも、より女性的な線の美しさや軽やかさを感じるタイプものである。

 ところで「グラン・ミレジム 1996」はゴセのキュヴェの中でも最もシャルドネの比率が高く(62%)、そのシャルドネもメニル・シュル・オジェなど非常にミネラリーなクリュ由来のものなので、美しい線を持つのは当然とも言えるかもしれない(しかも1996は酸の美しいミレジムだ)。それでも風味を「導き、仕上げる」のはあくまでも醸造責任者、マレニェ氏だ。このキュヴェはゴセの「時間をかけた」醸造力の高さやセンス、そして優雅さを再確認するためにも、是非もう一度じっくり飲んでみたいキュヴェである(特に余韻に注目すべき)。ちなみに国内外でも評価が高いこのキュヴェの次のミレジムは、現時点ではまだ未定である。

 

新しく自社畑を取得

大手シャンパーニュ・メゾンが自社畑を持っていないことは珍しくなく、ゴセも基本的に「買いブドウ」を醸造しているが、遂に自社畑を購入した。そしてそれはコート・デ・ブランの100%グラン・クリュである「クラマン」と「シュウイィ」である。畑の面積や、これらをいつからどのように用いていくかは今回知ることが出来なかったが、ゴセのミネラルの美しさを確認した今、この2つのミネラリーなクリュをゴセがどのようにシャンパーニュに昇華させていくかは、非常に興味深く思う。

一方、メゾンのプレスティージュ・キュヴェである「セレブリス」としては稀少なロゼ(ミレジム1998年・生産本数約2万本)も2003年末からフランス国内でリリースされ、日本にも出荷される予定であるようだ。

 

ともあれ「老舗イメージ」の強さゆえ、ベタンなどでも「長期の熟成を見越したそのスタイルに愛好家は多いものの、決してモダンではない」と評されるゴセである。そしてこういった「ゴセ観」は、私も持っていたものであった。しかし極端な書き方をすれば、多くの大手メゾンが工業化(大手メゾンの味が落ちた?と感じるシャンパーニュ・ファンは多いのではないだろうか?)、一方で多様な個性が次々と呈示される近年のシャンパーニュ界、クラシックを貫く味わいはかえって新鮮かつ貴重で、価格や供給量が安定していることも消費者にとっては嬉しい。またそれ以前に、この老舗メゾンにも新しい畑の取得を始め、今回は書ききれなかった品質面での細かな改革が、着々と採用されているのである。

「まずは良質のワインありき」の姿勢は守られながら、これらの小さな改革の結果はゴセのシャンパーニュに「味わい」として、必ず表現されていくはずだ。ゴセのシャンパーニュは堅実ながら、丁寧に飲めば飲むほど、何かしらの発見にも満ちていると思う。