Domaine Marc KREYDENWEISS
〜反・政治力、そしてジャイエの助言を得たアンサタ(赤)とは?〜

(Andlau 2003.11.3)

 

 

 

 優雅なフォルムのアルザス・ボトルに無駄の無い、でも見るものを惹きつけるミレジム毎のラベル。そしてその味わいもボトルの外見さながらで、ドメーヌ・マルク・クレイデンヴァイスのワインを一言で表現するなら「洗練された力」とでも言うべきか。また私が書くまでもなく、国内外でアルザス・ワインとしてのトップの評価を得る生産者の一人である。

 初めてお会いするマルク・クレイデンヴァイス氏は長身かつ物静かで、通された塵一つ無いテイスティング・ルーム一つにも、アルザス人ならではの正確さが見て取れる。しかし最後まで声を荒げることなく語られた氏の言葉は、アルザス・ワインの現状に対する憤りと、憤りゆえに理論的にそれらに対峙しようとする氏の姿勢が非常に明確であった。

 

グラン・クリュと政治力

 アルザスのグラン・クリュについて真の価値が感じられないものが多いのではないか、という問いに、氏は「地質学的に見て、その3/4はグラン・クリュに相当しない」と即答。

 「以前ドイツのモーゼル地方で大々的に有名産地の地質学調査が行われたことがあるが、その調査は打ち切られることとなった。なぜかって?それは調査を進めるうちに有名産地の多くが特に格差を付けるほどの地質では無いことが明らかになっていったからで、そうすると多くの生産者にとって余り都合が良くなかったからだ。

 アルザスのグラン・クリュ制度においても同じ事。認定は醸造に大差がない時に純粋に感じられるワインの味覚的な差違や地質学調査ではなく、『マーケティング』として始まっている。つまり政治力のある生産者が所有する区画が優先的にグラン・クリュとして認定された。ひどい例では当時組合長だった生産者の区画がグラン・クリュとして登録されなかったため、再編成し直した事もあるくらいだ。

 

マルク・クレイデンヴァイス氏。リースリングにとってのグラン・クリュ・ベスト3とは?の問いに、「ショーネンベルグ」「カステルベルグ」「ガイスベルグのクロ・サンチューヌの一部」。

INAOや組合は1960年代にはリーダーであり得たと思われるし、地域全体で見ると最低限のレベルを引き上げた功績は認められるべきだろう。しかし現在、彼らの規定はアルザスのアイデンティティを確立しようとするトップの生産者達の現状には全く追いついていないどころか、むしろ足枷になる場合すらある。また自身の仕事で手一杯である小規模で優秀な生産者ほど、政治力に費やす労力や時間は残されておらず、よって余計に蚊帳の外になることは理不尽だ。

 品質を守り引き上げることを語るなら、それは政治力による生産者擁護ではなく、造られたワインそのものを吟味するべきだ」。

 氏が当主となったのは1971年、23歳の時のことであり、その後30年余り氏が直面した「理不尽さ」は多大であったであろうと容易に推測される。当然の帰結として氏は政治力を離れ、1989年、「テロワールを表現するのに不可欠な微生物を土中に呼び戻すため」にアルザスではいち早くビオディナミを採用する。そしてビオディナミを採用して試飲時に感覚的に変化したと思われることは、後半に伸びるミネラルのヴォリュームであるという。

私にとってグラン・クリュとは、土壌などテロワールの秀逸性が畑でより多く働くことによって正確に余韻にまで移し取られ、かつその味わいは『人の記憶に訴えかける』レベルであること。真のグラン・クリュは糖度の高さに頼る必要がない。また私自身はあくまでもテーブルで楽しめるワイン、つまり最初の1杯から最後まで変化と喜びに富んだものをどのカテゴリーでも表現したいと思っている」。

その氏の言葉通り、今回の試飲(銘柄は後述)で私を含む3人のテイスターが感じたことは、余韻にある、時に「塩」を感じるほどの静かに上がってくるミネラル。艶のある甘味は前面に出るのではなく非常に上品に内包されている。それはセレクシオン・ディ・グラン・ノーブルにおいても同様で、ミネラルと酸の豊かさゆえに、果実や花を感じる複雑な甘味はむしろ「さらり」とした質感にすら感じられる。決して派手ではない「洗練された力」は、飲み手にかえって強烈な印象を与えるものだ。

 

ジャイエの助言を得たアンサタ(ANSATS:赤)とは?

 現在クレイデンヴァイス家はアルザスに12haを所有するが、現当主マルク氏と成人した息子2人それぞれの家族を支えていくには、それは十分ではない。しかしアルザスはボルドーやブルゴーニュほどではなくとも地代は安くなく、新たな区画入手は困難である。そこで視点を180度変えたクレイデンヴァイス家が選んだのが、ラングドックのニーム近辺である。

「色々土壌を調査した結果、私達が決めたニーム近辺であるコトー・フラヴィアン(Coteaux Flaviens)はローヌ以南特有の綺麗な丸石にあらゆるタイプの砂岩が均一に混じっている理想的な土地だった。しかも価格は私達が現在所有する平均的な地代の、約1/8。16haの区画にはシラー、カリニャン、グルナッシュ、メルローが植えられていたが、樹齢も25−70年と平均して高かった」。

 南であってもあくまでも「クレイデンヴァイス」のカラーを打ち出したかった一家は、1999年よりビオディナミを採用、また醸造所などの刷新を図った。そして同時にマルク氏の「最も古い友人である一人」アンリ・ジャイエ氏に、赤ワインにおけるワイン造りの助言を請う。

 「アンリから受けた影響はあくまでも哲学的なこと。具体的には『良いブドウありき』で後はほんの少しのフィーリング」というのは、アンリ・ジャイエの弟子と言われる多くの醸造者の言葉と一致するが、ある日ブルゴーニュで出来上がったワイン「アンサタ 2001(初ミレジム)」を数人にブラインド・テイスティングで出したところ、多くのテイスターが何と「ヴォーヌ・ロマネ」と回答したという(一人の女性は「こういうヴォーヌ・ロマネが存在するなら、樽ごと買いたい」とまで言ったそうだ)。

このブラインド・テイスティングでは恐らく試飲した場所や、氏がジャイエと旧知の友人である、というファクターがテイスターに心理的に影響した部分も多いだろう。だが現在クレイデンヴァイス家が南仏で造る3種類(注)のワインのうち1種である「アンサタ 2001」を試飲すると、はっきりと南仏特有のガリーグな香りなどはあるものの、使われているセパージュ(シラー、カリニャン、グルナッシュ、メルロー)や日照量、バリックで14ヶ月熟成から想像されるいかにも「暑(厚)い」味わいよりも、むしろ甘さの質には心地よい「冷たさ」が感じられ、カフェやミルクのニュアンスもあくまでも上品だ。「ヴォーヌ・ロマネ」と回答してしまった人達の気持ちも分からないでもない。「洗練」というクレイデンヴァイス節(?)は南仏でもいかんなく発揮されている。

2002年は、よりジャイエから得たエスプリをワイン造りに生かすことが出来たと思う」とマルク氏。現在南仏は氏の次男が担当しているが、これは市場で見つけたら是非試したい1本であろう。

 

 法改正に挑み続ける者、INAOに見切りを付ける者、折り合いを付けつつ自身の表現を守る者。私が今回のアルザス訪問において垣間見た生産者達はほんの一部で、偏りもあるだろう。だがその中でも憤り溢れる現状を知った後に、自己の取るべき行動を冷静に見極め確実に駒を進めていくドメーヌ・クレイデンヴァイスとそのワインは、理論とワインへの愛情が非常にバランス良く成立している印象を受ける。

「大切なのは繊細なタイミングの見極めだ」とはワイン造りにおける作業全般に関して氏が述べた言葉だが、この言葉はドメーヌのあり方自体にも貫かれているのではないだろうか。

 

(注)

南仏の3種類とは、

     コスティエール・ド・ニーム レ・グリモード(Les Grimaudes)

     ペリエール ヴァン・ド・ペイ・デ・コトー・フランヴィアン

     アンサタ ヴァン・ド・ペイ・デ・コトー・フランヴィアン

→スペシャル・キュヴェである「アンサタ」は、エジプト語で「人生・愛情・豊穣さ」の三位一体を示すもの

 

(参照)

ドメーヌ・クレイデンヴァイスが所有する区画と今回の試飲銘柄は以下。

     カステルベルグ グラン・クリュ :青色片岩、花崗岩土壌。リースリング。2001年を試飲

     ヴィーベルスベルグ(Wiebelsberg) グラン・クリュ :砂質とピンク砂岩。南東向きの急斜面。リースリング。2000年、VT 1997年を試飲

     モンシュベルグ(Moenchberg) グラン・クリュ :氷河期の堆積岩。南向き。ピノ・グリ

     クリット(Kritt) :鉄分を多く含む多種の小石。ピノ・ブラン、クレヴネール、ゲヴュルツトラミネール。ピノ・ブラン 2001を試飲

     レルシェンベルグ(Lerchenberg) :モンシュベルグの西に位置し、粘土泥灰。ピノ・グリ

     クロ・レベルグ(Clos Rebberg) :先カンブリア紀という非常に古い石と灰色片岩。南東向き。リースリング、ピノ・グリ。リースリング 2001年、リースリング SdGN 2000年を試飲

     クロ・デュ・ヴァル・デレオン(Clos du Val dEleon) :クロ・レベルグの谷側に位置し、灰色片岩。リースリング、ピノ・グリ

     クロ・レブガルデン(Klos Rebgarten) :アンドローのコミューンの真ん中に広がる土地。ミュスカ

     アンドロー(Andlau) :ヴォージュ山脈の砂岩で、グラン・クリュであるヴィーベルスベルグに続く土地。リースリング。2000年を試飲