Chateau de Pommard訪問

〜シャトー・ド・ポマールの行く末は?〜

(Pommad 2004.4.15)

 


 

 

 シャトー・ド・ポマール。不思議な存在である。

 20haもの単独所有の畑を持ち、シャトーの名前がそのままワインの名前となるのはブルゴーニュで唯一であるだけでなく、収納泣かせ(?)の重厚な瓶に貼られた変形の印象的なラベルは遠くからも見分けられ、一度見ると忘れ難い。ワイン・ブーム以前の日本にもしっかりと各書で紹介され、それ以前にそのワインは1855年、既にJ・ラヴァル氏の格付けで「1級に値する」と称されていた。

ともあれルイ15世など要人達の名前を顧客名簿に記していたこのシャトーは、そのワインと共に「ブルゴーニュの至宝」と呼ばれるに相応しい歴史と実績があるのである。

しかし。私の百貨店時代の販売経験を振り返ると、パーカーが味方についても、どうもシャトー・ド・ポマールはいわゆる「マニア心」に届いていない。約4万本という生産量が災いするのだろうか(しかしボルドーと比べると、驚く数字でもない)。

そんな存在を横目に見ているうちに2003年11月にはラプランシュ博士が売却を発表、所有者には高級不動産会社MGMの創始者、モーリス・ジロー氏が就任した。そして激しい動きを見せ始めたのである。

 

大胆な人事

 

馬での耕作風景。

 2004年4月1日に公式発表する、という新たな人事は、現地ではかなり憶測が飛んでいた。そして公式発表前の3月、フィガロ発行のブルゴーニュを特集した冊子にその人事がなぜか先に書かれていたのだが、記事を目にした私達はやはり驚いたのである。

 まずは醸造責任者。ジュヴレイ・シャンベルタンのシャルロパン氏(ドメーヌ・フィリップ・シャルロパン=パリゾ)であった。アンリ・ジャイエの師事を請いながら一代にしてドメーヌの名を世に知らしめた氏の説明はここでは割愛するが、ワイン・ファンとしてはコート・ド・ニュイとコート・ド・ボーヌで収穫時期はずれるとは言え、直線距離でも30キロはある氏自身のドメーヌとシャトー間の往復に不安を隠しきれない。しかし非常に信頼出来る方から聞いた話によると、22歳になる息子さんが既に氏の右腕として十分な働きを占めているそうだ。氏自身も若干20歳の時に病気の父の代わりにドメーヌの長となった経歴を考えると、一家の流れとして受け容れて良い話だったのだろう。それ以前に私自身がお会いした氏の印象、地元での風評からも、氏が自身のワインを蔑ろにしてまで仕事を引き受けるとは考えにくい。

 次に栽培責任者である。ドミニク・ギュヨン氏。彼はジュヴレイ・シャンベルタンのドメーヌ・ダモアで10年以上栽培長を勤めた経歴の持ち主で、何よりも地元で「土と働く生産者」達との交流が非常に深く、畑仕事に関する氏の意見は本当に容赦ない。氏とは個人的に話をすることがあるが、休日にも他産地に行って畑の土を見て回る(!)という、とにかく畑を愛する人でもある。今回の異動に伴い、シャトー・ド・ポマールでは畑では当HPでも紹介した「エキパージュ」のエリック・マルタン氏との仕事が進められているが、彼との仕事が成立した陰にはギュヨン氏の存在があったからだ。

 前所有者、ラプランシュ博士時代から、このシャトーの仕事は堅実なものとして知られていた。モーリス・ジロー氏曰く

「とにかく才能と熱意のある人を捜し求めた」という今回の人事が、今年度以降どのような方向に向かうのかが期待される。

 

モーリス・ジロー氏談

 

 「畑などの仕事が結果として出るのは最低でも4年。世に出るのは更に先だ。全て長期戦で望む予定だ」。

静かに語るジロー氏の計画は、ワインだけに止まらない。なぜなら氏にはこのシャトー・ド・ポマールにて「ブルゴーニュという土地が体現しうる全てを実践したい」というコンセプトがあるからだ。具体的にはシャトーを改築したスイート仕様の宿泊施設、レストラン、セミナーなどが行えるサロン、他に畑ではない敷地内に、プールを含むフィットネス施設や美術館などが挙げられる(全て2005〜2006年以降)。

このシャトーの窓から外を覗く時。そこには季節ごとに変わるブルゴーニュの風景がある。ブドウ畑だけでなく、ブドウに適さない土地には野菜や果実の畑、草木や花。宿泊したお客様にとって、この空気の中でくつろいで頂き、ブルゴーニュの1日の終わりに、最高のワインと料理が楽しめる。しかもこのシャトーはブルゴーニュを回る拠点地としても足場が良い」。

マリー・アントワネットのトリアノン宮みたいですね、と言葉を挟むと「Voila(その通り)」。

 「ブルゴーニュを多角的に知りたい時に、サロンや美術館などといった場所を提供出来ることも興味深く思った。しかし全ての施設類はあくまでも付随的なもの。あくまでもブルゴーニュの風景に自然に溶け込んだものでなければならない」。

ここは氏が前職で培った手腕が、遺憾なく発揮される領域であろう。ちなみにレストランのシェフとして候補に挙がる名前も、あっと驚くものだった。昨年ラプランシュ博士は売却先を直前まで伏せ続け、ただ一言「ワイン業界出身ではないが、素晴らしくワインとその風景を愛する人になるだろう」と仄めかしていた事を思い出す。

まずは10月に一部の完成を祝して、レセプションが行われる予定である。

 

テイスティング

 

 今回のテイスティング銘柄は以下。

   シャトー・ド・ポマール 2000

   シャトー・ド・ポマール 1997

   シャトー・ド・ポマール 1993

   シャトー・ド・ポマール 1988

 

 このシャトーの強みの一つは、かなり数は減ってきているものの、販売可能な古酒の在庫がまだあることだ。そこで今回試飲した中で最も古い1988年である。

 カーヴからテイスティング・ルーム間の移動しかしていない、という好条件を考慮しても、このワインはまだ非常に若々しかった。予想された熟成による皮などの香りはまだ現れていないが、フロマージュのような旨味系の香り、好天気だったミレジムらしい熟した黒い果実や、挽いた黒コショウ、丁字。麝香。骨格はいかにもポマールらしいしっかりしたものだが、長い余韻はミネラルを伴っているために重くはない。ブルゴーニュを好きな人ならいつの時代でもほっと落ち着き、時々戻りたくなる(?)味わいだ。

 日本で飲む時、輸送条件やショップでの保存状態、そして気候や体調も加わり、決して同じ味わいを感じられるとは言えないが(そもそもこのHPのテイスティング・コメントは全てこの条件差がある)、過去の経験と照らし合わせると、このワインは日本入りして著しく体調を崩すタイプではない。今はクラシックな熟成が、ちょうど華開きかけたところである。価格さえ見合えば、外さず楽しみを与えてくれるワインとしてセラーにあると心強い。

 

 ともあれ、今の変革の結果がワインとして世に出るのは数年後、熟成後の姿となると、それは十年単位で将来のこととなる。それは当然ながらジロー氏や、そして実際に畑や醸造に関わるギュヨン氏、シャルロパン氏達が一番知っていることだろう。しかしこんな背景を覗くと楽しみが増すのも、ワインである。