Domaine Gérard SCHUELLER et Fils 

〜探求心は尽きることなく〜

Husseren―les―Chateaux 2004.6.8)

 

 



 

2年ぶりにお会いするブルーノ・シュラー氏。以前よりお父様に似てきた?!

 ブルーノ・シュラー氏。私が出会った生産者の中で、「我が道を行く」度が最も高い人である。

ビオを採用しているのは周知の事実なのだが、それを前面に出すことに全くの興味が無いどころか、各ビオ組織との迎合も好まず、確執が多いはずであるINAOとの闘い(?)も、既に何処かに置き捨ててきてしまった。自分が望む結果や関心は自身が造るワインにしかなく、それが飲む人に「美味しい」と行ってもらえれば、それで良い。そんな感じである。

  

探求心は尽きることなく

 

 異例であった2003年の話を聞きながら試飲が進む中、衝撃的(?)なワインを勧められた。

 ここで「衝撃的」と書いたのは、「最高のワインである!」と褒め称えているのではない。誤解が生じるのは避けたいが、「このワインを『アルザス』と誰が言い切れるだろうか?」、もしくは「これをアルザスと言い切るためには『アルザスのワイン』に対する自身の概念を捨てなければならないのでは?」という、ショックである。

 グラスの中にあるワインはリースリング。2002年であるにもかかわらず、既に色調は濃い飴色で、香りにも既に熟成したノワゼットや生の栗といった多様なナッツ類が複雑に絡み合って、キャラメリゼした金柑やリンゴ、そして日本茶と一緒に発酵茶や、ビールのホップを感じるような苦み。このワインが複雑であること、恐らくとても熟したブドウを用いていること、そして余韻のねっとりとしたミネラルが官能的であることは分かる。とにかく「未知の飲み物として」は不安定ながらも不思議な美味さがあるのだが、しかし私の筆力では上手く書き表せないほど「一般のワインっぽく」ないのである。「ビオ的な味わい」等という範疇をも軽く超えていて、もしこのワインを口にしたら、瞬時にグラスを置きそうな知人の顔が数人浮かんだ(フランス人が持つ「ビオ味」や異質な風味への抵抗感は、日本人とは違う根強さがある)。一緒に試飲した人たちの間にも、戸惑い(?)の空気が漂っている。

 ブルーノが口を開いた。

「これは200リットルだけ実験的に仕込んだワインで、まだ名無し。そしてもちろん白ワインだけれど、可能な限り『赤ワイン』に用いる手法で造ってみたんだ。つまり、まず施したのがマセラシオン・カルボニック。そして発酵が始まるとピジャージュ(櫂入れ)もした」。

 唖然、である。

 ここで「ごく一般的な」白ワインの仕込みを、簡単に振り返ると、まずは破砕、そしてワインのスタイルにより発酵前の果汁の澱落とし(デブルナージュ)やスキン・コンタクトの後、発酵、熟成の過程をたどる。要するに果皮や種子、果梗は程度の差はあれどもさっさと取り除かれるのだ。また取り除かれる理由として、果皮や種子からの過剰なポリフェノール流出を防ぐことが挙げられる(ある種のポリフェノールは渇変を招く)。実際の醸造に関わったことも無い私が言えることでもないが、恐らくブルーノが試みた方法は、一般的な白ワイン造りにおける最大とも言えるタブーを、敢えて冒しているのである。

 ちなみに2003年ミレジムでは貴腐の付いたピノ・グリを一部使って、やはりマセラシオンを試みている。樽から試飲したそのワインには、これまた「う〜ん、これがピノ・グリ?」と思わせる未知の世界(?)が展開されているのだが、同時に「ピノ・ファミリー」を感じさせる何かや、ラタフィアや梅酒を思わせる凝縮した甘・酸味があって、なぜだか妙に後ろ髪を引かれるワインなのだ。

 実験作であることに加えて、そもそも数の少ないこれらのワインを市場で手に入れることがあるとすれば、それは彼が本当に信頼を寄せている国内のワイン・ショップのみで、カヴィストの丁寧な説明を持って、そっと引き渡されるのであろう(しかし意外なワインを日本で見かけることもあるので、私の推測が間違えていればごめんなさい、だ)。

しかし既に評価を得ている一連のワイン、ひいてはそういうワインを送り出すことが出来るブドウを育て醸造するノウハウを持っているのにも関わらず、今の評価にしがみつかずに、やりたいことはやってみる。飛んでもなく見える行動力の裏には見えない苦労が山積みなのであろうが、「やったこともない人がギャーギャー言うな」と言わんばかりの潔さを感じてしまう。そしてこのHPでも3回目の訪問となるこのドメーヌが、アルザスでは栽培技術などにおいて「現在の常識」の、時に先駆者でもあったことは今までにも触れてきた。つまり尽きることのない彼の探求心から「新たな常識」が生まれる可能性もあるのである。

 

自分が飲めるものを

 

 訪問中には、時に過激な批判や、現時点では不確かな今後の展望といった会話も交わされる。これらをここで全て書くことは出来ないが、最後に一つ、印象に残った言葉を記しておきたい。

 それは話題がリュット・レゾネ(非常に厳密な減農薬)に及んだ時のことだった。

「リュット・レゾネを隠れミノにするのは、全く持って感心できない。彼らの多くが自分の畑の作物を口にしようとしないのは、どういう事なんだ???自分や自分の家族の口に入れたくないようなものを、堂々と売るべきではない」

化学物質を自身の畑に一切入れない、というのは、ブルーノ流の消費者への愛なのだ、と書けば大袈裟になるが、少なくとも私はそこに良心を感じるし、彼のこの言葉は、ワインとは関係のない他業種における仕事の姿勢に当てはめても、意味を持つものではないだろうか。

ちらりと聞いた今後の展望などが実現することを祈りつつ、このドメーヌには驚きを求めて(?)通い続けたいと思う。

 

(追記)

今回は特殊なワインにばかりスポットを当ててレポートしたが、一連のワインのこのドメーヌらしい美しさは2003年においても健在で、同時にこちらのワインに対するコメントにも、謙虚かつ真摯に耳を傾けてくれたことを補足しておきたい。