TARLANT

〜次世代ブノワが、輝き始めた

(Ouilly 2004.10.19)

 

 

 

 

毎年通っている生産者の一つが、このメゾン・タルランである。

フランスでも日本でも、「有機的アプローチ」や「RM」という切り口で急激に注目されるわけではなく、12代続く歴史を誇るこのメゾンが「新人」として取り上げられる機会も今更無い。しかし私にとって、まずはこのメゾンのシャンパーニュの味わいが好きであるし、そして話を伺うと、意外とシャンパーニュでは「異端児」(?)であることに驚かされる。その一つがヴィエーユ・ヴィニュ以上のキュヴェで行われるバリック発酵(新樽の比率は25%)とバトナージュ。特にバトナージュはシャンパーニュでは余り一般的ではない。また造り出すキュヴェもブリュット・ゼロ(ドサージュを全く行わないキュヴェ。誤魔化しが効かないので、本当に質の良い果汁が必要となる)を始め、来年出荷予定であるピノ・ムニエ100%「ラ・ヴィーニュ・ドール(La Vigne dOr) 1999」など、かなり実験的なキュヴェが揃う。

だがその実験的なキュヴェを支えているのは、生態系を尊重した栽培や、現当主ジャン・マリーや長男ブノワの醸造学に基づいた経験だ。また細かなことだが、この規模のメゾンでは珍しく2台の圧搾機を所有していること(圧搾を協同組合などに委託するメゾンは多い)、瓶内熟成は法定期間の約2倍であること等、出荷までの過程の一つ一つが理想的である。よって「知る人は知っている」非常に堅実なメゾンとも言えるだろう。

ところで私が訪問する3日前、ある人がこのメゾンを訪れた。その「ある人」とはジャンシス・ロビンソン女史であり、「あるキュヴェ」を試飲しに来たのである。そしてそのキュヴェはまたもやシャンパーニュにおいては非常に稀なもので、このキュヴェが生まれる背景には、メゾンでジャン・マリーと肩を並べてキーパーソンになりつつあるブノワの存在が大きかった。

 

シャルドネの自根もの?「ラ・ヴィーニュ・ダンタン」

ステンレスタンクから試飲用のワインを引き抜くブノワ。

 「瓶詰め後の経過を見ながら、本当に公表してもいい、とやっと確信が持てた。それがシャンパーニュでは珍しい『シャルドネ』のフラン・ピエ(接ぎ木をしていない自根のブドウ樹)100%のキュヴェ。ラ・ヴィーニュ・ドールと同じ頃の出荷になると思う」。

 2004年のワイン(まだ一次発酵中である)を試飲している時、ブノワが口を開いた。確かにフランス全土で見ても「自根もの」は珍しく、シャンパーニュならボランジェの「ヴィエーユ・ヴィーニュ・フランセーズ」が有名であるがこれはピノ・ノワールで、おそらく「シャルドネ」100%のキュヴェはシャンパーニュに片手も存在しないのではないだろうか。まずはその幻のキュヴェ(?)、「ラ・ヴィーニュ・ダンタン( La Vigne d'Antan)」を何樽か試飲する。発酵開始直後のキュヴェの試飲は残糖度も高く、決して簡単ではないが、溢れる白桃やグレープフルーツの香りや高い糖度の背後には、北の地特有である、頭のてっぺんに響くような純度の高い酸がある。

この畑は砂地で、面積はたったの30アール。ただし砂地はフィロキセラが蔓延しにくいメリットがあって、おじいちゃんが試しに接ぎ木無しで植樹したのが40年前。その後も今日まで特に問題なく、毎年収穫を迎えるに至った。

 もちろん自根であろうがなかろうが、各区画の味わいは違うもの。でも樹齢が30年後半に差しかかった頃から、明らかにこの区画から生まれるキュヴェは、不思議と突出していると感じ始めたんだ。そこで父に相談後、これまた試しに、この区画だけ別で瓶詰めしてみた。ただし30アールから造ることの出来る量は限られているので、瓶詰めは1998年と1999年のキュヴェをアッサンブラージュ。また単なる物珍しさだけで、味がメゾンのレベルに達していないものを売る気は無かったから、つい最近までは内緒にしていたんだ。でも公表すると直ぐにジャンシス・ロビンソン女史からメゾン訪問の連絡が入った時には、正直嬉しく、そして緊張した」。

 つまりこのキュヴェは、ブノワの直感が約6年越しに形になったキュヴェなのである。カーヴで仕込み中のワインの試飲後、3日前に抜栓したという(ロビンソン女史の飲み残し?)「ラ・ヴィーニュ・ダンタン」を飲む。柑橘やスモモ様の心地良い酸味に、カリンや焼き栗の優しい甘味。そして数日を経ても良質なものと分かるムースっぽい泡。余韻は石灰やチョーク質特有の「鋭い長さ」ではなく、むしろ宙に浮かぶような「軽・長さ」で、もう一杯、と言いたくなる(?)素性の良いチャーミングさがある。またもし抜栓直後なら、シャープな果実味が前面に出た味わいが楽しめるのではないだろうか。

 ちなみにラベルは従来のオーソドックスな「タルラン・ラベル」ではなく、ブノワ自身がコンピューターで試行錯誤して作った、非常に「今風」でシンプルなもの。しかし消費者には「フラン・ピエ」であることが明確に分かり、きっとシャンパーニュ売り場の棚でも目を引くだろう。細部に渡って、若いブノワのセンスが散りばめられていることろに、伝統あるメゾンで世代差が上手く作用していることが感じられる。

 ちなみに「ラ・ヴィーニュ・ダンタン」の「ダンタン(d'Antan)」とは、「古き良き」「昔ながらの」という意味で、ブノワの若さと名前の懐かしさの取り合わせの妙も、好ましい。初出荷は来年初頭、たったの3000本であるが、シャンパーニュ、そしてこのメゾンの新しい流れを知るキュヴェとして、是非購入したい1本である。

 

これが「自根もの」のシャルドネ。

まるで砂浜のような砂地の畑の横には、ジビエ(多分ウサギかイタチ?)の巣が。このような巣は、砂地横によく見られるらしい。

 

 

次世代ブノワが、輝き始めた

 タルランは自サイトを持っているが、そこでもブノワは新しい試みを始めている。それは収穫から発酵〜熟成過程の全てをネットで公開する、というものだ。まだ未完成であるが、クリックすると果汁が変化する様子などを見られるようにしたいと言う。作成中の画面を少し拝見したが、大手メゾンの形式的な訪問よりもよほど臨場感があって、興味深い。「消費者にとっても親切で良いですね」と言うと、「ははは、消費者のため、というより、僕の趣味かも」とアッサリ切り替えされた。ここらへんの屈託の無さも、次世代っぽくて楽しい。

 一方昨年は工事中であったカーヴの拡大工事も無事終了、その地上には新たに来客用のテイスティングルームなどの設置を予定しているが、これらも来客がシャンパーニュを楽しみながら理解できるように、「ブノワの視点から見た」アイディアが随所に生かされているようだ。

 

 小さなシャンブル・ドット(民宿)も併設するタルランは、もともとホスピタリティ溢れる訪問の楽しいメゾンであったが、加えてブノワの動きも目が離せなくなってきた。おそらく次回の訪問は数ヶ月〜1年後になるのであろうが、また新しく嬉しいニュースを知ることが出来るのでは、と今から期待するのである。