FranÇois Frère(Tonnellerie) 〜高貴な樽が生まれるまで〜

(Saint−Romain 2003.11.18)

 

 

 

 

フランソワ・フレール本社全景。ブルゴーニュ、サン・ロマンにて。

樽会社の名前を一つ挙げなさい、と言われたら、真っ先に思い浮かぶのがフランソワ・フレールではないだろうか?

ワインショップ等のDMで「フランソワ・フレール社の樽使用」は「品質にこだわっている」の暗黙の同義語であり、生産者達のカーヴでもフランソワ・フレールの樽が並んでいると、訪問者達は「ほほぅ」と秘かにその気合いや資力を見て取るのである(もちろんワインと樽の相性は千差万別なので、敢えて使わない生産者もいる)。

では高貴とも言える同社の樽は、一体どのような過程を経て生まれるのか?それが今回の訪問の目的である。

 

フランソワ・フレールの歴史

  フランソワ・フレールの創立は1910年。現社長であるジャン・フランソワ氏の祖父が、農閑期である冬期の仕事として開始したことに遡る。

企業として急速な伸びを遂げ始めるのはジャン・フランソワ氏の代となった1970年以降のことである。きっかけとなったのは、新世界、特にアメリカにおけるワイン産業の拡大だ。なぜならアメリカは当時フランスでは陰に隠れていたムルソーなどの銘醸地を見出すだけでなく、国内でもブティック・ワイナリーが頭角を表し始めた時期であり、ジャン・フランソワ氏は国内外のこの状況を「品質の時代の到来」、すなわち「品質を求める生産者達の要望に叶う樽」の需要をいち早く察知したからである。

現在同社ではジャン・フランソワ氏の子息、ジェローム・フランソワ氏が代表者として従事し樽の研究事業も行うドムトス(Domtos)を始め、国内外に8カ所の提携会社を持ち、生産する樽の約70%が輸出されている。

 

樽が生まれるまで

 

伐採された樫の断面。アリエ産。年輪の緊密な美しさは感動的!樹齢は平均120〜140年。伐採は樹液の下がる冬期のみに限定。夏期に行うと樹液の味が樫に残るのである。

〜樫材の確保〜

 同社が使用する樫材は、フランス中部のアリエ産(トロンセもアリエ産の1種である)をメインにヴォージュ産であるが、同じく有名であるリムーザン産とアリエ産の最も大きな違いは「木目の細かさ」、次にタンニンの含有量である(平均的なアリエのタンニン含有量は、リムーザンの約60%)。

 ところでフランスにおける樫材確保に役立っているのは、なんと英仏戦争(18C〜)であるらしい。英仏戦争中には造船の需要が著しく伸び、樫の植樹が奨励されたが、その後戦争が終わると樫の森だけが「用済み」で残されたのである。現在使用する樫の樹齢は平均で120〜140年。この樹齢のものをコンスタントに確保できるのは同社最大の強みの一つである。

 

〜樽作りの工程〜

 「樫材の確保」に並び、重要なのは「樫材を乾燥・熟成させる時間と保管場所」と、「手作業による工程とそれを担える優秀な人材」。

そこでここではピエス樽作りの工程を、写真と共に追ってみたい(同社では他に小樽や大樽も生産している)。

 

* 樫材の裁断

伐採された樫材は木目の細かい物のみ選ばれ何段階にも分けて裁断・形成されていくが、樽材として使用可能な部分はほんの一部。形成を終えた樫材は、この後乾燥・熟成段階に入る。

 

樫の裁断作業の一部。 樽として使用されるのは、青チョークで記された囲み内のみ!贅沢な、、、。


    
樫材の乾燥・熟成

 樫材の乾燥・熟成は屋外で最低2年間。この期間は顧客の要望によっては3年間の場合もある。天日に晒し続けることにより、樫材の湿度含有量は80%から17−18%に減少するだけでなく、風雨に洗われることで樫の持つ青っぽいタンニンや酸味が消える。

 またブルゴーニュの気候は天日干しに向いており、アフリカなどで伐採した樫材を一定期間預かり、乾燥・熟成のみを請け負う仕事も行っている。

 

屋外で乾燥・熟成を経る樫材。この風景が延々と続く。樫の価値を考えれば壮大な屋外金庫(?)と言ってもよいだろう。 これは3年乾燥・熟成中の樫材。樫材は全て品番管理されており、伐採場所・時期〜出荷まで瞬時に追跡することが出来る。


    
樽の組み立て

 乾燥・熟成を終えた樫材は研磨され、微妙な大きさの違いにより分類、一つの樽に組み立てられる。

 

組み立てを待つ樫材。1段の左〜右で丁度一樽分。

組み立て作業中。この段階で支えとなるのは、上部にある輪状の金具のみである。作業は早い。上下の蓋部分も別の作業場で形成されている。

 

     樽の焦がし

顧客の要望により、焦がしの段階は「軽め」「普通」「普通よりやや強め」「強め」の主に4種類。「強め」よりハードな焦がしの要望があれば、上下の蓋部分まで丹念に火を入れる。

  

     樽の最終仕上げ

 焦がしを終えた樽は、最終仕上げ、すなわち蓋をはめ込むための溝の形成や、ワインを注ぐための穴の作成、蓋のはめ込み、品質チェック、同社のロゴや要望があれば注文主のロゴの刻印が行われる。ちなみに1日に仕上げられる樽は約145個である。

 ところで樽であるから液漏れはもちろんアウトであるが、組み立て〜最終仕上げで各部分を密着させる為に化学的な接着剤などは使用されない(使用されるのは、蓋のはめ込み時に溝を部分的に埋める為に使われる、ライ麦粉を水で溶かした物くらいである)。基本的には正確な裁断と、説明して頂いたオルゼル・デ・サジェ氏曰く「パズルを組み合わせるような」組み立ての妙、焦がしによってのみ、あの完璧な密着度が得られるのだ。

 樽の焦がし
樽内の焦がし。焦がし具合も全て顧客の要望通り。「本日の焦がし予定」が貼られた現場の眺めは壮観。
樽の最終仕上げ
仕上げでは、フランソワ・フレールのロゴを刻印。

 

 各作業段階では機械が用いられているものの、それらを操り微調整・判断するためには様々なタイプの職人の確保も重要だ。ちなみに同社での職人のタイプは大別すると「樽だけでなく、家具や建築などあらゆる業界における『木自体の扱い』に精通する者」「学校で樽科を就学した者(ボーヌの学校には樽専門の課程があり2年を要する)」「古くから樽作りに従事してきたベテラン」である。

また社長の意志が従業員全員に伝えられる為には、技術のみに長けた者を集めるより、樽作りに誇りを持った者達がチームとして相互に信頼感を持っている事も必要だ。企業の規模は拡大しても、従業員自らが「非常に家族的な会社である」と言えるのは、こんなところにもあるのであろう。「樽のオートクチュール」と言われる仕事を可能にしている最後の一駒は、やはり人なのである。

 

アンバサダー(大使)として

 

 「私の使命は世界中で素晴らしいワインが生まれる過程において、樽を通して最高のアンバサダー(大使)の一人となり得ること。常に最高の樽を世に送り出したい」

 ジャン・フランソワ氏に自分の仕事をどう感じているのか、という問いをした時の答えである。

 その人気の高さゆえ、時には「新規顧客を受け付けない」とまで言われる同社であるが、品質の維持・向上と生産量の拡大の両立は簡単ではない。また注文主のこだわりが多ければ多いほど、その工程は用いる樫材の乾燥・熟成期間の段階にまで遡るのだ(つまり最低でも2年間待たねばいけないことになる)。

 品質を追求する生産者達がそこにいる限り、アンバサダーの使命も増え続ける一方のようである。