Domaine WEINBACH−Colette FALLER et ses filles

〜女性達のワインは、あくまでもエレガント〜
(Kayserberg 2004.6.8)

 

 

 

カトリーヌ・ファレーさん。ドメーヌをまとめ上げる女性である。

  このドメーヌへの訪問は、ちょうどドメーヌ・ジェラール・シュラーの直後だった。ドメーヌ・ジェラール・シュラーのカーヴは一見乱雑なようで、でも男性の部屋にありがちな(?)類の不思議な秩序があり、そのワインは良い意味で時に無骨さを残すいかにも「男性的」なものだったが、対してドメーヌ・ヴァインバック=コレット・ファレー・エ・フィーユ(以下ヴァインバック)は、まさに「女性の手によるドメーヌ」だ。

かのクロ・デ・カプサンに囲まれたドメーヌに続く道、色とりどりのバラが咲き乱れる正面の庭。これだけでも一日本人女性にとってはウットリさせられるロマンティックな眺めなのだが、通された応接間様の試飲ルームにはセピア色のものも含め、家族にとって大切だったその時々の写真が飾られていて、それらの写真からは田舎で育まれた特有の裕福さが感じられる。そして対応してくださったのはこのドメーヌを支える3人の女性の一人、カトリーヌ・ファレーさんで、その出で立ちや立ち居振る舞いはこざっぱりしながらも、やはり板に付いたエレガンスがある。

ともあれその後に続く試飲においても女性達が演出するエレガンスは絶えることなく、それはシュラーの後だったからこそ(?)、余計鮮烈に思えたのだ。

  

樽付き酵母?

 現在ドメーヌとなっている敷地や建造物は、中世以降は修道院であると同時に「素晴らしいワインを生み出す土地」としても知られ、その評判はフランス革命までに既に確立されていたようだ。その後、1898年にファレー家のテオドールとジャン・バプティストの2人がドメーヌとして購入、それぞれの息子達や甥であったテオが受け継いだことが、ヴァインバックの始まりである。

 テオは「良心を持って」この地のアペラシオンの素晴らしさを世に広めた功績を残し(このあたりは他のアルザスの生産者レポートで触れたが、この地において「アペラシオンを認めさせる」ことは他の産地よりも、より利害が絡んだ政治力も強いようだ)、テオの死後、1979年以降はマダムであるコレットと2人の娘、カトリーヌとローレンスがテオの意志を引き継ぎ、今に至る。

現在ドメーヌは約27haの畑を有し、それらはカイゼルベルクの渓谷に広がっているが、主な畑を先に列挙しておきたい。

 

  シュロスベルク グラン・クリュ(Schlossberg)、、、ドメーヌの所有する1/3をこの畑が占める。砂利と花崗岩で構成された畑は厳しい段々畑で南向き故、日照量に非常に恵まれている。またリースリングに非常に適している。

  フルステンテュルム グラン・クリュ(Furstentrum)、、、同じく険しい斜面を持つ暖かい畑で、ゲヴュルツトラミネールに適している。

  マンブルク グラン・クリュ(Mambourg)、、、石灰と泥灰混じりの重い土壌は、ゲヴュルツトラミネールに適している。

  アルテンブルク(Altenbourg)、、、フルステンテュルムに続くこの畑は、トカイ・ピノ・グリやゲヴュルツトラミネールに適している。

  ル・クロ・デ・カプサン(Le Clos des Capcins)、、、ドメーヌを取り囲むこの単独畑は泥灰を含む砂と花崗岩の丸石の土壌で、多くのアルザス・セパージュに向くが、特にミュスカの果実味を顕著に引き立てる(ちなみにアルザスでは「クロ」を名乗ると、自動的にグラン・クリュを名乗れずAOCアルザスとなる)。

 

酵母が息づくフードルが並ぶ。写真では分からないが、カーヴに控えめに飾られた花などにも女性らしさを感じてしまう。

 ローレンスが醸造に采配を振るうようになってからは、畑でもビオロジーの採用を始め(1998年以降、畑の1/3ではビオディナミを実践している)、短い剪定、低収量、ぎりぎりまで収穫を遅らせることが、より厳密になっているということで、実際にその仕事とワインは今更私がここで書くまでもなく、国内外で揺るぎないトップの評価を維持している。

 また醸造・熟成はフードルの大樽でじっくりと時間をかけて行われるが(糖度の高いブドウを自然酵母に任せて醸造するために、時に発酵に10ヶ月を要することもあるという)、興味深く感じられたのはドメーヌのパンフレットに「樫のフードル(大樽)に生息している独自の酵母と、畑由来の土着の酵母により進む醸造・熟成」と明記されていたことだ。

 確かに「自然派」の生産者達との会話では「畑由来の土着酵母」の話題は頻繁で、「土地固有の味わい」とは「酵母の自然な働き」が一役買い、この酵母を生かすためにも、土から化学薬品を排除しなければならない、という理論が成立する。しかし日本人としては日本酒の蔵に「蔵付き酵母」があるように、ワインのカーヴにも「カーヴ付き酵母」は無いものか?と渡仏当初は疑問に持ち、ただその疑問もすっかり忘れ去っていたのだが、少なくともこのドメーヌでは「フードル(樽)付き酵母」が活躍しているのだ。今回のアルザス訪問ではいくつかのドメーヌが熱く(?)フードルの効用について語ってくれたが、何十年という耐久性に優れたフードルに、固有の酵母が住み着いていても不思議ではない。

 そこでテイスティングである。

 

テイスティング

今回のテイスティング銘柄は以下。全てボトル・テイスティング。テイスティング順に記載。

 

  ミュスカ・レゼルヴ 2003

  リースリング キュヴェ・サン・カトリーヌ 2002

  リースリング グラン・クリュ・シュロスベルク キュヴェ・サン・カトリーヌ 2002

  リースリング グラン・クリュ・シュロスベルク キュヴェ・サン・カトリーヌ リネディ(LInédit) 2001

  トカイ・ピノ・グリ キュヴェ・サン・カトリーヌ

 

 ところでこのドメーヌのワインの購入をややこしくしているのが、「キュヴェ名」と「列記の多いラベル」であろう(?)。

まずキュヴェ名であるが、「キュヴェ・サン・カトリーヌ」は、長女カトリーヌの名前と「聖カトリーヌの日(11月25日)」をひっかけて、11月25日まで収穫を待ったブドウで造られたワインであり、「リネディ」はその中でもスペシャル・キュヴェという位置づけになる。

ちなみに「キュヴェ・サン・カトリーヌ」が生まれた背景には収穫を遅らせたブドウでヴァンダンジュ・タルティヴとして醸造を試みたところ、どうもしっくりと来なかったキュヴェを最後まで発酵を進ませセックにし、結果的にドメーヌとして満足の出来る深みを持つワインが得られたことがあり、それ以降は可能な限り、この「収穫を遅らせた完熟ブドウの辛口仕立て」を「キュヴェ・サン・カトリーヌ」として造り続けている。またこのドメーヌはヴァンダンジュ・タルティヴなど所謂「デザート・ワイン」を造ることは多くなく、「熟したブドウで、酸を伴ったミネラリーな辛口に仕立てる」傾向は更に加速しているようだ。これには冒頭のドメーヌ・ジェラール・シュラーのブルーノが言った「貴腐にばかり固執して、デザート・ワインのラベルを貼り付けることには、もう興味が無い」という言葉を思い出させられる。そこには「デザート・ワイン離れ」という時代背景もあるだろうが、アルザスのトップを走る生産者達が「完熟ブドウ」に求めるものは、糖度よりもむしろ「究極のミネラル」なのかもしれない。

また全てのボトルのネック近くには「クロ・デ・カプサン」のシールが貼られていることも消費者に混乱を与えるが(この歴史的な地所名を記したいドメーヌの気持ちも理解できる)、単独畑である「クロ・デ・カプサン」由来のワインは、亡き父をオマージュであるリースリングとゲヴュルツ・タラミネールの「キュヴェ・テオ」と、トケイ・ピノ・グリの「キュヴェ・サン・カトリーヌ」である。そして個人的には、恐らくミュスカにも「クロ・デ・カプサン」由来のブドウが入っていると推測している。

 

それにしても、一連のワインはエレガントだ。なぜなら多様で複雑な香りはとにかく渾然一体としていて、何か一つの香りだけが突出して感じられることが無いのである。そしてその複雑な香りでもたらされた味わいへの期待は決して裏切られることなく、ミネラルと十分な酸を骨格に、滑らかとしか言いようの無い甘さが乗っている。エレガントながら芯の強さを併せ持った味わいには、甘えの無い品があって「男前」ならぬ、ため息の出るような、「女前」なワインとも言えるかもしれない。

特にそれを顕著に感じたのが、濃厚な花(白いバラやユリ、キンモクセイ)や複雑な果実の香り、ムルソーを彷彿とさせるテクスチャーを持つ「リースリング グラン・クリュ・シュロスベルク キュヴェ・サン・カトリーヌ 2002」だ。そして時間が経つとワインの奥の方からトロリとした石油様のミネラルや(全く嫌みな石油感ではない)、根菜系の土の香り。ぬめるような長い余韻。熟成後の姿を是非拝みたい気分にさせられる。

 

訪問を終えて

 ビオを実践し、かつ絶対的な名声を得ている女性生産者には、時折戦闘的なイメージがつきまとうことがある。ルロ ワ女史然り、最近では「遺伝子組み換え問題」に真っ向から立ち向かうアンヌ・クロード・ルフレーヴ女史もそうだろう。実際に彼女たちに会うと、ルロワ女史は驚くほど小柄で、ルフレーヴ女史も頭の回転の速さを感じさせつつ特に怖そうな(?)人ではないゆえ、矢面に立たされる彼女たちの心労は気の毒にすら思ってしまう。

 

 だがその点、ヴァインバックの3人の女性は実にバランス良く、フランスのワイン業界に君臨しているように感じられる。様々な資料に目を通してもたまにワインの評価にバラツキが見られるくらいで、人間に関しては「3人の美女」となり(残念ながらコレット女史にはお会いできなかったが、彼女に会った人によると「蹴倒されるくらい不思議な迫力を持った人」らしいのだが、、、)、ビオディナミ実践においては「ビオ実践者にありがちな馬鹿げた懐古主義が無く、むしろ論理的」と評され、そして何よりもビオの動きに批判的なワインショップでも、ビオ云々に関係なく「尊敬すべきワイン」としてこのドメーヌのワインが品揃えされている事実。

「トカイ・ピノ・グリ キュヴェ・サン・カトリーヌ」に合わせる料理を、カトリーヌさんに尋ねた時の事である。

「オレンジのソースを使ったマグレ・ド・カナールや、中華風のカナール・ラケ、またキノコを使ったリゾットなんかも良いんじゃないかしら。塩がピシリと効きつつ、素材やソースに自然な甘さのある料理が基本的に良いと思うわ」。

 サラサラとこういった料理を挙げるところにも嫌みのない裕福さを感じつつ、「ワインだけが突出してテーブルに並ぶわけでない」といった原点を崩さない堅実さも、このドメーヌのワインが星付のレストランに好まれる理由の一つだろう。要する「女性的なしなやかさとエレガンス」は、ワインの味わいだけでなく、市場への浸透の仕方にも現れているような気がする。

 

彼女たちのアルザスの中では決して安くはない。しかし一部の手も出ないような高級ワイン全般と比べれば「穴」とも言え、安定した満足をちょっぴり上品な気分と一緒に、食卓にもたらしてくれるワインだと、私は思う。