Domaine du Clos des Fées

〜 収穫方法への、トップレベルのこだわり 〜

(Vingrau 2005.4.22)

 


 

 

 幣HP「小さな写真集 2005年4月 〜ラングドック&ルーションの生産者達」でも紹介したドメーヌ・デュ・クロ・デ・フェ。元・フランス最優秀ソムリエであり、ワインに関する執筆も手がけるエルヴェ・ビズール氏が、自分が理想とするワイン造りをルーションという地で開始した(1998年〜)、という触れ込みは既に国内外で有名だ。

 さてブルゴーニュの収穫風景は何度か報告しているが、今年4月、このドメーヌを訪問した時に伺った収穫方法が「それは、大変だ(ワインが少し高くとも仕方がない)」と思わせるものだったので、収穫に主に焦点を絞ってこのドメーヌにもう一度、簡単に触れておきたい。

 

収穫方法

 

 ヴァングロー(Vingrau)という村に位置するドメーヌのブドウ栽培面積は、約17ha(赤14,5ha: カリニャン、グルナッシュ、シラー、ラドネ・プリュ、ムールヴェードル、白2,5ha: グルナッシュ・ブラン、グルナッシュ・グリ)で、そのパーセル(区画)は80にも分かれる。ところでこのヴァングロー(Vingrau)、「cirque calcaire(シルク・カルケール)」とベタンには書かれているが、そのまま「石灰のクレーター」と訳しても、文学的に「石灰の円形競技場」と解釈してもそれらがぴったりな、圧倒的な風景である。本当に山がまるごと穿(うが)たれているのだ。地形のダイナミックさはそのまま自然の力を知らしめており、「コート・デュ・ルーション・ヴィラージュ」というアペラシオンに一括りにすることを疑問に感じさせるほどである。そして高度は海抜350〜650mと高い(ブルゴーニュの最も標高の高い山際から畑が始まるようなものである)。「クロ・デ・フェ」とは「妖精たちの畑」という意味だが、妖精たちは特異な環境に住む、という意味ではこの名前は相応しい。

 これだけの要素が揃えば、収穫に手間がかかりそうなことは既に想像に難くないが、ここでビズール氏は「理想を追求した」のである。

 まずお椀状の斜面に張り付いた畑はパーセル毎に微妙に角度を変え、ブドウの成熟度にも数週間の時差が生まれるが、その時差を完璧に重視し、よって収穫期間も単純に数週間に渡る。しかしこの地は国境に近く、幾つかのドメーヌを除きワインのボトル単価は低いアペラシオンである。よって手収穫を行う場合は、出稼ぎの外国人労働者を雇うことがもっとも安易であるが、残念ながら出稼ぎ労働者が「愛情をもって丁寧に接する」ことは余り無く、まずは「質の良い」収穫人を確保するのが、本当に困難であるという。

しかもこの地では収穫期間中も午後はかなり気温が上がることは多々あるようで、過度に暖まったブドウを摘むことを良しとしない(ブドウが高温であることで、望まない発酵や微生物の活動を促すリスクがあり、それを抑えるためにSO2などを添加しなければいけなくなる)。よって収穫は「午前中のみ」(!)に行われるが、これも集中的に働き生産者を渡り歩きながら北上を続け、荒稼ぎをしたい収穫人には「魅力無い(効率の悪い)」仕事のオファーに映り、ますます収穫人は集まらない。結局このオファーに同意できる余裕あるヴァンダンジャーでも、ヴァンダンジャーとは特にブドウを理解している訳ではなく(デュガ家のように熟練のヴァンダンジャーが揃えば、感覚的に分かっていることもあるが)、何も考えずに摘んで良い結果が出るように、まずは収穫前の完璧な仕上げが必要となるのだ(もっとも、これはこのドメーヌに限ったことではなく、良心的な生産者は「仕上げた畑」を素人であるヴァンダンジャーに託さねばならない)。

そうやってようやく摘まれたブドウは小カゴに収納、さらに冷蔵トラックで運搬される。また80ものパーセルと品種の違いは味わいの違いに比例するので、可能な限りパーセル毎に醸造されるが、シャンパーニュの大手メゾンがほぼ同数のパーセルを手がけるのと、家族経営の若い一ドメーヌが同じことをすることは、様々な意味で負担も違うだろうし、ヴァンダンジャーを含めた臨時従業者を「拘束する」人件費もバカにならないのではと思う。ともあれこのレベルの収穫を行うのは、フランス全土レベルでも、ごく一部の人たちであることは、きちんと伝えておきたい。

 

テイスティング 〜コート・デュ・ルーション・ヴィラージュ ラ・プティット・シベリー 2003

 さて、このドメーヌのフラッグシップであり、年間平均生産量が2000本と僅少ゆえ「幻」とも言われるキュヴェが、「コート・デュ・ルーション・ヴィラージュ ラ・プティット・シベリー」だ。グルナッシュ100%のこのワインは、マダムであるクロディーヌ曰く「ガラスが溶けたような」雲母混じりの片岩土壌から生まれ、平均樹齢も53年と高い。そして土壌の違いに確信を持った2001年が初ミレジムだ。ちなみに価格は蔵で一般の消費者が購入して200ユーロと、このアペラシオンとしては破格である(日本のショップで26000円前後で販売されているのは、インポーターやショップの方々があってこその、良心的な価格と言える)。今回はこの「ラ・プティット・シベリー」の2003年を試飲する機会に恵まれた。

 先に2003年の簡単な収穫のインフォメーションであるが、2003年はご存知の通り、「酷暑」のミレジムである。全国的に収量が落ちたミレジムでもあるが、意外にもクロ・デ・フェでの収量は例年並みという。なぜなら彼らは収穫開始を9月後半まで待つ、ということを正確な分析値と共に敢行し(彼らにとってそのブドウは、9月後半になるまでの生理学的熟成は望むレベルではなかった)、それまでの雨が、過剰な凝縮傾向にあった果汁を適度に薄め(当然、果汁も増える)、15度もあった潜在アルコール度を自然に11度まで落としてくれたのだという。高すぎる南仏のアルコール度に対する小さな反発は、前日に訪問した「ドメーヌ・ゴービィ」の「薄い美しさ」で確信に変わったので、「11度」というのは好ましく思える。

 そして、ワインだ。黒に近い、花びらの厚い赤いバラのようなパルファンと、いかにも片岩由来の、血にも近い鉄感のある硬質なミネラル。ミ・ド・クレヨン(鉛筆の芯)のニュアンスはボルドーの左岸も思わせる。そこに極上のバニュルスにも近い、樽のカフェの香りが似合うグルナッシュの滑らかな舌触りがあり、こういった「濃い」要素が続きながら、余韻に重苦しさが全く無いのは素晴らしい。丁寧に造られないと生まれない「細かさ」が、何よりも印象的だ。しかしやはり「太陽に恵まれ過ぎた」ミレジムゆえか、それとも前日のゴービィの薄さが印象的過ぎたせいか、少し過剰な印象を持ってしまった。単なる濃縮とはもちろん次元が違うのだが、隙が無さすぎる、とでも言うのだろうか?自分の物差しに当てて考えると、デュガとデュガ・ピィ、そしてドニ・モルテの違いを思い起こされ、ジュヴレイの彼らを引き合いに出したのは、クロ・デ・フェとゴービィを比べることは、無意味に思われたからである。なかなか入手困難かつ高価な「ラ・プティット・シベリー」とゴービィの「ムンダダ」ではあるが、共に南仏「らしからぬ」(と書けば南仏の生産者に怒られそうだが、一般的な枕詞を使うと)エレガンス、と評される両雄、飲み比べてみるもの興味深いかもしれない。

 

 ところで最後に。無農薬を試み、月の運行なども参考にしているクロ・デ・フェであるが、カテゴリー的には「リュット・レゾネ」である(月に関しては、確かにまだ解明されていなくても、日本や他国の農業にも概念としてあることを考慮すると、何らかの影響はあるのだと思う)。だが最近、一部の自然派から発される主張には余り理論的ではない部分も垣間見え、少し食傷気味なのも事実であるそんな中、

「使うべき現代の技術と知識、尊敬すべき生態系。この事実に比べて過剰な妄信は意味を為さない」と、このドメーヌは言い切る。「理想」を追求しながらも冷静なこの言葉は、個人的には更なる期待を持ってしまうのだ。