Le FRESNAYE 〜天は二物以上を与える〜 

Aubin de Luigne 2004.11.18)

 

 

 

カーヴにて、フィリップ・ボーダン氏。輝かしい職歴に加え、ハンサムで長身。

職業が一線のパイロットで、妻は才色兼備、かつ子供にも恵まれる。加えて少なからぬフランス人の夢である、自身のブドウ畑を持ちワインを造るということも実現する。できすぎた話であるが、現実にこういう人はいるのである。それがエア・フランスの機長であるフィリップ・ボーダン氏だ。

 こう書くと「ワイン造りは趣味の域を出ないのではないか」「資金を出すだけなら簡単」等という意地の悪い見方もあるかもしれない。しかしそれを言い出せばボルドー始め多くワインを否定することになるし、経営者の姿勢とはワインの味わいにも反映される重要なものである。その点でボーダン氏の意志の強さには「一流」を感じさせられ、何よりもそのワインの完成度の高さは「新しい発見」をする喜びに満ちたものであったのだ。

 

ル・フェルネイの仕事とは?

アンジェの街を南下したアンジュ・ヴィラージュ地区であるオーバン・ド・リュイニュに21haの敷地とシャトーをボーダン氏が購入したのが6年前(ブドウ畑の面積は現在約11,5ha)。ボーダン氏が率いる「ル・フェルネイ」にとって2004年の収穫はまだ5回目であり、造っているワインも現時点では3種類のみである。しかしその仕事は厳格だ。

まずは畑仕事。ブノワ・ゴートル氏を責任者に迎え、ビオロジーを実践、同時に収量を抑えることを徹底した。ここで「収量を抑える」と言っても様々な方法があるが、ル・フェルネイにとってヴァンダンジュ・ヴェルトは「どうしても収量が自然に落ちない時の、最後の手段」、つまり彼らは優れた生産者たちが好む「剪定から始まる低収量」を実践している。また他にも小振りの房を付ける優れた苗木や接ぎ木の選択の研究にも余念がない。特に大振りの房がたわわになり腐敗や水っぽさに繋がりやすいセパージュ、シュナン・ブランには、非常に気を遣うのだという。そして収穫時には機械収穫の多いこの地で100%手摘みと小カゴでの運搬を採用、最終的には選果も行う。

一方、醸造である。ディディエ・クートンソー氏とジュリアン・クートンソー氏の下、こちらも自然派が重要視する「補糖、人工酵母の添加を行わない」を貫き、SO2の添加も収穫時と瓶詰め時のみ(添加量はビオロジーで認可されている量の半分以下である3−40mg/L)、清澄、澱引きもしない(赤は濾過も行わない)。またキュヴェは全て、区画や樹齢、ブドウの成熟の違いを考慮して別々に仕込まれ、白で約12ヶ月、赤で約18ヶ月、澱の上で熟成され(新樽率は約30%)、瓶詰め前にアッサンブラージュされる。

これらを言葉で書くと簡単だが、完遂するとなると、自然派ワインに通じた人なら特に、その多大な努力が見えてくるのではないだろうか?また各責任者と話し合いながら、全ての最終決定を行うのは当主であるボーダン氏であるが、そのボーダン氏はこう語る。

「ワイン造りの1年のうち、11ヶ月は畑の中でごく地道に進む仕事が殆どだ。しかし特に収穫時と、醸造過程。この期間中は『今だ!』と直感する劇的な瞬間の連続だ。この瞬間に対して、決断を下すのが本当に好き。そしてこの決断に自身の経験が生かされつつあることを実感している」。

 考えてみればパイロットの仕事とは、基本的に淡々と進む飛行過程と、一瞬の判断のくり返しだ。そしてその一瞬の判断を誤れば、とんでもないことは言うまでもない。ヴィニュロンとパイロット、相反した職種のように見えて、共通するエスプリがあるのかもしれない。そのパイロット業であるが、空港に戻ると即効でシャトーに車を走らせるのだという。飛行直後に、多大であろうシャトーの経営もこなす能力とパワーにまずは脱帽するが、彼が飛ばなければシャトーへの初期投資は不可能なのだ。今や氏は、ワインが造りたいからこそ飛んでいるのかもしれない。

 

 そこでテイスティングである。

 

テイスティング

今回のテイスティング銘柄は以下。テイスティング順に記載

 

〜バレル(赤の2004年はステンレス)テイスティング〜

 レシャリエ(LEchalier:AOCアンジュ・ブラン) 2004

 フェスティナ・ロント(Festina Lente:AOCアンジュ・ルージュ)2004 区画により収穫日が異なる3つのキュヴェ

 フェスティナ・ロント 2003 区画により異なる3種類のキュヴェ(新樽と1年樽)と、その3種類をアッサンブラージュしたものの、計4種類

 

〜ボトル・テイスティング(昼食時にて。デキャンティングを行ったもの)〜

 レシャリエ 2002

貝柱のグリエ 野菜のラビオリ添えと共に

 フェスティナ・ロント 2002

野ウサギのフォアグラ入りパテ、トランペット茸添えと共に

 エル(L:AOCコトー・デュ・レイヨン・サン・トーバン) 2002

洋なしとマルメロのコンポート 暖かいガレット風と共に

 

(注)上記以外に、2005年よりパシャマナ(Pachamana:AOCアンジュ・ブランがラインナップする。またフェスティナ・ロントにはセカンド・ラインもあり)。

 

 こういうワインを飲むと、アンジュというアペラシオンが軽視されていることを残念に思う。ル・フェルネイのワインを一言で表すと、非常に「緻密」。酸、ミネラル、自然な甘味やアルコール、タンニンといったワインに不可欠な要素がバランス良く溶け込んだ一連のワインには、このアペラシオンにありがちな不快な青みや物足りなさが微塵も無く、ワインとして素直に美味い。

 一つずつのキュヴェのコメントは省略するが、赤は時に一瞬「良質なメドック?」と思わせるような熟したカシスの香りと共に、黒いサクランボやホールの黒コショウ、丁字といったスパイスや、ほのかにスミレ様のフローラルさもあり、なめらかで旨味のあるタンニンにはブドウ自体の質の良さが存分に感じられる。しかし余韻はあくまでもロワールらしい涼しさがあり、単純に力で押してくるワインではない。また白は一般的なアンジュ・ブランのイメージよりも、ぬめるような輝きは、むしろこの地のデザート・ワインを辛口に仕上げたような印象だ。ちなみに「エル」は、ギィ・サヴォアのお気に入りでもある。

 ただし今回のボトル・テイスティングは昼食時に料理と共に行ったので、テイスティングとしては理想的ではないかもしれない。しかし有機素材のみを使ったこのレストランは地元の自然派ワイン生産者にも人気があるとのことで、かつこの日出されたメニューは、シェフがル・フェルネイのワインに合わせて作ったものであった。室温で飲むことで旨味がより引き出された白は、絶妙な火の通し具合の貝柱の甘味をぐっと引き出し、赤も濃厚なパテ、特に野ウサギの鉄っぽい感じやフォアグラのねっとりとした感じに、姿を変えながら調和する。要するに繊細もしくは複雑な料理にワインがかすむことは全く無く、逆にワインだけがテーブルで一人歩きして場を白けさせることも無かったことは書いておきたい。

ワインだけでも楽しめるが、食事とのマリアージュでもその力を発揮する。個人的にこういうワインは好きである。

 

 ところでレストランへは、ボーダン氏の運転する四駆で移動。素晴らしいスピードで運転しつつ(もっとも氏にとっては飛行機に比べれば、かわいいものなのかもしれない)、氏は車窓によぎる畑の状態を説明をする。それは「この畑は除草剤を使っている」「この畑は化学肥料のあげ過ぎ」といったもので、私自身も丁寧に手入れされた土は見た目でなんとなく理解できるが、化学肥料の使用云々などはこの時期らしからぬ葉の色やその付き方(訪問時は11月中旬で、落葉の季節であった)で分かるのだという。氏の動体視力(?)と反射神経の良さは頭の回転の速さをも表しているようで、「天は二物を与えず」という諺は、この人には当てはまらない。だが一方で氏の二物以上を得ようとする情熱は、ワインへの思い入れがかき立てているのであろう。風景一つも見逃さない氏の説明を聞いていると、そう思う。

 まだ無名のシャトー、ル・フェルネイの歴史は始まったばかりである。しかし私にとっては、新しくも嬉しい発見であり、「これから」をまたレポート出来ることを願ってやまない。