Clos Rougeard 〜細心さが、このワインを造っている〜  

Chace 2004.11.18)

 



 

ナディ・フーコー氏。長いコルクは良質なリエージュ産で、通常のボトル原価より高いらしい。

以前知り合いのフレンチのシェフが、こう言った。

「若い頃は一つのお皿に、持てる限りの力を『込める』ことを考えた。それはそれで大変だったけれど、この歳になって、本当に必要なものは残して、微妙な加減で力を『抜く』ことに興味を持った。『抜く』ことは『込める』ことよりも難しい」。

  この言葉は、ワインにも通じると私は思う。力を込めすぎたワインは何処か気負いがあって、飲み手に疲れや飽きを与えることがあり、そうかといって単に力を抜いてしまえば、それは印象の薄いワインになる。飲み手に本当に感動をもたらすのは、完璧さから何かを絶妙に「差し引いた(肩の力を抜いた)」ワインであり、その差し引かれた箇所に、ニュアンスや想像力といった飲み手が「自由に遊べる」余地が粋に残されていると感じるのだ。この点で私が「自由なワイン」と感じるのは、パカレやデュガなど、そして今回の訪問先である「クロ・ルージャール」である。

 クロ・ルージャール。日本では「濃縮感」が賞賛されることが多いが、下手すると「濃い=重い」と解釈される「濃縮」という言葉は、決して全ての生産者が喜んで受けとめるコメントではない。そしてクロ・ルージャールも単に「濃縮感」で語られるワインではなく(その若い頃のねっとりとした甘味も含めてだ)、「精緻」や「緻密」と言うべきで、それは熟成を重ねるうちに丹念な手編みのレース如く、隙が無いようで透けるような、しかし味わい深いピュアさに昇華する。

 前置きが長くなったが、ベタンに「人間的であると同時に、容赦ないまでの正しい判断を自己に課す人」と評される、このワインの生産者・フーコー兄弟。確かに対応してくださったナディ・フーコー氏は、単なる愛想とは一線を画した優しさを見せながらも、何かを表す言葉一つの定義を取っても非常に曖昧さの無い人だった。だからこそ、まずはこの生産者のワインが簡単に「濃縮感」という言葉で表現されることには、何となく抵抗があるのである。
 

カベルネ・フランの奇跡

 ロワールのカーヴに訪れると、洞窟をそのまま利用したような風情に度肝を抜かれることが多いが、ここも然り。黒に近い灰褐色の壁面が冷気と湿気を保つ中、奥へ奥へと進んでいくと、一瞬ナイト・ダイビングをしているような錯覚に襲われる。このカーヴは千年以上の歴史を有するらしく、フーコー家がヴィニュロンとしてこの地に居を構えたのが、1663年。1969年より一家の仕事に参画した現フーコー兄弟、シャルリーとナディは8代目である。ナディ氏はこう語る。

北の地で特に『青っぽい』と言われるカベルネ・フランに、テロワールを伴う本来の味わいを表現してもらうには、まずは低収量。この地での平均収量は60hl/haだが、私たちは35hl/haをフランの基準、すなわち一株につきブドウ房は5−8個とする。しかしこの房数をヴァンダンジュ・ヴェルトによって得ようとするのは愚かだ。この房数は剪定時の芽数で既に決定されるべきで、リスクを考慮して残した房を後で摘んでも、それはブドウの生理に適応していない。まぁ緑の房をバサバサ切り落としている風景は、写真にはなるけれどね。そして最終的にはブドウが完熟していることが重要で、その上で収穫時に再度、ブドウを選ぶことも大切だ。父は私に『自分が食べて不味いと思うブドウは、ワインだって混ぜられたくないものさ』と言ったが、フランは本当に腐敗果の混入へ敏感に反応する」。

 フーコー兄弟はブドウを収穫後まずは除梗するが、除梗後の粒も振動式の選果台でさらに選果するから恐れ入る。そしてボルドー右岸で、真っ先にこのタイプの選果台が普及した一つの理由は、もしかしたらデリケートなカベルネ・フランにとっての必須であったのでは、とすら思ってしまうのだ。また選果後の醸造過程はミレジムによるが、発酵前の低温期を含めて3〜6週間と非常に長く、ここまでの段階では全くSO2は添加されない(自然酵母に発酵を委ねながら、熟したカベルネ・フランの良質な果実味とタンニンをじっくりとワインに移し取るためである)。そして樽熟成期間も24〜30ヶ月と非常に長く(1/3の新樽と、シャトー・マルゴーもしくはシャトー・ラトゥールの1年樽)、2回以下の澱引きを経て瓶詰めされる。結果的にごく僅かのSO2の添加を行うとすれば、それは1回目の澱引き時と瓶詰め時のみで、補糖、そして2003年のような酷暑のミレジムでも補酸も行わない。

 所謂「ボルドー・セパージュ」と言われることもあるカベルネ・フランは、ボルドーではカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローより、時に軽視されがちな感もある。しかしフーコー兄弟がこの地でフランをワインに変える時、それは栽培から瓶詰めに至るまで、フランのデリケートさとその長所、そしてソーミュールという土地を尊敬した上で、必要な丁寧さと時間(自然)に委ねる根気が惜しみなく用いられているのではないだろうか。その結果がソーミュールに根付くカベルネ・フラン由来の奇跡のような緻密さを、ワインにもたらすと思うのだ。

 

テイスティング

 

 今回のテイスティング銘柄は以下(テイスティング順に記載)。

 

〜 バレル・テイスティング 〜

 ソーミュール・シャンピニィ レ・ポアイユー 2004(Les Poyeux。2,7haの区画は南南西向きの斜面中腹で、上部にある森が風からワインを守る。樹齢45年の区画のアッサンブラージュ前)

 ソーミュール・シャンピニィ ルージュ 2003 (4,5haに10以上ある区画のアッサンブラージュで、樹齢は12−80年)

 ソーミュール・シャンピニィ ルージュ 2004 (上記キュヴェのアッサンブラージュ前)

 ソーミュール・シャンピニィ レ・ポアイユー 2003

 ソーミュール・シャンピニィ ブール 2003 (Bourg。1,75haの畑はフーコー家の裏手の平地にあり、樹齢は75年のものも含め平均的に高いが、1991年の霜害で一部は植え替え中。レ・ポアイユーよりやや粘土質が多い)

 

〜 ボトル・テイスティング 〜

 ソーミュール・シャンピニィ レ・ポアイユー 2001

 ソーミュール・シャンピニィ ブール 2001

 ソーミュール・シャンピニィ ブール 2000

 ソーミュール・シャンピニィ ブラン・セック ブルゼ(Brezé) 2001

 

(注) ミレジムによりブランは甘口である「コトー・ド・ソーミュール」が造られることもあるが、今回はテイスティング無し。

 

カーヴ内、テイスティング・コーナーの天井にあるランプ。ブドウの株を使ったもの(なぜか壁面には沢山のコインが貼り付けられているのだが???)

 冒頭にも書いた、若い頃のこのドメーヌのワインによく見られる、「ねっとりとした甘味」。今回最も顕著に顕れていたのが、「レ・ポアイユー 2003」だ。幣HPの「2003年のバレル・テイスティングで、最もポテンシャルを感じたワイン」というレポートの中で、ルーミエのミュジニィと一緒にこのキュヴェを挙げたが、この「ねっとりとした甘味」は、決して「ベッタリ」ではなく、言葉にできない複雑性と官能に満ちている。瓶詰め後の姿、そして熟成した姿を見たいと思うと同時に、「今」を永久に留めてくれないだろうか(絶対無理なことなのだが)、と願うくらいに完成された抗いがたい魅力が既にある。この不思議な魅力は冷涼なイメージのロワールにおいても、時に灼熱の斜面と化すらしいこの「レ・ポアイユー」という区画(詳細は上記)に、「暑い」ミレジムが後押ししたせいもあるだろう。だが多くの生産者が2003年は酷暑ゆえ補酸を余儀なくされた中、元々太陽に恵まれた区画から生まれたこの補酸無しの「自然のバランス感」は、「ミレジムの個性」という画一的な言葉に閉じこめられる類のものではない。そしてナディ氏曰く「2003年は、ヴァン・ド・ギャルド(長期熟成するワイン)だ」。

 また今回のレポートでは全く「白」に言及していないが、試飲した2001年のブルゼは貴腐に近いほどのオイリーなミネラル、旨味と辛み、ピシリとした酸が驚異的に最後まで伸び、やはりブドウの持つ底力のようなものを感じる。そして海を感じるその味に、焼き牡蠣などが食べたくなり仕方がなかった。そう、一連のワインは純粋に食欲をかき立て、緻密さの中にも、二杯目、三杯目に進みたくなる心地よさがあったことも書き加えておきたい。

 

 最後に余談だが、今回のロワール訪問ではフランス人男性に、移動中の運転を依頼した。彼は特にワイン愛好家というわけではなく、単純に知人へのお土産に選びたいワインを探したのだが、最初のバレル・テイスティング時に、一言、こう漏らした。「セ・パ・マール(悪くないね)」。彼を知っている私と同行者は、彼に全く悪気が無いこと、そしてバレルの時点で、既に誰が飲んでもはっきりとした美味しさがワインにあることはむしろ肯定的に聞こえたのであるが(今回試飲したワインは、飲み辛い還元期に入ったキュヴェも偶然に無かった)、彼をプロと思っていたナディ氏はこの言葉を聞き逃さなかった。

「悪くない、というのは『良くない』という言葉と、紙一重だ。『悪くない』と感じた理由は何だろうか?」

 これはナディ氏に対する、私たちの彼の紹介がまずは悪かった。しかし普通なら受け流しそうな一言ですらそれを良しとせず、双方が納得できるまで会話を怠らない。そういった細心さも、このワインを造っているのかもしれず、彼に教えを請いたいという次世代が多いこともまた、納得できるのである。