アルザスからジュラへ
〜 モザイクのような土地と、ビオ 〜

(2008.11.7〜8)



 

 

 最近ジュラのワインを飲む機会が続いた。ジュラと言えばヴァン・ジョーヌやヴァン・ド・パイユといった、ジュラならではの特殊なワインを思いつくが、改めてその実力に驚いたのは、一部の生産者が造るアルボアやコート・デュ・ジュラのシャルドネ。ブルゴーニュのシャルドネ、うかうかしてられませんよ!である。しかもジュラというマイナー感か、価格は抑えられている。そこで今回は、2日間という短期間ながら、アルザス→ジュラへ赴いた。訪問先は故意に選んだわけではないのだが、結果的には全てビオディナミ。写真とともに、簡単に訪問先を紹介したい。

 

ツィント・ウンブレヒト Domaine Zind Humbrecht

 国内外で最高評価を得るこのドメーヌに今さら一般的な説明は必要ないが、ドメーヌの改革が加速したのは、1992年、近代的な醸造所がコルマールの西、テュルクハイムにある単独所有畑ヘレンヴェッグに新築されてからだろう。この新しい醸造所で、重力を利用した醸造が可能になり、清澄作業の廃止や、糖度の高いブドウを時間をかけて熟成・発酵させ、ワインに複雑性を持たせる過程が生まれた。そして醸造・熟成のハードが稼働して5年目の1997年、初めてビオディナミを試験的に採用。40haある所有畑すべてがビオディナミとしてエコセールに認定されたのは2000年のことである。

 現当主オリヴィエ・ウンブレヒト氏は大学で土壌学を専攻し、フランスで初めてマスター・オブ・ワインの称号を得た人でもある。そこでここでの試飲では、土壌とセパージュの組み合わせが、ワインの味わいにどう関連するかという説明が必ず付加される。今回試飲を担当してくださったのは、セラーマスターのオラフ・リヒター氏。畑毎の土壌の違いは以下。

 

       Clos Saint Urbain (Rangen): 火山性堆積岩

       Goldert: 中生代・ジュラ紀の石灰岩

       Clos Haüserer: 粘土石灰岩

       Hengst: 泥灰石灰岩

       Rothenberg: 鉄分を多く含む泥灰石灰岩

       Clos Jebsal: 石膏化した泥灰石灰岩

       Heimbourg: 新生代・第3紀の石灰岩

       Brand: 黒雲母を多く含む花崗岩

       Clos Windsbuhl: 中生代・三畳紀の石灰岩

 

 これらの土壌はアルプス山脈の造山運動期に、ブドウ栽培に関係する表土・真土として現れてきた。そしてウンブレヒトでは「冷たい土壌」「暖かい土壌」という言葉をよく使う。この言葉に関しては、リヒター氏曰く、「リースリングは足(根)を温め、頭(木)を冷やす。ゲヴェルツトラミネールでは足を冷やし、頭を温める」。それは果汁の酸と糖の性質を分析した結果、「花崗岩という暖まりやすい土壌であるブラントにはリースリングが、泥灰・粘土石灰を含み暖まりにくい土壌であるヘングストやゴルデールにはゲヴェルツトラミネールが合う」ということらしい。味わいとして特に顕著に感じられるのは、花崗岩土壌由来のワインにあるオレンジのニュアンス。ふだんワインを楽しむ時には、土壌との関連性までは考えないものだが、生産者がビオを実践する理由の一つは、「土地の個性やポテンシャルをブドウに生かしたい」という気持ちがあるからだ。そしてウンブレヒトのワインにある多様性は、土壌やセパージュの特性を、生産者が解釈し表現した結果でもある。

 

こんもりと色濃い土と雑草が共存した畑。ヘレンヴェッグにて。畑に必要な微量元素のバランス(カリウム、窒素化合物、リン、亜鉛、ホウ素、鉄、マンガン、マグネシウムなど)と、生命相(ミミズなどの地中生物や、てんとう虫などの益虫、土中に生息するバクテリアなどの微生物)を重要視している 発酵中の2008年ワイン。複数種の自然酵母が段階的に活動し、大樽の中では酵母がグルグルと勢いよく舞っている状態。これが自然のバトナージュとなる


 

オラフ・リヒター氏。

 

ジョスメイヤー Josmeyer

   個人的に、ジョスメイヤーのワインが持つ軽やかな洗練が長年大好きである。ドメーヌはコルマールの西、ヴィンツェンハイムに位置し、2001年より27ha全ての畑でビオディナミを実践。現当主ジャン・メイヤー氏の考えを、ワイン造りの実践に生かすのはクリストフ・エラール氏。「パイロットをしていた時期もあったが、今はトラクターのパイロットになってしまった(笑)」と冗談を飛ばす氏は、来日経験も多い親日家でもある。

 氏がビオディナミに踏み切った理由の一つが、ウドンコ病やベト病対策である硫黄を含んだ農薬やボルドー液の使用を抑えたいと考えたこと。「ビオロジーでも使用量は抑えられるが、土壌への残留量を考えると(特に銅)、将来的に残留量の問題が生じないレベルまで落とす必要があると思った。その点、ビオディナミで使うプレパラートやティザンヌ(煎じ薬)は実用的だった」。

 ドメーヌがプレパラート以外に、基本として使うティザンヌは主に3種類。柳、イラクサ、トクサである。これらに含まれる珪素や鉄分は、病害対策や畑の乾燥に対応できるという。

「ブドウ畑の湿度が高くなると病害対策が必要となり、逆に乾燥状態になるとブドウ樹は樹液の循環が悪くなる。畑の状態を見ながら、ブドウ樹をディナミゼ(活力を与える)できるティザンヌを、オメオパティの原理で少量散布する。また月の運行は、新月から満月という移行以外に、月の軌道は楕円形なので地球との距離も変化し、潮汐に深く関わっている。月の運行が畑に与える影響も観察しながら、ティザンヌを応用している」。

 栽培でのビオディナミの哲学は、醸造・熟成にも引き継がれる。異なる区画から生まれるブドウの違いを尊重した区画毎の醸造、瓶詰めまでSO2の添加を極力控え、またワインのストックに使う木製のパレットといった細部もビオ素材である(これは木の消毒などに使う化学薬品が大気中に拡散し、ワインにブショネ様の不快臭が付くことを避けるため)。規模としては比較的に大きいドメーヌで、ビオディナミの理論が非常に理路整然と実践されている印象を受ける。

 ところでジョスメイヤーにある、あの軽やかさはどこから来るのだろう。エラール氏いわく、それは収量も関係しているという。「ジョスメイヤーの収量はアルザスの規定収量よりは遙かに低いが、ツィント・ウンブレヒトほどの低さではない。オリヴィエ・ウンブレヒトは友人でよく一緒に話し合う仲であるし、ウンブレヒトのワインにある凝縮した複雑性は素晴らしいと思う。しかしジョスメイヤーが目指すスタイルは、食事と一緒に毎日飲みたいと思えるワイン。収量の低さから生まれる凝縮感よりも、飲み疲れない爽やかさをワインに残したい」。収量とは産地やセパージュによって適した加減があるが、ドメーヌの距離は数キロしか離れていないウンブレヒトとジョスメイヤーで解釈が異なり、それが全く違うワインとなるから面白い。

 話は変わり、ドメーヌで試飲に使うワインはバキュバンを使わない。「バキュバンは嫌気状態になるという意味では保存に適しているけれど、ワインを酸化から守る炭酸ガスまで抜いてしまう」。その感覚は私もバキュバンを使っていて感じたことがあり、妙に納得してしまった。

 

クリストフ・エラール氏。手元には3種のティザンヌが

伝統的なアルザスのフードル(大樽)と、近代的なステンレス・タンクが並ぶ醸造所。樽とタンクの使い分けは、ワインの特性に応じて行う

 

ステファン・ティソ Stephane Tissot

 ジュラを代表する生産者の一人、ステファン・ティソ。ジュラの伝統的なヴァン・ジョーヌやヴァン・ド・パイユだけでなく、そのシャルドネはミシェル・ベタン氏などから「ブルゴーニュのグラン・クリュに比肩する」と絶賛されている。

 ジュラ山脈も地殻変動の結果、モザイク状に多様な表土と真土が入り組む土壌であり、ジュラ紀のアンモナイトの泥灰土や黄土質、粘土、地質年代の異なる石灰などで構成される畑が、高度200〜400メートルの位置に、刻々と斜面の角度を変えながら連なっている。そしてビオディナミを実践して10年目のステファン・ティソ氏が表現したいのは、畑の個性に他ならず、土壌に合ったセパージュとの組み合わせから生まれる銘柄は、30種類を超える(畑面積は約38ha)。これだけの銘柄を管理するのは大変だと思うのだが、本人は「畑によって違うワインが生まれるなら、それは個々に表現したいから。パッションさ」と、サラリ。今は「アルボア・ヴァン・ジョーヌ」として単一銘柄で出しているワインも、「試飲では、畑によって3種類の違う個性を見出している。将来的には区画名を付けたヴァン・ジョーヌを造り出したく、区画名付きヴァン・ジョーヌはジュラでも珍しい試みになるはず」と更なる意欲を見せる。ところでヴァン・ジョーヌをおさらいすると、樽での6年間の熟成が必要で、この間目減りしたワインを補充せず、澱引きも行わない。するとフロールという産膜酵母がワインの表面に発生し、ワインに特有の風味を与える。そしてティソ氏によると、このフロールの厚さも、ワインの味わいを左右するという。繊細なフロール香を好むティソ氏は、ヴァン・ジョーヌの樽熟成庫の湿度は低めに保ち、フロールが厚くなりすぎないように工夫しているという。

 特殊なワインと言えば、ヴァン・ド・パイユも忘れてはいけない。藁ワインと訳され、最低2ヶ月間、藁の上で収穫されたブドウを干しぶどう状になるまで乾燥させ、糖分を濃縮させてから醸造する、、、と言葉で書けば簡単だが、実際に現場を見ると恐ろしい手間である。

 

乾燥中のプールサールを手にするステファン・ティソ氏 プールサール。このまま来春の3月まで乾燥させる


 

強力な扇風機が設置された乾燥庫。一つずつ藁を敷いたケースが風通しよく積まれる

 

 さて最後に試飲。もっとも楽しみにしていたシャルドネの試飲では、土壌の異なる区画や、そのアッサンブラージュで、ミネラル感や質感がくっきりと変わるのが面白く、そしてワインとしての完成度がすべて高い。ジュラの個性とポテンシャルの高さは、もっと注目されるべきである。

 

ほんの数十メートルしか離れていない区画の粘土質でも、土壌は泥灰土の割合が違い、それは視覚的にもはっきりと理解できる

とことん耕された畑

 

 ところでステファン・ティソの後は、ドメーヌ・ド・ラ・トゥルネル(Domaine de la Tounelle)にも訪問したのだが、余り時間が無く、駆け足の試飲だけ行った。以前はINAOの調査員として勤めたパスカル・クレレ氏が、このドメーヌを興して11年目。ビオディナミを実践し、SO2を可能な限り抑えたワインの味わいは、全体的に加減の良い優しさとピュアさがあり、地元のレストランでも人気を博している。

 畑やカーヴを訪れてみたいジュラの生産者は、まだまだいる。今回はあくまでも入り口に立てたというところで、、、。