ordeaux Primeurs 2008

〜 ボルドー・プリムール 2008 レポート 〜

(Bordeaux 滞在期間2009.3.30〜4.2)

 

 

 

 去る3月30日(月)〜4/3(金)、ボルドーで恒例のプリムールの試飲会が、各組織やシャトー毎に開催された。プリムール開催前は世界的不況により、さまざまな立場からプリムールの縮小論や中止論も出たが、少なくとも試飲会に関しては、昨年とほぼ同じ規模で行われたようだ。

しかしその後の価格発表は例年と異なった動きを見せた。トップシャトーは足並みを揃えて、例年より2ヶ月近く早い4月末に蔵出し価格を提示し、その価格は大幅な値下げ傾向(1級シャトーで100〜125ユーロ)、かつ初回の販売量は通常より限られている。1級シャトーとしては、07年ミレジムの販売不振に悩むネゴシアンや各国のバイヤーに余地を残すとともに、買い手の限られた予算の中で確実に自社のワインを売り込む戦略でもあり、今後の蔵出し価格は市場の景気動向と合わせて上げていく可能性を確保した。経営的にはとてもしたたかな方向だ。

一方、トップシャトーのこれらの動向により、後続で価格発表するシャトーは価格を下げざるを得ない状況となった。また一般的には「07年よりも品質が良い」と評価された08年の価格が下がったことで、在庫を抱えたネゴシアンなどは07年を販売し辛いことは必至。06〜08年ミレジムの市場価格がどのように動いていくかは、まだ先が見えない。

ところで「07年よりも品質が良い」という2008年。この印象を決定づけたのはパーカーのボルドー08年に対する大盤振る舞いなスコアだろう。パーカー・ポイントはかなり良い。いや、びっくりするくらいに良い。パーカー・ポイントだけ見ていると、「2005年に次ぐミレジム」という印象である。だが試飲を通して感じたことは、単純に「難しいミレジムだった」ということ。このHPやワイン誌「リアルワインガイド」でも、さんざん「難しいミレジムでも、優れた生産者は素晴らしいレベルまでに仕上げてくる」とは書いているものの、天候はやはり抗えない要素であることには変わらない。「予想よりも良かった」とは言えても、全般的にはけっして「2007年よりも良い」と言えるレベルではない。

 今回のプリムール・レポートは、08年の天候推移と、味わいの特徴を述べていきたい。

 

盛況を見せていた試飲会場(ユニオン・デ・グラン・クリュ主催)

 

2008年の、収穫までの天候推移

2008年の天候推移は2007年と同様にとても難しいもので、収穫前の9月には早くも「絶望的なミレジム」と報じるメディアが現れた。

穏やかな冬の後は、霜害の春、開花時には雨、局所的な雹害もあった。6月後半から8月上旬の天候は比較的に順調だったものの、肝心の夏は9月13日まで冷涼で多雨に終わり、ベト病やウドンコ病の対策にも迫られた。霜害・雹害・病害は、収穫量を落としただけではなく、ブドウ樹へストレスも与えただろう。9月14日以降〜10月の上旬、ブドウの最終の出来を左右する時期に理想的な天候に恵まれたとはいえ、この好天もそれまでの不順な天候を完璧に覆せる力を持っていたとは言い難い。ボルドーワイン委員会から、天候推移を以下に抜粋。

 

2008年のぶどう樹の植物的な生長サイクルと果実の成熟の進み具合は、強い雨と太陽、寒さと暑さが突然に交互に現れる気まぐれな天候に甘んじなければならなかった。

活動前の3月

天候: 雨と春先特有のにわか雨が多かった。平均気温は例年並で、日照時間は例年より少なかった。

ブドウ: 3月末に発芽。
 

ほぼ例年並の4月

天候: 降雨量と日照時間は例年に近く、気温はやや例年より高かった。

ブドウ: 46日と7日に霜が降り、白を中心に発芽していた芽が被害を受けた。
 

気まぐれな5月

天候: 雨が多く、強い雷雨もあり、日照時間は少なく、気温は暖かであった。

ブドウ: ベト病が発生し、適切な農薬散布をしなければならなかった。
 

あいまいな6月

天候: 上旬は涼しく、雷雨や雨が降った。中旬から暑くなり日照にも恵まれた。

ブドウ :6月上旬に開花。1015日間続いた。
 

好天に恵まれた7月

天候: 例年より雨が少なく、特に乾燥していた。気温は夏らしく、日照時間はやや多かった。

ブドウ: 摘房の実施。何回か雹に見舞われた。
 

うっとうしい8月

天候: 気温は例年並だが、日照時間がやや少なく、降雨量は過去30年間の平均を上回った。

ブドウ: 品種やテロワールによるが、815日頃が色づきの中間期となった。ぶどうの成熟の進み具合はゆっくりで、ばらつきがある。

 

 降雨量に関しては、ブドウ樹の生育期である4〜9月は、過去30年の平均(379mm)を上回る409mmで、乾燥傾向であった偉大なミレジム05年の193mmと比較すると倍以上である。多雨なミレジムだったと言えるだろう。そして08年は、ボルドーだけではなく、フランスの多くのワイン産地で病害対策が課題となった。湿度の高さはベト病などが蔓延しやすい環境を生んだからだ。また春の霜害や開花時の不安定な天候が植生サイクルを遅らせたことや、9月中旬以降の好天を生かしてブドウのベストな成熟を待った結果、ボルドーの収穫時期は例年より遅かった。

 以上から、08年は継続的に病害対策を行う必要があり、除葉や摘果などにより風通しの良さを確保しながら、畑の衛生状態を維持しなければならなかった。非常に苦労を強いられたミレジムで、栽培の段階から、2006年より3年連続で「生産者の力量が問われたミレジム」となった。収穫前の好天という幸運や、栽培〜醸造の過程で、人智や経験、現代の技術を生かすことによってようやく成立したミレジムである。

 

味わいの傾向

 2007年と同様に、収穫前の天候推移などから想像するよりは、「2008年の出来は良かった」と言えるだろう。ただし「生産者の力量が問われたミレジム」とは、言い換えれば「生産者により、同じアペラシオンでも、出来・不出来にはかなりの隔たりがある」ということ。格付けシャトーの多くや、特にトップシャトーが、この条件下においてある程度のレベルまでに仕上げてきたことには脱帽するが、右岸、特にポムロールのプチ・シャトーなどはかなり苦戦を強いられている。また成功を収めたシャトーも、良作年のワインが持つ圧倒的な力は無い。

 2008年と味わいが似たミレジムを、近年のミレジムから探すのは難しい。2007年との比較で言えば、収穫前の好天がより長かったせいか、2007年に頻繁に見られたような「植物的で青っぽいタンニン」「全体的な水っぽさ」はなく、成功したシャトーはタンニンの抽出も綺麗でなめらかさもある。ただしそれでもワインのスケール感は中庸で、こじんまりとしており、果実味の密度や力強さは無いゆえ、味わいの真ん中の膨らみ、集中力、深さや後半の伸びやかさに乏しい。また私がワインに点数を付けるならば(点数を付けることには様々な疑問を感じるので滅多に行わない作業だが)、100点中95点を超えるワインというのは、熟成におけるポテンシャルを持つべきだと思う。果実味のダイナミックで長期的な変化を望めるミレジムではなく、熟成能力を考慮すると私が試飲した限り(約250種)、95点を超えるワインというのは殆ど無い。

 どのアペラシオンが平均的にもっとも成功を収めたか?となると、全体的なバランスという点で、左岸のポイヤック、サンジュリアン、マルゴーではないかと感じている。

 

ソーテルヌとバルザック

 素晴らしい出来となった昨年と比べると、ソーテルヌとバルザックの08年は「比較的に良いミレジム」。糖度・酸のバランスは良いものの、このアペラシオン特有の貴腐香や粘性は昨年より乏しく、よく言えば軽やかなのだが、重厚なニュアンスは少ない。熟成の早い段階から楽しめるのではないだろうか?

 

価格

 価格は冒頭でも少し述べたが、このレポートを書いているのはパーカーが08年に高得点を与えた後。初回の価格発表は抑えられたものだったが、2回目以降の価格発表は引き上げられる可能性は高いと思う。ともあれ価格が世界の景気に連動する以上、08年やバックビンテージがどのように動いていくかは予想し辛い。

 ただし個人的には心から感動することが余りなかったこのミレジム、1級シャトーのプリムール購入価格が2万円台であっても、現時点では優先的に買おうとは今ひとつ思えない。だがボルドーと我が家のセラーの距離感を見直すためにも、今後の価格動向を注意深く観察していきたいと思う。

 

パーカーが大絶賛したシャトーの一つ、ラフィットにて(PP98−100)

 

著名シャトーのテイスティング・コメントなどは、6/15発売の「リアルワインガイド」にて、レポートの予定です。