Catherine & Dominique DERAIN 

〜Mur Mur(ミュール・ミュール)、、、じゅくじゅくワイン?〜

(Saint−Aubin 2002.6.27)


 「ミュール、ミュールって知ってます?表ラベルにはそれしか書いていないんです。裏を見ると単なるACブルゴーニュ・ブラン。で、むちゃ、美味い。でもドメーヌの名前が思い出せなくて」

 今回の訪問時にTGVの中で同行者と交わした会話だった。そして現地到着後、現地の知人の紹介で取れたアポイント先を先述の彼に伝えると、「それかもしれない」。

 そのアポイント先とは、「カトリーヌ&ドミニク・ドラン」。果たして彼らこそが幻の「ミュール・ミュール」を造っている生産者なのか?

 

  

テイスティング 2000&2001

サントーバンの村の、急な坂道の中腹にカトリーヌ&ドミニク・ドランはあった。定刻通りに私達を迎えてくれたドミニク・ローラン氏は、やんちゃな目の表情と金のピアスが印象的だ。さっそく通されたセラーには、ロワールのピエール・ブルトンが描いたポスターが飾ってあり(ピエール・ブルトンは、プロはだしのセンスの良い絵を描く)、机の上には乱雑に積まれたビオ関係の書物。どういう方向に進んでいるのかが、少し想像がつくというものだ。 

彼は現在10のアペラシオンを生産している(ブルゴーニュ・アリゴテ、ブルゴーニュ・ブラン&ルージュ、サントーバン・ブラン&ルージュ、サントーバン・プルミエ・クリュ ブラン&ルージュ、メルキュレ、ポマール、ジュヴレイ・シャンベルタン)。今回は2001年のキュヴェをバレル・テイスティング、2000年のものをボトル・テイスティングした。テイスティング銘柄は以下。

 

2001年 バレル・テイスティング

白はアルコール発酵が終わったところ、赤は二時発酵も全て終了している。

Blanc

*ブルゴーニュ・ブラン(ピュリニィ・モンラッシェの区画より)

*サントーバン(白ワインに非常に適していると言われる、白色泥灰岩。完璧な南向きの斜面でもある)

*サントーバン プルミエ・クリュ(ピュリニィに隣接した南向きの区画。石灰と小石が多い)

Rouge

*メルキュレー(祖父が植えた樹齢70年の畑。この区画にはPinot Beurot:ピノ・ブーロという品種もある。これは薄いショコラ色の皮を持つ、ピノ・ノワールの自然変化による亜種らしい。彼らはこの品種を「白ブドウ」と呼ぶくらい、ワインにフルーティな風味を与える)

     ポマール(樹齢25年)

      

2000年 ボトル・テイスティング

Blanc

*ブルゴーニュ・ブラン

*サントーバン

*サントーバン プルミエ・クリュ

Rouge

*サントーバン

*メルキュレ

*ポマール

 

 まずは、2001年のキュヴェをバレル・テイスティング。

甘・酸が見事に凝縮したブルゴーニュ・ブランに始まり、サントーバンになると美しいミネラルと厚みがはっきりと増す。樹齢の古いメルキュレからはメルキュレ=軽いというイメージを覆す、むれたカシスのような濃厚さがあり、ポマールになると前者とは全く違う赤い生肉のニュアンスが出てくる。

 

次に2000年をボトル・テイスティング。

ヴィンテージの差や二次発酵が終わっている為、白に関しては香りよりも味わいにヴォリュームがシフトした印象がある。また、2001年のサントーバンに感じたミネラルは海を連想させる複雑な味わいに、厚みはアーモンドが顕著な、ナッツ系の香りに進化している。

赤になると、サントーバンには紫蘇のチャーミングな酸味とサントーバンらしからぬしっかりとしたタンニン、メルキュレには黒いベリーと土の柔らかさ、ポマールにはやはり生の赤肉と甘みのあるスパイスの香りが顕著に感じられた。

 

樽から、瓶から、どちらにしろその味わいはこちらが捉えているアペラシオンの特徴を、より力強く発展させたスタイルとでも言おうか。スケールの大きい素直さ。そして深く旨い。そのことを彼に伝えると、

ビオディナミを実践する上で私が最も大切にしていることは、土の違いを表現すること。そしてその土に合うセパージュを尊敬する。それは、生命の日常を理解することなんだ」

 そこで、もし他の地で土の違いを表現するのなら、彼はどの地を選ぶのか聞いてみた。すると、ピュリニィ・モンラッシェ、シャサーニュ・モンラッシェ、モンラッシェ、コルトン・シャルルマーニュ、という剛速球な返事が。「赤はシャロネーズにメルキュレイ、ボーヌにポマール、ニュイにジュヴレイ、良いところを持っている。でも今言った白は名前だけで(誰が造るかによって)ピンキリだろ。だから自分で造ってみたいんだ」

 自信に裏付けされた、もっともな理由。彼の手によるモンラッシェ。想像の時点で、私の中のモンラッシェ像を軽く塗り替えた。

 

醸造のこだわり

彼がビオディナミを始めたのは、14年前。そして瓶詰め時にごくごく微量(2−20mg/l)のSO2しか使わないスタイルに変わったのは、7年前。彼自身が体質的にSO2が苦手なのだ。

そして彼曰く、醸造でSO2を使う必要は全く無いそうだ。なぜならまず、発酵過程で発生した炭酸ガス自体が、ワインを守っているということ。そして樽の中のワインにはフロール(産膜酵母)が発生しているので、これもワインの酸化防止に一役買っている(樽を覗くと白くてきらきらしたフロールが浮いていた)。また彼は果実味を残すために新樽は全てのワインに対して使用しないが、これは酸化防止にも関係がある。若い樽は「よく息をする」のでSO2が必要となるが、何年か使用した樽は落ち着いているので、やはりSO2の使用が不必要となるらしい。

また、白ワインの発酵期間の長さは驚異的だ。私達が行った6月下旬時点で昨年のキュヴェのアルコール発酵が終わったばかり。二次発酵を終えるまでには約13ヶ月。「次の収穫の時にまだ終わっていないんだよ」。これは最初の発酵温度が低く、また、彼のブドウやセラーに由来する自然酵母に任せている結果だ。そしてじっくりと風味を引き出せる。

一方赤は、収穫後炭酸ガスを充填したタンクに房を丸ごと入れて、ブドウの細胞内での還元的発酵を行うことと、その後の発酵温度も高めなので、既に二次発酵は終了している。そして赤白どちらに関しても瓶詰め時まで澱引きは行わない。

澱引きを行わないことに関しては、やはりそこに理由がある。勿論旨みを最大限に引き出すことが目的だが、そのリスクはブルゴーニュのピエス(228L)が助けてくれるらしい。つまりピエスの形は澱が底に安定した状態で保てつことが出来、かつ樽の中でワインが8の字で循環する現象が起きやすいので、澱の旨みを吸収しつつ、同時に活性化も行われるらしい。

それらの説明の科学的な根拠は分からない。しかし、経験則というのは時に科学を上回る。彼の「人は畑とブドウのアシスタント」という言葉が表現されたワインの風味が、彼の正しさを証明している。

 

 

Mur Mur(ミュール・ミュール)

テイスティングが終了した時点で、ミュール・ミュールは彼の手によるものに違いない、と確信した私達は、ブルゴーニュ・ブランに別のセレクションが無いか尋ねてみた。一種類だけだよ、と言う彼に実はミュール・ミュールを飲んだのだ、あれはあなたのワインではないのか、と食い下がると彼は面白そうに笑い出した。え、あれ飲んだんだ!どこで?どうだった?

 そして彼は2000年のミュール・ミュールを1本持ってきてくれた。「これだろ?」

 このワインは、一般にはごくごく一部しか売られていない。つまり彼の実験的な遊び心で造られているワインだった。まずカジェットと呼ばれる収穫時に使われる小さなカゴに、収穫したブドウを風通しの良いところに約2ヶ月放置する。こうすることによって、パスリヤージュのような効果が生まれる。醸造の全行程で一切SO2を使用しない。清澄もせず、フィルターもかけない。瓶には澱が少し入っている。

 このワインを造り始めたきっかけは、92年に遅積みでブルゴーニュ・ブランを作ったら、アルコール度数が上がりすぎてINAOから注意を受けたことに発するらしい。

 味わいで最も驚くことは、恐ろしいほどのスピードで味が変化していくことだ。しかも上昇。こんなスピードで上昇して一体どこに行こうというのか?実際サンプルで頂いたミュール・ミュールをパリで再度試飲した時には3時間前抜栓、移動、移動先でデキャンティング。その時のブラインド・テイスティングでは全員がシュナン・ブランと回答。冷やして良し、常温も良し。翌日も良し。

 セラーで試飲した時にはめまぐるしく現れるワインの各熟成過程の香り、つまり蜂蜜の甘さは常に根底にあるのだが、青リンゴ、ノワゼット、白トリフといった、1本のワインで同時に現れることは稀な香りに何度も唸らされる。そして口の中での嫌味でない圧倒的なヴォリューム。

 ミュール・ミュール。日本語に訳せば「熟熟」。一体、どれだけの顔を持つというのか?恐るべし1本である。

 

ドラン氏の魅力

こちらの拙い語学力を時折気遣いながらも、「とにかくここまで来たのなら、自分の五感で納得して帰ってくれ」と言わんばかりに、試飲は勿論、目で見せ、音で聞き、手で触れる。前日の電話で成立したアポイントは、結局2時間半以上に及んだ。

最後は少し赤ら顔(?)になっていたドラン氏は、目の前にいる人が優先とばかりに、殆どの電話を断り、来客を後回しにする。申し訳ない。でもこんなドラン氏だからこそ、土やブドウや向かい合った時に根気よく、ある時はのりにのってその声を聞くことが出来るに違いない。そしてそれは造った人が見たくなるような、人の記憶に残るワインの風味に完璧に反映されていた。

 

*添付写真の説明

@セラーにて
AMur Mur