Rene MURE
〜クロ・サン・ランドランの幸運〜

(2002.6.11)


 

 初めてルネ・ミュレのピノ・ノワール クロ・サン・ランドランを飲んだ時の衝撃は忘れられない。その驚きは「アルザスのピノ・ノワールがここまでやる?」。色合い、果実味の濃さ、旨みのあるタンニン。パリや、フランス領の中華料理店のワインリストで、アルザスのピノ・ノワールがよくロゼ・ワインのカテゴリーに入っているのを見かけるが、このワインをロゼと間違える人は決していないだろう。

 そして濃いから凄いというのではなく、飲み進んでいくとやはりどこか北の涼しさがあるのが好ましい。

 

ルーファッフ(Rouffach)とクロ・サン・ランドラン(Le Clos Saint Landelin)とは?

 

 ドメーヌのテイスティングルームからも見える、クロ・サン・ランドランの畑。

ルネ・ミュレはコルマールから南に17km下ったルーファッフ(Rouffach)にあるが、ルーファッフとは、またルネ・ミュレの看板であるクロ・サン・ランドラン(Le Clos Saint Landelin)とはどのようなところなのか?

まずルーファッフはアルザスの中でも大変降水量が少ない。年間平均降雨量は585mm。これは雨をもたらす雲を伴った西風が、「グラン・バロン」と「プティ・バロン」と呼ばれるヴォージュ山脈の頂によって妨げられているからだ。またこの状態はフェーン現象を引き起こし、結果として熱風が丘陵に吹き込むこととなる。そして日照量の多さと少ない降水量は、凝縮と低い収量に結びつく。土壌は粘土石灰と、下層には石灰砂岩・礫岩からなる。

このルーファッフと西にあるヴェスタールテン(Westhalten)が有するグラン・クリュがフォールブール(Vorbourg)であり、フォールブールの最南に位置する区画がクロ・サン・ランドランだ。そしてクロ・サン・ランドランは幾つかの理由によってアルザスの中で「唯一無二」の存在となっている。まず完璧な南向きの、しかも急斜面である。段々畑は太陽によって熱せられた石によって支えられており、地形的に谷向きなので風向きが良い。特にヴァンダンジュ・タルディヴやセレクシオン・ド・グラン・ノーブルを生産するには、クロ・サン・ランドランの環境は好都合らしい。

この恵まれた15haのクロ・サン・ランドランのうち、14haを所有するのがルネ・ミュレだ。

 
 

栽培と醸造について

 
 ルネ・ミュレーは1999年よりビオロジー
を認定されている。ビオに変更してからの変化を尋ねると、「特に無いです」と答えた。というのもかなり以前から少しずつビオを実践していたので、急に感じられる変化は無いらしい。ビオディナミについては現在研究中だとか。

 収穫は全て手作業で、収穫されたブドウはカジェットと呼ばれる小さなカゴで傷付けないように迅速に運ばれる。空気圧の破砕機でブドウを丸ごと破砕後、温度調節の出来るタンクで一次発酵、8度で澱と長期間接触させた後、フードル、またはバリックで1年以上の熟成を減る。バトナージュを行うことによって清澄し、フィルターはかけないか、またはごく軽くかけるのみである。

 

テイスティング

 今回説明していただいたのは、アンヌ・シャルルさん。ミュレ氏は日本で行われているVINEXPOに出展後営業されていたようで、お会いすることは出来なかった。

 テイスティング銘柄は以下。

 ピノ・ノワール コート・ド・ルーファッフ 2000

 ピノ・ノワール クロ・サン・ランドラン 2000(高台の区画。新樽100%)

 リースリング コート・ド・ルーファッフ 2000

 リースリング クロ・サン・ランドラン 2000(丘の下部と真ん中の区画)

 トカイ・ピノ・グリ クロ・サン・ランドラン 1999(南西の区画)

 ミュスカ クロ・サン・ランドラン 1999(真ん中の区画)

 ゲヴュルツトラミナー クロ・サン・ランドラン ヴァンダンジュ・タルディヴ 1999(真ん中の区画)

 

 ピノ・ノワール クロ・サン・ランドラン 2000年。アルザスにして新樽100%。驚きのピノ・ノワールだ。しかし果実の風味にブラック・ベリーや黒コショウがしっかりとあるので、新樽にも負けておらず焦がしたスフレのような印象が残ることが印象的だ。ブラインド・テイスティングをすればコート・ド・ボーヌのプルミエ・クリュに持っていきそうだ。

 リースリング クロ・サン・ランドラン 2000年には、少しフリンティな石様のミネラルを感じる。リースリング コート・ド・ルーファッフもそうだったが、土壌のせいかルネ・ミュレのリースリングには石油を感じない。現れるのは前述のミネラルや白いフルーツや、若く黄色いフルーツ(黄リンゴやパイナップル等)の新鮮で凝縮された酸味である。

 トカイ・ピノ・グリ クロ・サン・ランドラン 1999年は、まるでヴァンダンジュ・タルディヴだ。1999年という天候に恵まれたヴィンテージのせいもあるだろうが、現れる香りはアプリコットのジャム、焼きバナナ、その後シャンピニオンや白カビチーズの皮の苦味。ミネラルや奥に酸味もあるのだが、糖度の高さにまず圧倒される。

 ミュスカ クロ・サン・ランドラン 1999。ミュスカ特有の苦味を伴った甘い香りの後に出てくるのは、白コショウやオレンジの皮、そして銀杏の実。今回試飲したクロ・サン・ランドランのセパージュ・ノーブルの中で、このキュヴェが最もオリエンタルな印象が強かった。

ピノ・ノワール クロ・サン・ランドランが仕込まれている新樽。カーヴには赤ワインの香りが。アルザスとは思えない風景。

 そしてゲヴュルツトラミナー クロ・サン・ランドラン ヴァンダンジュ・タルディヴ 1999年。シロップに漬けたライチの後に、白コショウ、とろりとした樹液や乾いた藁、熟成したミモレットのようなほんの少しの動物性の香り。ミネラルには艶があり、今回試飲した中では最も複雑性がある。チョコレートに合わせてみたい味だ。

 

 アンヌさんが言うにはリースリングとゲヴュルツトラミナーが最もクロ・サン・ランドランというテロワールを表現できるらしい。しかし全体的にクロ・サン・ランドランから造られたどのキュヴェにも、アルザスの太陽を一身に浴びたような「熱」や「力」がある。そしてその最たるものはやはりピノ・ノワールだろう。しかしクロ・サン・ランドランに関しては今飲むよりも(今飲むのも楽しいのだが)、個人的にはこの「熱」や「力」が少し冷めて、ひんやりとしたアルザスらしさが顔を出し始めた時に飲みたいと思う。

 

クロ・サン・ランドランの幸運

 
 やはり
ルネ・ミュレのワインとの最初の出会い、ピノ・ノワールは強烈だった。クロ・サン・ランドランが恵まれた土地であることは理解できても、それだけではどうも納得が出来ない。そこでピノ・ノワールが植えられている区画の土壌を尋ねると「クロ・サン・ランドランは殆どが粘土石灰です」。どの区画にどのセパージュを植えるかは、基本的に土地の高度で決めているようだ。樹齢も特に古いわけではない。収量は35hl/haとかなり低いが、同じ地域で他より飛び抜けた凝縮感を持つワインと出会った時、それらはもっと極端に収量が低いか、或いは醸造で手を加えている場合が殆どだ。

 つまり、「クロ・サン・ランドランである」という以外、何も答えが無いのである。

 歴史を遡ればクロ・サン・ランドランという土地は、6世紀にはストラスブールの修道院が所有していたらしい。8世紀になると時のストラスブールの司教が「アルザスで最も素晴らしい畑」と賞賛している。

 時と共に所有者も代わり、しかし浪費されず大事に受け継がれてきたクロ・サン・ランドラン。このクロ・サン・ランドランを所有するルネ・ミュレは、幸運でもあり、責任重大でもある。そして一ワイン・ファンとしては、ルネ・ミュレによってクロ・サン・ランドランから新しい驚きを与えられることを、楽しみにしている。