M.CHAPOUTIER 〜前進するビオディナミ〜
(Tain l
’Hermitage 2003.7.16)

 

 

 「常に理論的なビオディナミへのアプローチを実践」「世界的に有名」「ローヌ」。これらの言葉から真っ先に思い出されるのは、ミシェル・シャプティエ氏であろう。

 氏が重要な人物として参加するビオディヴァン(BIODYVIN:)のメンバーである、ジュヴレイ・シャンベルタンのジャン・ルイ・トラペ氏はBIODYVINについて「私達の活動はビオディナミの哲学を語るというよりは、自分達の畑の中で『いかに応用するか』という実践のための動き」と語ったが、それでは実際シャプティエではどのように実践されているのだろうか?

 それが今回の訪問目的である。質問に答えて頂いたのは、技術責任者であるアルベリック・マゾワイエール氏だ。

 

(注)

BIODYVINはじめ、今回のレポートにはビオディナミで用いられる調合物名が出てきますが、これらはブルゴーニュおける、ビオの動きとは?を参照してください。

 

 

ビオディナミ実践における、他の農業との基本的な相違

 

 「土中にいる多大な微生物、鉱物の違いによる複数のミネラル、そこに生えている雑草、気象条件、地理条件、月の動き。これらはそれぞれに固有の特質、すなわち『情報』を持っている。ならばこの『情報』を整理し、ブドウ栽培に適した『伝達経路』を導かなければいけない。そこで『伝達経路』とは何か?それは『土壌の生態系を育てること』に他ならない。これは対処療法的であるビオロジーと最も違うところである」。

 マゾワイエール氏の言葉はこのように始まった。これは具体的な例としては、ミネラルをブドウ根が吸収できる形に変換されるには土中の微生物の働きが不可欠であることや、また病害が発生すればなぜその病害が発生する環境が生じたのかを考察し、病害そのものに対処するのではなく、病害が発生しにくい環境を導く手段を見つけること等が挙げられる。

 では考察の結果、具体的に用いられている手段とは一体何であるのだろう?氏が基本として挙げたのは以下の3点だ。

@     土壌に適した質の良い肥料。ブドウそのものに肥料を与えようとすればそれは有機肥料であれ、化学肥料であれ基本的に成分は同じである。ここで言う肥料とは、「土中に自然にあるものに働きかけ」「その潜在的な効力を引き上げる」ものを指す。

A     月カレンダーの応用。月がペリジー(地球の近地点)に在るときと、逆にアポジー(遠地点)に在るときとでは同じ影響が地球にもたらされているわけではない。土壌に影響を与えるのは月の満ち欠けではなく、軌道上のこの上下の動きである。12月から6月にかけて、太陽はより天空の高いところに向かって軌道を描く。逆に6月から12月にかけて、太陽の位置はだんだん下がっていく。月の場合はこの変化が一月周期で起こり、これを利用する。

B     病害に対して用いる調合物。これらは主に煎じて用いるが、シャプティエで特に用いるのは以下。

     Prêle(トクサ)

     Ortie(イラ草)

     Osier(柳)

     Achilée Millefeuille(ノコギリソウの葉)

     Consoude(ヒレハリ草)

一例を挙げるとPrêle(トクサ)は珪素に富んでおり光吸収効果がある。湿度が高い時などはこの光吸収効果を利用してカビ類の繁殖を防ぐ。シャプティエでは昨年は8月末に特にこのPrêleを用いたが、乾燥している今年は今のところ必要ないと思われる。このようにこれらは季節や畑の状態を常に観察しながら用いられるものである。

 

また氏によると雑草とブドウを共生させるのも、それぞれの雑草が持つ情報を知った上で、「植物相に多様性」を与える為のものであり、「多様性」という意味でシャプティエでは新しいブドウ樹を増やす際にも「セレクシオン・マッサール」を採用している。

そしてこれら@〜Bや「多様性を与える」という考えにはオメオパティ(同種療法)にある、「ある種極限状態において、自然の持つ潜在能力を引き出す」という理念も生かされている。

 

 「勿論これらの実践は、結果が出なければ意味が無い。より良い結果のためにはとにかく観察と実験が必要だ」。

 氏のその言葉通りに、シャプティエの畑では「実験中」のブドウ列を見ることができる。例えば同じ区画で、先述の調合物の組み合わせを変えて育てているブドウ列などが、それである。

テロワールの個性を表現できる偉大なブドウを育てる。土壌の力を引き上げようとする目的はそこにある」。

 多くの「テロワール派」が言う、「ミネラルの違い」。しかしこの「ミネラルの違い」を表現するためにはやはり「土壌が生きている=情報の伝達経路がある」ことが不可欠なのであろう。もし伝達経路が無ければ、優れたテロワールでも単に「日照や排水性等の条件が秀でた土地」に終わってしまう可能性がある。

 

エルミタージュ・レルミットの区画。エルミタージュの丘にあるシャペル(礼拝堂)の下に広がる。

同じくエルミタージュ・レルミットの区画より。花崗岩質が崩れた砂質。干魃のため、土壌もかなり乾燥気味。


 

同じくエルミタージュ・レルミットの区画のシラー。

クローン・マセラシオンの選樹の為に付けられた札。C(Chapelleの下の区画)―11(列)―39(番目)


 

既にかなり熟したレ・グレフューの区画のシラー。

レ・グレフューの区画より。硫黄散布、ボルドー液を全く使用せずに育てられている列。P(Prêle:トクサ)―O(Ortie:イラ草)―O(Osier:柳)と書かれているのは、病害対策に用いられた煎じ薬の種類。


 

 

シャプティエの新しいエルミタージュ

 

 「モノ・セパージュ主義」「セレクション・パーセル」。シャプティエのワインを語る時に、必ず用いられるフレーズである。しかしこれらのフレーズは彼らが「土壌の違いを表現出来る」からこそ似合うものだ。そしてそのシャプティエが新しく「セレクション・パーセル・シリーズ」として2004年よりリリースするのが「エルミタージュ レ・グレフュー(Ermitage Les Greffieux) 2001」(4000本)である。

 リュー・ディ(Lieu−dit:畑)名であるレ・グレフューはエルミタージュの丘西側、ル・メアルの下にあり、土壌は砂や鉄分混じりの石灰と粘土質で構成されている。既に評価の高い他の「セレクション・パーセル・シリーズ」シリーズとは全く土壌の違う区画からのエルミタージュだ。シャプティエではこの区画より樹齢の高い優れたブドウ樹のみをレ・グレフューとして選び、残りは既存の「エルミタージュ ラ・シゼランヌ」にアッサンブラージュする。ちなみに2002年は3500本(予定)である。

 テイスティングした印象としては既存のセレクションの中では最も果実味寄りで、緻密なタンニンと細やかな甘さにオレンジピール様の心地よい苦味が溶け込んでいる様は、力よりもチャーミングとエレガンスが同居したスタイルに感じられた。余韻も美しく長い。たった一つのミレジムを飲んでレ・グレフューの性格を語るのは早いが、セレクション・パーセル・シリーズに新しいキャラクターが加わったことは確かである。

 

 ところでテイスティングをしながら気付いたことが一つ。それはバック・ラベルである。そこには大きく「BIODYVIN」の記載がある。今後出荷されるワインの中でBiodyvinの規定をクリアしているものはバック・ラベルにBiodyvinであることが明記されるらしい。ただし「セレクション・パーセル・シリーズ」などプレステージ性が高いワインに関してはボトルの持つ威厳を尊重し、表ラベルの右隅に小さくテントウ虫マークを入れるに留める予定である。

 これを「コマーシャリズム」と歓迎しない向きもあるであろうが、個人的には「点字ラベル」をいち早く世に出したシャプティエならではの「消費者への真摯なメッセージ」として受け取りたい。

Biodyvinの規定をクリアしているものはバック・ラベルにBiodyvinであることが明記される。 エルミタージュ レ・グレフュー(Ermitage Les Greffieux) 2001。テイスティング後、再度従業員食堂にて「ビオ・アニョー(!)のじっくり直火焼き」と合わせたが、穏やかなアニョーの旨味とワインのエレガンスが◎!のマリアージュ。

 

レストランのワインリストに貼る「ビオ・マーク」も作成。レストラン側からの希望があれば、ワインと一緒に送られる。

 

 

 規模の大きな生産者でビオディナミを実践することは難しい。契約農家の多いシャプティエも問題は抱えている。しかし「難しいと止まっていたら、何も始まらないさ」と言わんばかりの行動力をシャプティエは発揮している。止まらない、時に過激なチャレンジャー。ミシェル・シャプティエ氏率いるこのメゾンは彼らが生み出すワインと共に、様々な立場のワイン関係者や消費者へ、目の離せないメッセージを送り続けている。