Domaine Marc SORREL 〜小さなカーヴの、偉大な職人〜

(Tain l’Hermitage 2003.7.16)


 

 

 

タン・レルミタージュにあるカーヴにて、マーク・ソレル氏。

  今年のローヌ巡りで訪問先を決める時、3月に行われた「Découvertes en Vallée du RHÔNE」(5日間に渡って開催されたローヌ最大規模の移動試飲会)の影響が強い。なぜなら他のレポートでも書いているように、この期間中の試飲の多さは味覚を疲労させるもので(嗅覚の方が立ち直りは早いようだ)、ならばその状況下でも明らかな「輝き」を感じられた生産者達のワインとは一体どんな底力を持っているのだろう、という好奇心があるからだ(最もそのごく一部しか廻れていない現状ではある)。

 マーク・ソレルもまさにそんな生産者であるが、訪問前にもう一度資料などを調べると改めてその規模の小ささには驚かされる。赤2,8ha(シラー)、白1,2ha(マルサンヌ90%、ルーサンヌ10%)の計4haというのは、普段比較的小規模な生産者を廻ることが多い中でも更に規模が小さい方だ(一方多くの従業員を抱えていない場合、当主自らが畑に入り満足の出来る管理ができるのは4haがマックス、と産地を問わず挙げる真面目な生産者が多いのも興味深い)。

 しかしこのドメーヌが所有する区画がエルミタージュの偉大と言われる区画(Le Méal、Les Gréffieux、Rocoule等)に点在しているのは、小ささを上回る最大の魅力である。「あの生産者にあの区画をあげたいよ」等という会話がワイン好きの間で交わされることがあるが、私が書くまでもなく、優れた生産者が優れた区画を持っているのは、ワイン・ファンにとっても「宝」なのだ。

 

ドメーヌ・マーク・ソレル

 

 このドメーヌでのワイン造りはマーク・ソレル氏の祖父の代、1928年に遡る。その後父のアンリの代である1970年半ばまでそのワインは大手ネゴシアンに売られており、マーク・ソレル氏の名前で瓶詰めを始めたのは1980年代に入ってからのことである。

 ソレル氏にワイン造りにおいて大切なことは、と伺うと「いつも畑のお手入れをしてあげること」とシンプルこの上ない答えが返ってきた。そのソレル氏が実践しているのはリュット・レゾネであるが、区画によっては馬で耕作している(急斜面である事情もあるだろうが)点など、やはり土と働くことに真摯に取り組んでいる姿勢が伺える。

 ところで既に評価の高い生産者の醸造所やカーヴを訪問した時に(ドメーヌ・マーク・ソレルも既に国内外で非常に評価が高い)、時々その設備がごくシンプルであることになんとなく拍子抜けすることがある。要は生産者の資力や、それぞれの生産者がそのワインに何が必要であるかを的確に選び、それらを使いこなすことにあると思うが、このドメーヌのカーヴの風景もまさにそんな風情(シンプル)で、使い込まれた道具などがそこに気持ちよく置かれてある。ソレル氏自身から感じられるオーラは職人肌の人のもので、こちらから質問しない限り特に自ら多くを語るわけではない。だからそのシンプルな空間で氏のニュアンスのあるワインを口にした時には、氏が何か特別な魔法でもかけているのでは、というような思いが浮かんでしまう(冷静に考えれば氏の真面目な働きがワインとなって昇華している、ということなのだが)。

 そこで、テイスティングである。

 

(参照)ドメーヌ・マーク・ソレルが生産するワインは以下。

〜白〜

     クローズ・エルミタージュ 

     エルミタージュ クラシック・キュヴェ

     エルミタージュ レ・ロクール(Les Rocoukes)

〜赤〜

     クローズ・エルミタージュ

     エルミタージュ クラシック・キュヴェ

     エルミタージュ ル・グレアル(Le Gréal:Le MéalとLes Gréffieuxの2つの区画からなることから、2つの区画名を合わせて命名)

 

 赤ではクラシック・キュヴェでは100%除梗、樹齢の高い区画のものでは最低50%の除梗を行う。木製とステンレスタンクでの仕込み(約3週間)の後、バリックでの熟成を行うが過剰な酸化を防ぐために新樽は用いない。また澱引きも極力抑え、瓶詰め前には清澄・濾過も行わない。

 白ではバリックで澱の上に寝かせながら(バトナージュはしない)発酵・熟成、翌春に澱引き後、更に16−17ヶ月の熟成。軽い清澄を行うのみで、濾過は行わない。

 

テイスティング

 

今回のテイスティングは全て2002年のバレル・テイスティング。テイスティング順に記載。

〜白〜

     エルミタージュ レ・ロクール(このキュヴェは樹齢60年。マルサンヌとルーサンヌが半々。土壌は白色粘土)

     エルミタージュ クラシック・キュヴェ(このキュヴェは樹齢15−20年。マルサンヌ100%。レ・グレフューの区画より。収量は25hl/ha)

     エルミタージュ レ・ロクール(VVのキュヴェ。平均樹齢は50年。石灰が多い粘土石灰質。マルサンヌ 90%、ルーサンヌ10%。収量は30−35hl/haソレル氏曰く、「土壌、畑の向き、高度とも完璧なテロワール」)

〜赤〜

     クローズ・エルミタージュ(このキュヴェの平均樹齢は10年。粘土質)

     エルミタージュ クラシック・キュヴェ(このキュヴェの樹齢は25−40年。レ・グレフューなど3つの区画より)

     エルミタージュ ル・グレアル VV(このキュヴェの平均樹齢は約50年。ル・メアル90%、レ・グレフュー10%で少量ルーサンヌが入っている。石灰土壌)

 

 熟成過程なので還元香があるものもあったが、やはり全体的にレベルが非常に高い。特に樹齢が高いものには並々ならぬ長(超)熟のポテンシャルが感じられる。

 白のエルミタージュ レ・ロクールにあるのは、洋梨やマンゴスティンなどの白い果実や、マンゴー、パッション・フルーツなどのトロピカル・フルーツ、蜂蜜。複雑で甘い果実味がミネラル由来のアクセント程度の苦さ、上品な酸と重なり合って、長い余韻へと続いていく。

 また赤のエルミタージュ ル・グレアル VVで特筆すべきなのは、その酸のレベルの高さである。細かいタンニンと熟した黒い果実の甘さ、甘草などに上手く入り込んでいる酸なので決して酸だけが突出した印象は受けない。しかしこの美しい酸がキュヴェを立体的に見せている。余韻も非常に長い。還元香さえ取れれば瓶詰め直後でもその素晴らしさは十分に楽しめると思うのだが、強引な押しが無く底に力を秘めた印象のあるワインゆえ、こういうワインこそじっくりセラーで熟成させて華開いていくのを見てみたいと思わせる、静かなロマン(?)がそこにある。またそういう意味では廃れないクラシックを兼ね備えたワインでもある。

 氏に他に手がけてみたい生産地がありますか、と尋ねると「斜面の向きが完璧で、土壌も素晴らしいコルナスなら造ってみたい。シラーが好きだから」という返答。氏のエルミタージュは性別で例えると「静かな底力のある男性」であるが、その氏がコート・ロティではなくコルナスを挙げたのは、何となく納得が出来るのである。

 

訪問を終えて

 

 今、1番したいことは?と尋ねると氏は少しはにかんだように「旅行」。真面目な生産者にこそ各地の空気に触れて心身を休め、また新たなインスピレーションを得て頂きたい、と個人的には思うのだが、真面目で小規模な生産者であるがゆえに休暇がままならないのはこれまた彼らに共通していることである。

「最後に旅行に行ったのは2001年、2年前のシンガポールかな」。

 そのシンガポールというのは、ラッフルズ・ホテルで行われた「伝統の味のソワレ(Taste of tradition)」。ラッフルズ・ホテルの料理とワインを合わせる、というものであったのだが、ラッフルズ・ホテルの企画部がローヌの生産者として選んだのが氏であった(氏以外にはヴォギュエ、クリュッグ、ランシュ・バージュなど計11人)。それは旅行ではなく半分以上仕事なのでは?と言いかけて、止めた。なぜならカーヴにはその時のポスターが貼ってあって(先述の各氏の写真はいかにも、であり、ソレル氏の写真もまたいかにも「畑の人」なのである)、きっと氏にとっては旅心を刺激される心に残る滞在だったのでは、と思われたからである。

 訪問は淡々と1時間弱で終了したが、淡々としているがゆえに氏はやはり「小さなカーヴの、偉大な職人」として心に強く残るのだ。そのワインも然り、である。