Domaine TRAPET Père et Fils
〜今再び、トラぺ〜

  (Gevrey−Chambertin 2003.7.8)

 

 

 

 ルート・ナショナル(国道)沿いにコート・ドールを走る。畑仕事の1年をレポートするために今年は毎月ジュヴレイ・シャンベルタンに通っているが、国道沿いにあるトラペの看板を見ると「ああ、ジュヴレイに着いたな」と思う。

既に知名度も高く過去個人的にも飲んだことがあり、こうして毎月看板を目にしていたこのドメーヌであるが、どういうスタイルのワインだったかがどうも全く思い出せないでいた。そういう状況の中、6月にボルドーでニコラ・ジョリィの指揮の下行われた試飲会「La Renaissance des Appellations(アペラシオンの復活)」でトラペのワインを試飲する機会に恵まれたのだが、これが正直驚きだったのである!試飲というのは美味しい不味いではないが、素直に思ったことは「こんなに美味しいワインの印象が、なぜ残っていなかったのだろう?」。

その場で近々訪問したい旨を伝えパリに戻った後、とにかく手元にある書物を調べまくった。そして様々な書物が口を揃えたように書いていることは「現当主であるジャン・ルイ・トラペ氏の指揮の下、このドメーヌの品質はここ数年で飛躍的に向上している」。

 

ジャン・ルイ・トラペ氏の改変

 

 トラペ家のワイン生産者としての歴史は19世紀後半(1870年)に遡る。現当主のジャン・ルイ氏の曾祖父、アルチュールさんが1919年に購入したシャンベルタンの最初の一区画(5月のある美しく晴れた朝、彼はこの区画に直感し購入を決めたのだとか。この時植樹したブドウ樹はいまだ現役である)を始め、現在では約13haの畑のうち約12haがグラン・クリュ(シャンベルタン、シャペル・シャンベルタン、ラトリシエール・シャンベルタン)、プルミエ・クリュ(クロ・プリウール、プティット・シャペル)、そしてヴィラージュ(ジュヴレイ・シャンベルタン、マルサネ)という非常に恵まれたクリマを所有するドメーヌである。

 1990年トラペ家は分家し、ドメーヌ・トラペはジャン・ルイ氏の父、ジャン氏が運営することとなるのだが、同時にこの時から栽培・醸造の指揮はジャン・ルイ氏が請け負うこととなった。そして前述の「このドメーヌの品質はここ数年で飛躍的に向上している」と世間に言わしめるに至ったわけだが、ここでジャン・ルイ氏が行った改変を要約してみよう。

まず畑仕事においてだが、植樹率を12,500本/haという高さに上げた上での低収量の実践に加え、生理学的に最高の状態に熟したブドウを得るための遅めの収穫を徹底した。また1996年から試験的にビオディナミを採用し始め、2000年には完全にビオディナミに転換した。

次に醸造であるが、2回の選果を経たブドウはミレジムによるが約2/3を除梗後、伝統的開放槽でかなり長めの低温マセラシオンを行う。酵母はブドウ由来の自然酵母である。またアルコール発酵期間中はピジャージュを行うがシステマティックなものではなく、常にテイスティングをしてその度合いを決めていく。約3〜4週間のマセラシオンを経たワインは樽に移され、15―18ヶ月熟成される(キュヴェにより4つの産地の樽を用い、新樽比率は30−75%)。濾過は行わず、清澄は必要な時のみ実践する。そして全ての作業には重力に従った方法が採られている。以上は言葉で書くと非常に「あっさり」としてしまうが、例えば長めのマセラシオンなどはブドウに悪い特徴があればそれも引き出してしまうので、全てが「良質なブドウ」であるからこそ成立している醸造過程であると言えるだろう。

 

ジャン・ルイ氏にとってのビオディナミとは?

 ところでジャン・ルイ氏がビオディナミに転換した理由とは何だろう?

私がビオディナミに関心を持ち始めたきっかけは、ずばり、ベト病対策であるボルドー液がもたらす銅の残存問題だ。この問題を考えた時点で、最も実用的かつ自分でも納得できる解決策を提唱しているのが、ビオディナミだったんだ(注 1)

 現在私はBiodyvin(ビオディヴァン)というグループに入って(注 2)他のビオディナミ生産者と共に活動しているが、このBiodyvinでの活動はビオディナミの哲学を語るというよりは、自分達の畑の中で『いかに応用するか』という実践のための動きなんだ。もちろん底辺には『土壌やブドウ樹が持つ、エネルギーのレベルを引き上げる』という考えがあり、そうして得られたブドウから生まれたワインはよりテロワールを表現できるだろう。そしてテロワールを表現するワインをつくるためには、植樹率を高めた上で低収量であることは必須だ」。

 

(注 1)

ビオディナミで用いる基本的なベト病対策に関してはブルゴーニュにおける、ビオの動向 のコーナー、ビオディナミにおける調合準備の基本知識 ボルドー液疑問派必見!の欄を参照にして下さい。

(注 2)BIODYVIN(ビオディヴァン) 

 アルザスのツィント・ウンブレヒト、リヴザルトのドメーヌ・カーズを中心に、フランス全土のビオディナミを実践する27の生産者からなるグループ。

こちらも詳しくはブルゴーニュにおける、ビオの動向のコーナー参照。

 

テイスティング

 

 今回のテイスティングは以下である(2002年を樽から試飲)。テイスティング順に記載。

     ジュヴレイ・シャンベルタン

     ジュヴレイ・シャンベルタン プルミエ・クリュ プティット・シャペル

     ジュヴレイ・シャンベルタン プルミエ・クリュ クロ・プリウール

     シャペル・シャンベルタン

     ラトリシエール・シャンベルタン

     シャンベルタン

 

カーヴ。

 ジュヴレイ・シャンベルタン村の生産者のカーヴを訪問する楽しみは何といっても、このアペラシオンにある各クリュを比較できることであり、その中で生産者の個性を探すことであるが、6月の試飲でストレートに私に「美味しい!」と感じさせたこの生産者のスタイルは、「土のニュアンスを非常に正確かつ魅力的にワインに『ぎゅっと』凝縮させる」ところにあると思われる。

 全てのワインにおいて、十分に熟したタンニンは細かくたっぷりとしていて、このタンニンが熟した果実の甘さや自然で艶のあるアルコール感、芯に通る酸やミネラルと綺麗に調和して、良い意味でねっとりとしており噛めるような質感があるのだが、決して「重い」という印象を与えない。

 シャペルにはミュジニィを思わせるような上品な果実の軽やかさとタンニン・液化したミネラルからなる重さとのバランスの良さ(この区画の粘土質は非常に繊細で母岩はブロック状の石灰からなるらしい)、ラトリシエールには乾燥したバラや生のスミレのフローラルさやアニマルの予感がする旨味のある臭みと、底辺にある酸や生き生きとしたミネラル(シャペル同様相反した要素のバランス感)、そしてシャンベルタンには目の前で生き生きと咲き誇っているようなバラやスミレやより複雑さを増す果実、トリュフ・ド・ショコラといったシャンベルタンならではの豪華さと、驚くほど細く長い余韻がある(シャンベルタンにおいてトラペは高地から低地まで所有しているので樽によってかなり印象はかわるだろうが)。クリュの格と性格の違いがただ正確に樽の中にあるだけではなく、たっぷりとした旨味が非常に素直で表情豊かなのだ。

 これらのワインがまだ驚異的な価格の上昇を見ていないという事実は、ワイン・ファンにとって嬉しいことである。加えてシャンベルタンはこのドメーヌにおいて、ブルゴーニュ・ルージュよりも生産量が多いのだ(シャンベルタンの平均年間生産量が5000本なのに対し、ブルゴーニュ・ルージュは2500本)!

  

訪問を終えて

 

 この訪問後ジャン・ルイ氏はアルザスに発つとのことだった。ジャン・ルイ氏の奥様はアルザス出身であり、先述のBiodyvinにおいて中心人物の一人がアルザスのツィント・ウンブレヒトであるということも加わって、アルザス−ブルゴーニュ間の行き来は特に珍しいわけでもないようであるが、その間に私という訪問者も迎え(恐縮です)、彼の多忙さを垣間見た思いがした(余りにも忙しそうで写真すら撮れなかった)。

「今日はバタバタしててゴメンね。しかも名刺も切らしているから、名刺代わりにこのワイン持って帰って」。

そう言って帰り際に手渡されたワインは?である。大切に持ち帰り、2週間落ち着かせてからコルクを抜いた。ミレジムは違えど、訪問時にカーヴの中でまるで咲き誇っているように感じたバラとスミレが、パリの暑苦しい私のステュディオの中に一瞬ぱぁっと蘇った。

誠実と堅実を忘れない、センスを伴った的確な実践力は、ワインの中に確実に花開くものなのだ。そしてそれが恵まれたテロワールを所有している生産者なら幸運を味方に付けて、なお加速する。ステュディオで花を感じながらふとそんなことを改めて思ってしまった。