Henry de VEZELAY 〜蘇るヴェズレイと、フィリップ・パカレの功績〜 

(VEZELAY 2003.10.15)

 

 

少し熟成したものを試飲しましょうか、という醸造担当者のニコラ・ルケ氏の申し出があり、アンリ・ド・ヴェズレイのカーヴでブルゴーニュ・ルージュ キュヴェ・ヴィオレット 2000を試飲した時のことである。ちょ〜っと、待った!これが本当にブルゴーニュ・ルージュ!?香りを利き口に含んだ瞬間に、私が過去に試飲した全ての低価格帯ワインの中でダントツのトップ陣に躍り出た。ああ、ピノ・ノワール!少しのアニマルと乾きかけた赤いバラ、ねっとりとした甘味。脳天と腰に来る(下品な表現で申し訳ない)。

「フィリップ・パカレが私達の赤の醸造コンサルタントを引き受けてくれたのが、1999年。2000年はやっと彼のエスプリがワインに表現できたミレジムだと思う」。

ルケ氏の言葉通り、このワインは「パカレ節」が炸裂している。でもニュイでも、ボーヌでもない。ヴェズレイとはこんなにポテンシャルのある土地だったのか!?

 

ヴェズレイという地と、アンリ・ド・ヴェズレイ

 

醸造を担当するニコラ・ルケ氏。ヴェズレイの可能性にかける、静かに熱い人である。

 オーセールと、今は亡きベルナール・ロワゾー氏のレストラン「コート・ドール」があるソーリューの間。ヴェズレイは丁度この辺りに位置するアペラシオン(AOCブルゴーニュ・ヴェズレイ)である。

 フィロキセラ以前はブドウ栽培が盛んだったものの、一時は壊滅状態にまで追い込まれ、その後1970年代までワイン産地としては完全に忘れられた存在であった。一旦「過去のワイン」の烙印を押され、かつシャブリとコート・ドールという有名産地に挟まれたヴェズレイが再興する事は、全く「無名の地」からのスタートよりもある意味ハンディがある。しかしヴェズレイはこのハンディを一つずつ逆手にとっていく。

 意欲のある生産者達によってヴェズレイで植樹が再開されたのは約30年前。過去にこの土地で「植樹可能」とされていた土地は約200haであったが、最初に彼らは半分の100haをばっさりと切り捨てた。つまり冷涼なこの地では常に日照量不足と春の遅霜に悩まされるが、彼らは南向き、かつ高度の高い斜面のみを選び抜いたのである(仕立ては植樹率を上げるため主にギュヨ・サンプルを採用)。同時にヴェズレイは有機的アプローチを試みるには最適であった。なぜなら除草剤を始めとする化学薬品が急速に浸透した1960年代の流れからもこれらの土地は「忘れられていた」ゆえに無縁であり、他の農業や森が残されている環境は、ビオの生産者が言う「一つの土地に単一の農業であることは環境バランスを崩してしまう」状態からはかけ離れていたのである。

 また彼らは個人の生産者が名前を挙げることよりも、まずは「ヴェズレイ」という土地自体にスポットライトが当たることに専心し、この地でブドウ栽培を再開するにあたって生産者間では相互協力が地道に行われ続けた。そしてその流れの中で生まれたのがブルゴーニュ最小のコーペラティヴである「アンリ・ド・ヴェズレイ」(1989年、ジャン・モンタネ氏設立)なのである。

 1997年、この地のワインはAOCブルゴーニュ・ヴェズレイとして認定されるが、これもアンリ・ド・ヴェズレイに結束した生産者達とっては「通過点」に過ぎない。特に畑のコントロールは厳しく、今日でもINAOの監察が入った時同様に、剪定後は個々の畑で残された芽の数を数え合うなどそのコントロールを収穫期まで続けているのである。

 現在アンリ・ド・ヴェズレイに所属する畑は48ha。うち約20haが完全にビオを実践している。これは国内のコーペラティヴと比較すると群を抜いて高い比率である(ちなみに収穫も手摘み。これも隣人の有名産地であるシャブリが95%機械収穫であることを考慮すると特筆に値する)。

 

アンリ・ド・ヴェズレイとフィリップ・パカレ氏

 

 試行錯誤を繰り返す中、アンリ・ド・ヴェズレイが個々の区画から生まれるワインにはっきりとした差違を見出し始めたのは1990年代後半である(丁度樹齢も高くなってきたのである)。当初から有機的アプローチであった同カーヴでは、土地の個性が明確になるにつれ自然な流れとしてビオに移行する動きが強まっていたが、課題は「ビオのエスプリを、いかにワインに移し取るか」ということであった。特にピノ・ノワールは「要求の多い」セパージュである。そんな彼らに赤の醸造コンサルティングとして紹介されたのが、当時プリュレ・ロックで醸造長として勤務していたフィリップ・パカレ氏である。

「フィリップは多忙にもかかわらず、本当に私達の申し出を快く引き受けてくれた。そしてSO2添加は瓶詰め前のみ等、彼の指導は衝撃的だった。でも自分たちが育てたブドウのカリテ(品質)を信じて、一つずつ実践に移していったんだ。

しかしなんと言ってもフィリップが私達に与えてくれたのはモチヴェーションと確信。単に『赤ワインの醸造コンサルティング』というだけでなく、私達仲間にとって、大きな原動力となった」。

パカレ氏について語るルケ氏は謙虚な尊敬の念に溢れていて、かつ大きなうねりの中に身を置くルケ氏の静かな興奮がこちらにも心地よく伝わってくるのである。

 そこでパカレ氏の指導を経たワインのテイスティングである(今回白のコンサルティングについては言及されなかったが、それはかのフランソワ・ラヴノー氏である)。

 

テイスティング

 

今回のテイスティング銘柄。

今回のテイスティング銘柄は以下(テイスティング順に記載。ステンレスタンクからの試飲は、一時発酵直後のもの、ステンレス内で熟成中のもの、樽熟成を経て引き抜きいたものを瓶詰め前に再度タンクで落ち着かせているもの、以上の3種類である。また2003年のキュヴェに関しては今後の進行で最終的な瓶詰め銘柄が決定される)。

 

〜タンク・テイスティング〜

―全て白―

     ムロン・ド・ブルゴーニュ(AOCブルゴーニュ・グラン・オルディネール) 2003

     シャルドネ(AOCブルゴーニュ・ヴェズレイ) 2003

     シャルドネ(AOCブルゴーニュ・ヴェズレイ) 2003 ビオ・キュヴェのパーセル違いの比較試飲 

     シャルドネ(AOCブルゴーニュ・ヴェズレイ) 2002 ビオ・キュヴェとリュット・レゾネ・キュヴェの比較試飲

     シャルドネ(AOCブルゴーニュ・ヴェズレイ キュヴェ・ドン・ド・リオン) 2001 顧客の要望による樽加減違いの比較試飲

 

〜ボトル・テイスティング〜(→写真参照。記載順と写真は一致しています)

―白―

     ムロン・ド・ブルゴーニュ(AOCブルゴーニュ・グラン・オルディネール) 2001、2002(写真左端)

     キュヴェ・クラウディ(Cuvée Claudie:AOCブルゴーニュ・ヴェズレイ。100%ビオ) 2002

     キュヴェ・レ・コーリオ(Cuvée Les Coeuriots:AOCブルゴーニュ・ヴェズレイ。100%ビオ) 2000

     キュヴェ・ドン・ド・リオン(Cuvée Dent de Lion:AOCブルゴーニュ・ヴェズレイ。100%ビオ) 2000

―赤―

     キュヴェ・クラウディ(Cuvée Claudie:AOCブルゴーニュ。100%ビオ) 2002

     キュヴェ・ヴィオレット(Cuvée Violette:AOCブルゴーニュ。100%ビオ) 2000

 

 「フリンティな香りはシャブリ寄りだが、かっちりと美しいミネラルはリュリィなどコート・シャロネーズに近いかもしれない」とルケ氏が言うように、白の各キュヴェの余韻として鮮烈に残る個性溢れるミネラルは、ブラインド・テイスティングならばこの両者に持っていくことになるだろう(私も含め、一般のテイスターに「ブルゴーニュ・ヴェズレイ」という選択肢はなかなか思い浮かばないのである)。しかしそれは言い換えれば、軽く「ブルゴーニュのヴィラージュもの」に匹敵するポテンシャルを感じると言うことだ。またキュヴェ毎に異なる果汁が溢れんばかりの白〜黄色の果実、時に白コショウなどのスパイス、ノワゼット、蜂蜜は、深いミネラルとともに丁寧にブドウを育て上げたカーヴであるからこそ引き出せる味わいであろう。

 そして冒頭の赤、キュヴェ・ヴィオレット。2000年のワインに既に「アニマル」が入ってくるのは「行きが早い」という言い方もできるであろう。しかしそこそこに名が知れたアペラシオンや生産者のワインがダラダラと長期間飲めてしまう(非常に乱暴な書き方であるのは重々承知である)よりも、低価格のワインが短期間で持っている要素を完璧に華開かせ、爆発的な喜びを与えてくれるということは、「ワインを飲む楽しみ」という官能では遙かに勝っていると、個人的には思うのである。

 

 ところで興味深いのは、ヴェズレイの「地層」である。シャブリからコート・ド・ボーヌを貫く土壌は地層学的に見るとどのように隆起・露出したかによって、かなり複雑である。そしてヴェズレイは地層学的にいうと、バトニエ階(ジュラ紀。ムルソーの秀でたプルミエ・クリュに見られる階)とバジョシャン階(紀元前1000年以前の新しい階。コート・ド・ニュイに多く見られる)で構成されている。そこに更に表土の違いが加わるのだ。

「やっと土壌の違いが掴めてきたところ」とルケ氏は謙遜に語るが、コート・ドールに共通するこの地層と、シャブリ寄りの気候、ストイックな生産者達。この組み合わせこそに、ヴェズレイの可能性が秘められているのではないだろうか?

 

訪問を終えて

 

「クリュという横糸に対して、どのように生産者が個人の表現という縦糸を張り巡らせているか」。あるフランスのワイン雑誌にあったこの記述を、アンリ・ド・ヴェズレイを訪問した後に真っ先に思い出した。

「テロワール」と言う言葉と並んで、「コンサルティング」の重要性が洋の東西を問わず様々なメディアで取り上げられ、時に私達はそれに踊らされる。だが当然ながら優秀な教師の元に必ずしも素晴らしい生徒が育つとは限らない。最終的には生徒にも自分の限界を含めた能力や個性を把握する力が必要であり、教師のどの言葉を選択するかによって、教師と生徒という組み合わせの妙が生まれるのであろう。そしてアンリ・ド・ヴェズレイとフィリップ・パカレ氏から生まれたワイン達には、まさにこの「プラスの関係」を思い起こされる。

感動(しかも安価に!フランスではワインショップでも決して15ユーロを超えない)と思慮を同時に与えてくれる、アンリ・ド・ヴェズレイのワイン達である。

 

(追記)

近日中に、GCCにて再度写真にあるワインをブラインド・テイスティングで試飲予定。レポートは後日報告します。