Claude
Dugat (Gevrey Chambertin 2002.4.30) |
予定より少し早くデュガ家に着いたので、門を入って正面にある馬小屋を覗こうとしていたら、私達に気がついたデュガ氏が優しい微笑みを浮かべてセラーから出てきた。セラーの奥ではご家族がまだ忙しく仕事を続けているようだ。挨拶を交わした後、「ジョンキー(彼の畑を耕耘している馬の名前)も、まだお仕事ですか?」と尋ねると「ジョンキーは今日仕事が無いので、上の高原で散歩しているよ」。
表札を掲げていないデュガ家だが、門の中では馬も家族としてワイン作りに一役買っているようでほほえましい。世界中のワインファンにとっての宝物を作っているドメーヌを訪れているのだ、というこちらの緊張感も自然にほどけてしまう。
バレル・テイスティング 2001年 |
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午前中澱引きを終えた、デュガ氏の手。 |
ブルゴーニュ ピノ・ノワール
平均収量 45hl
フランボワーズの踊るような酸味を感じるチャーミングな香りと、生のカシスや摘みたてのスミレのむせるような厚みのある香り。好ましい凝縮度で、ポテンシャルの高い酸味があり、既にバランスがよい。
ジュヴレイ・シャンベルタン
平均収量 35hl
平均樹齢 パーセルにより違い、 25〜76年
ピノノワールに求められる理想的なスミレ!凝縮された生の熟したブラック・チェリー。挽きたての黒こしょうや甘みのあるオリエンタル・スパイス。これらの香りや細かい粒子状の旨味が、トーンが高く余韻の長い美しい酸によって引き上げられて、まだ不安定ながらも無駄のない凛としたバランスを作り出している。
ジュヴレイ・シャンベルタン プルミエ・クリュ
平均収量 29〜30hl
平均樹齢 40年
澱引き直後のキュヴェ。理想的なスミレと、フローラルなパルファン、バナナ様の甘いエステル香。フランボワーズの酸味と、熟したブラックベリーの甘みの間で嬉しく翻弄される。旨味と余韻だけを残し、重さを全く感じさせない細かいタンニン。
ジュヴレイ・シャンベルタン プルミエ・クリュ ラヴォー・サン・ジャック
平均収量 29〜30hl
平均樹齢 25年
年間生産量 5樽
地質 デュガ氏曰く、「最も難しい土壌」。粘土石灰、岩が主体であるのは他の畑と共通しているが表土が少なく、傾斜が急なので保水性などが他の畑と全く異なるらしい。
今回試飲した中で、最も筋肉質で男性的なワイン。赤〜黒系ベリーの酸味と、挽きたての黒こしょうのぴりぴりした感じや、クローヴの清涼感のある甘さ。土やミネラル。タンニンは最も固く、凝縮感も含めた深さの予感だけを残して後は一切の媚びが無いところも、非常に男性的。良い意味でデュガに対するイメージが変わるキュヴェ。
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カメラを向けると照れ笑いの、デュガ氏本人 |
シャルム・シャンベルタン
平均収量 28hl
平均樹齢 45年
年間生産量 3樽
赤〜黒系果実のミックス・ジャム?思いつくままにこれらの知っている果実を言っても、多分全部当てはまる。甘いオリエンタル・スパイス。既に滑らかで飲みやすい印象が一瞬あるのだが、ここで安心するのはまだ早い。穏やかな印象の陰に潜んでいる、黒トリフへの変化を予感させる土の香り、「びっしり」という言葉がふさわしい緻密なタンニン、熟成したシャンパンにあるような終わりのない酸味のために、なかなか次の試飲に行けないのだ、、、。
グリオット・シャンベルタン
平均収量 21〜25hl
平均樹齢 45年
年間生産量 2樽
厚みのあるビロード様の花びらを持った新鮮な赤い薔薇。しかし同時に乾燥して抽出されたパルファン・ド・ローズもある。種まできらきらしているような新鮮なイチゴと、同時にブラック・チェリーの煮詰めたもの。噛めるような質感、ムースのような膨らみ方、口腔での感じる場所の多さによって、同じ量のワインを口に含んでも、もっと多くの量を含んだかのような錯覚がある。しかし決して重くない。天上でワインを飲んでいるような、気持ちの良い透明感が圧倒的に印象的。
香り、味、感じる全ての相反した要素が口の中で一体化する、未知体験ゾーン。
テイスティングを終え、デュガ氏が個人的に毎日の食事に合わせるワインは何なのかを尋ねてみた。意外にも
「水です。エノローグにとってアルコールは危険ですから、必要な時以外は飲みません」
という答えが返ってきた。
他のドメーヌとは一線を画す狂いのない完成度の高さは、こうした彼にとっては当たり前の日常にも大いに関係しているようだ。
プリュ・ナチュラル、トレ・サンプル |
「プリュ・ナチュラル、トレ・サンプル(より自然に、ごくシンプルに)」
どのキュヴェを飲んでも感じる純粋で、凝縮されているのに重くなく透明度の高い味わいからは、確かに一切の余計なものを想像できない。しかしグリオットに至ってはまさに非の打ち所の無い美味しさなのだ。何か特別な工夫があるのではと思うのは当然で、そこで畑や醸造においてあなたが
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セラーにおいてある、3本のレオボアムの瓶。それぞれ3人の子供さん達が生まれた年を記念して。「中身はシャルムだったかな」 |
特に何かされていることは、という質問をしてみたところ返ってきた答えが、先述のプリュ・ナチュラル、トレ・サンプルだった。
彼の言う「より自然に、ごくシンプルに」とは、まずは良い品質のブドウが良い品質のワインを造るという基本。「良いブドウがあるおかげで、ワインをつくることができています」。完璧に熟した良いブドウは、畑の性格を知り、祖父や父のお陰で平均樹齢の高いブドウに恵まれ、収量を押さえる(といってもルロワほど狂信的に低い収量ではない)ということによって生まれている。そしてその後は清潔なセラーで、4−5日間の低温マセラシオンを経て、各年に応じた適度な期間の発酵と、樽熟成。最低限の澱引きと清澄処理。ノンフィルター。以上。凝縮感を引き出す等のために人為的にしていることは一切無い。良い意味での放任。
そこで最近のビオ傾向に関して尋ねてみたところ、「通常畑において科学的なものは一切使っていませんが、私のドメーヌはビオではありません。ブドウも病気になれば薬が必要な時があります」
これは「リュット・レゾネ(*注)」というビオロジーの手前の段階にあたる。しかし、彼の造るワインを飲み彼という人と話していると、デュガという一つのドメーヌそのものがビオという動きに対してすら全く自然で、構えていない。つまり何に対しても「必要と思われることのみを一生懸命に実践していく」いう彼の「当然」が単純明快に貫かれており、彼にとっては自分がビオのどの段階にいる、ということ等余り重要なことではないようだ。
高名でありながら「より自然に、ごくシンプルに」を無理なく実践できるデュガのようなドメーヌは、案外少ないのかもしれない。
(*注)
ビオは以下の4段階に分けられる。
リュット・レゾネ:本当に必要な時のみ化学薬品を使う。
ビオロジー:英語で言う「Organic」にあたり、「有機農法」。基本的には化学薬品を使わない。
ビオデナミ:化学薬品を使わないだけでなく、月の周期をもとに畑の作業をする。
コスモ・クルチュール:ビオデナミが月の動きを重要視するのに対し、コスモ・クルチュールは宇宙全体の動きと連動しようというもの。(しかし、この段階を実践している生産者は、私の知る限りではローヌのドメーヌ・ヴィレのみ)。
リュット・レゾネは慣習的な言い方だが、ビオロジー、ビオディナミは、「ECOCERT(エコセール)」という農業省認可の団体によって認定されると、公式に名乗ることができる。又、世界共通の認証である「デメテール」や、ビオロジーに関しては「ナチューレ・エ・プログレ」という、民間農業団体も保証している。ビオロジーとビオディナミの大きな違いは、前者が化学肥料を使わず自然に任せるのに対し、後者はビオ(生命)ディナミ(力学)、つまり月の満ち欠けなど地球の生命の営みに連動しているものに従ってブドウ栽培や醸造を行い、最終的に土やブドウの本来持っている力を引き上げることを目的とすること(結果、テロワールを反映した味となって現れる)。
デュガ氏の魅力 |
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デュガ家とジョンキー 家の前にて。今も昔も変わりなく。 |
セラーを去る時に「ジョンキーにもよろしく」と言うと、「そこに写真があるよ」と言って彼のヴァンの窓を指さした。確かにそこには「デュガ家とジョンキー 家の前にて」というタイトルをつけたくなるようなオリジナルのポスターが貼ってある。じっとそのポスターを見ている私に、「あげる」と言ってヴァンからはがし始めたがデュガ氏だがふと手を止め、「確か新しいのがまだあったから、ちょっと待ってて」と家の中に消えてしまった。
少し経って、にこにこと笑いながら現れた彼の手には新しいポスターが2枚!その人柄に再度感激してしまったのは言うまでもない。