Clos du Tue- Boeuf 〜アペラシオンを飛び越えて〜

(Les Montils 2002.6.18)



 

 「下町のロマネ・コンティ」。昨年私がこのワインを売っていた時の売り文句だった。料理雑誌のコメントをそのまま拝借させてもらった。しかしワインが落ち着くのも待ち切れず試飲してみると(それはコンティと例えられた銘柄とは違うものだったが)ロマネ・コンティ云々よりも、「ビオ味」というカテゴリー(個人的にそう捉えている、感覚的なカテゴリーだ)を私の舌に鮮烈に印象づけたワインとして記憶に残った。例えは悪いが「ブショネ」というのがあるピンと分かる日が来る。その感覚に似ていた。この日以来ビオ・ワインは、「あ、ビオですね」と何となく分かるものが増えた。

 その半年後、フランスの「レピキュリアン」というワインショップで、ショップのオーナーの一人、ジャン・ピエールさんと一緒にクロ・デュ・テュエ=ブフのシュヴェルニィ ラ・コンヴォットを試飲した。

 驚いた。その人肌から香り立つバラの香水のような熟成感は、まさに「プティ・コンティ」。同時にジャン・ピエールさんの口からは「まるでプリュレ・ロックみたいだ」。プリュレ・ロック→プティ・コンティ→下町のロマネ・コンティ(プリュレ・ロックの価格の1/10くらいなのだから)。上手く言ったものだ、と今更ながら納得し感心した。

そして後日プリュレ・ロックがチェリー・ピュズラ氏(クロ・デュ・テュエ=ブフのオーナーの一人)の造るワインに多大なる興味を寄せていると聞き、またもや感心した。官能的なピノ・ノワールがロワールやブルゴーニュというアペラシオンの枠を越えて出会い、互いに驚き合う様がグラスの中のワインを通して見えたような気がした。

 

テイスティング

クロ・デュ・テュエ=ブフのセラー温度はやや低めに感じられるのだが、2時間近い試飲の間、ずっとTシャツ、短パン姿。寒さなど感じないと言わんばかりのひたむきさ


  クロ・デュ・テュエ=ブフでは、ジャン=マリー氏、チェリー氏の二人のピュズラ兄弟とお父様の3人でワインを造っている。今回案内してくれたのはチェリー・ピ
ズラ氏。彼は1999年より独立して「ドメーヌ・チェリー・ピュズラ」としてもワインを造っている。間違いなくロワールの今後のスターの一人だ。

 

 2001年は例年より軽い年ということで、瓶詰めは早めに行われたようだ(3−6月)。現在テュエ=ブフで造られているワインは以下(ただし年によって生産されないもの、また、アッサンブラージュの比率がかなり変わるものがある)。

 

(白)

ヴァン・ド・ペイ・デュ・ジャルダン・ド・フランス クロ・デュ・テュエ=ブフ ピノ・グリ

ヴァン・ド・ペイ・デュ・ジャルダン・ド・フランス クロ・デュ・テュエ=ブフ シャルドネ

 

トゥーレーヌ ソーヴィニヨン

トゥーレーヌ ロルモー・デ・ドゥー・クロワ(l‘Ormeau des Deux Croix:シュナン・ブラン100%)

トゥーレーヌ ル・ブラン・ド・シェーヴル(Le Brin de Chevre:100%ムニュ・ピノー→シュナン・ブランの亜種。樹齢50−60年のヴィエーユ・ヴィーニュ)

トゥーレーヌ ル・ビュイッソン・プイユー(Le Buisson Pouilleux:100%ソーヴィニヨン・ブラン。樹齢45−60年)

 

シュヴェルニィ 

シュヴェルニィ クロ・デュ・テュエ=ブフ フリルーズ(Frileuse:ソーヴィニヨン主体、シャルドネ)

 

(赤)

シュヴェルニィ(ガメイ主体、ピノ・ノワール)

シュヴェルニィ クロ・デュ・テュエ=ブフ(ピノ・ノワール主体、ガメイ)

シュヴェルニィ ラ・カイエール(La Caillere:100%ピノ・ノワール)

シュヴェルニィ ラ・クラヴォット(La Clavotte:100%ピノ・ノワール。ラ・カイエールより樹齢が古い)

 

トゥーレーヌ(コー、ガメイ)

トゥーレーヌ ラ・ゲゲール(La Gueguerre:ガメイ、カベルネ・フラン、コー、カベルネ・ソーヴィニヨン)

今回試飲したワインの一部

 

 クロ・デュ・テュエ=ブフは15世紀よりピュズラ家の所有であるが、この「クロ」の歴史は古い。ロマネ・コンティほどの派手な逸話は無くとも、代々の所有者が土壌のポテンシャルを認め、愛した記録は残っているようだ。

 ピュズラ家ではビオディナミを採用し、徹底して収量を抑えている。また平均して樹齢は古い。天然酵母を用いた発酵は自然に任せてゆっくりと、ステンレス・キューブ又は大樽で行われる。ワインによっては古樽で熟成させるものもある。清澄、濾過は行わず、SO2の使用は極力抑える(全く使用しない年もある)

 

 今回は瓶詰め前、瓶詰め後両方のテイスティングとなった。

 まだ瓶詰めされていないものも含めて若いワインには、時に石や果感そのものを感じるほど純度の高いミネラルや果実が閉じこめられている。素晴らしい。しかしこの純度の高さに感心している場合ではない。彼らのワインはこのそれぞれの純度の高さが熟成し崩れ落ちんばかりになった時に、既成のアペラシオン概念を塗り変える力を見せつける。

 そう感じた1本目はシュヴェルニィ ラ・カイエール 1996年だ。

 このワインにも、人肌から香り立つバラの香水がある。そして半乾燥イチジク、少しだし汁を感じるアールグレイ、つんとくる白トリフと控えめな黒トリフ。グラスを回す度にむうっと、麝香が上がってくる。「思わず声の出るワイン」。香りを一言で言えば、官能的。しかし口に含むと、この香りにして余り経験したことのない、さらさらと優しい口当たりを残して喉にすーっ、と落ちていく。そしてその繊細で優しい余韻を反芻するのは幸福だ。

 これを既成のアペラシオン概念で言えば、やはりヴォーヌ・ロマネに最も近い。ピノ・ノワールの官能を追求すればヴォーヌ・ロマネに近づいていく、ということか。しかしこの優しい口当たりはむしろヴォーヌ・ロマネには「望めない」。ピノ・ノワールの官能を手に入れた、究極のロワール。ブドウの力と、クロ・デュ・テュエ=ブフの天性のセンスがグラスの中で昇華している。このピノ・ノワールを越えるロワールが生まれるとしたら、それは唯一「ドメーヌ・チェリー・ピュズラ」からではないか。

 

 そしてもう1本は「Vin Blanc Vin de Table Francais(白ワイン テーブルワイン) 1995」。このシンプルな名前のワインは実はロマランタン(シュヴェルニィ、クール・シュヴェルニィの土着品種)100%の、しかも遅摘みである。遅摘みであるが故、INAOへシュヴェルニィとしてのサンプル提出に間に合わなかった。結果シュヴェルニィとしては認められず、ヴァン・ド・ターブルへ格下げ。ならば「そのまんまの名前にしてしまおう」と「Vin Blanc」。確かにINAOがシュヴェルニィとは認めずとも、「白ワイン」は「白ワイン」だ。

 ロマランタンというのは植えられている土地のせいか、いつも海のミネラルを感じる。そのミネラルが凝縮、熟成しつるりとした質感になったところに、リンゴの蜜がじわっと滲み出てくる。凝縮した味わいにくどさなどは全く無く、チャーミングな品を感じる。崩れそうで、崩れない楽しさ。

 彼らのいくつかのワインは、決して飲み急ぐべきではない。数年〜10年待たなければ。

 

 

チェリー・ピュズラ氏の魅力

 

愛犬マリリンヌと

終始肌寒いセラーの中でTシャツ、短パン姿で説明してくれたチェリー氏。セラーから出た彼を愛犬(マリリンヌ)が待ち、犬をなだめながら仕事を終えた一服に火を付ける。カメラを向けるといつも少しはにかんだような笑顔になる。生産者と実際に会うと、最初の印象はごく普通の人と、オーラの出ている人に分けられるが、スターになりつつあるチェリー氏は完全に前者だ。

しかしこの日は日本のインポーターと夕食の予定があるらしく、彼が素晴らしいワインを造り出すほどに、彼の日常も加速度的に忙しくなっていくことが透けて見えた。だがそんな時間の無い中、車の無い私達を気遣いホテルの近くまで送ろうと申し出てくれる。天才的な仕事をする人が、傲ることなく普通以上に親切である姿にも惹かれる。

次回訪れる時には、ドメーヌ・チェリー・ピュズラも訪れることを夢見て、モンティユの小さな村を後にした。