Domaine Didier DAGUENEAU 〜好奇心と瞬発力〜

Pouilly−Fume 2002.12.12)

 

 

 奇才、天才、異端児、野生児、長髪でロッカーのような風貌、等々。ディディエ・ダグノー氏を説明するものを読むと、枕詞のようにこれらの言葉が付いてくる。訪問の前日、彼の写真をインターネットで見た。確かに長髪でいかつい。まずは覚悟して臨んだ方が良さそうだ。

 訪問当日、彼はドメーヌにいなかった。畑、セラーを見、テイスティングが終わった頃「ディディエが帰ってきたよ」。事務所に入るとそこにはオーバーオールに長髪の男性がいた。振り返った彼の視線は真っ直ぐで強い。握手の強さも女性にその強さは無いだろう、という強さ。手土産の大七生酛を渡すと即座に箱から出し、蓋をひねり開け、香りを嗅いだ。生産者を訪問する時に手土産に日本酒を持っていくことが多いのだが、その場ですぐに蓋を開けた生産者は彼で2人目である(もう一人はサン・ロマンの昇り竜、シャソルネイのフレデリック・コッサール氏だ)。好奇心に正直な人だ。そしてこの人の持つ独特の距離感に前述のステレオタイプな言葉では説明できない繊細な部分を感じる。前日の覚悟を軽く上回る強烈な出会い頭である。

 

畑仕事と醸造

ディディエ氏のリクエストにより開発された横長のトノー、「シガール」

 ワインの素晴らしさや彼の個性が語られることが多いこのドメーヌだが、畑仕事や醸造については世間に少々誤解されている部分があるようだ。そこで簡単にこの部分について先に説明したい。

 まず畑仕事において彼はなぜかビオディナミのイメージが強いのだが、答えは「ノン」。もちろん11,5haの畑に10人の人間が従事している事実や、雑草の繁った畑の風情等から同様の作業を採用しているであろうことは想像できるが、彼にとっては「ビオの作業」は単なる選択肢の一つであり、それは言い換えれば他の選択肢もあるということで、ましてやラベルにまでビオであることを誇らしげに記載するのは全くナンセンスであると捉えているようだ(彼曰く、「ラベルからのメッセージは、ダグノーであることで十分」)。またキュヴェのセレクションは土壌の違いを基本に、最終的にテイスティングによって決定される。全ての畑やパーセルが明確にキュヴェごとに分かれているのではないようだ。

 醸造においては、白ワインながら100%除梗後、発酵・熟成は全て木樽で行われる。一次発酵が終了した時点でキュヴェによるが翌年6月頃まで週1−2回のバトナージュと、並行してウイヤージュ(目減りの補充)も行われる。マロラクティック発酵は「テロワールの性格を表現したいから」という理由のもとに極力回避する。SO2添加は1回目のバトナージュ以降様子を見ながら行うが約25mg/Lがマックスである。新樽比率は20%、300Lと600Lのトノーの他に、シガー型というラグビーボール様の横長の樽を使用する。シガー型のメリットは、澱、空気との接触面が広くなることで、これは彼が考案しタランソー社に特注で作成させたものだ(シガー型は現在他のドメーヌでも採用されており、彼のこのような発案は樽にとどまらず、トラクターなど多岐に渡っている)。こうして約12―15ヶ月の熟成を経て瓶詰めされるのだが、清澄は行わず、濾過のみ瓶詰め前に軽く行われる。「感性のワイン造り」等と評される彼のワイン造りだが、白ワインにおける除梗、木樽発酵・熟成、柔軟なSO2添加等を実行に踏み切る勇気に、まずは感服する。

 ところで彼はかのアンリ・ジャイエ氏とボルドーの白の魔術師、ドゥニ・デュブリデュ教授にワイン造りの教えを乞うたらしいが、彼らから得たものを尋ねてみた。

デュブリデュ氏は教授だからね、技術的なことは彼から学んだよ。でもアンリから学んだことは哲学。ワインを造ること、畑で働くことの哲学をね」。その素っ気ないほど簡潔な答え方に、「これは話すと最も長くなる話だから、中途半端に言いたくないんだよ」という彼の言外の思いがちらりと見える。

シレックスの畑と、表土を覆うシレックス。母岩は赤色粘土で、表土にあるシレックスの成分は雨などの浸食作用によって母岩に吸収される。熱を蓄え、放熱する作用もある。 クロ・デ・カリヴィーエールの区画。クロによって完璧に外部から隔絶された区画。


テイスティング

 今回は瓶詰めされた2001年をテイスティングした。テイスティング銘柄は以下(テイスティング順に記載)。

 

オン・シャイユー(En Chailloux)

シレックス(Silex)

ビュイッソン・ルナール(Buisson Renard)

ピュル・サン(Pur Sang)

 

 かーん、と来る。ミネラルと酸の純度の余りにもの高さに、だ。この純度の高さの前には、かなりの格のワインも凡庸に感じられるかもしれない(シレックスはこの日高貴なワインにありがちな閉じた姿しか見せてくれなかったが、やはり純度の高さは尋常ではない)。この日最も多彩な姿を見せてくれたピュル・サンは前述のミネラルと酸の種類が最も複雑でまるみを感じ、そこに気品のある白桃のアロマや、樽由来の心地よい苦味とほんの少しのヴァニラが綺麗な余韻を形成している。そして2001年の彼のワインに共通して言えることは非常に長い熟成を要するミレジムになるであろう、ということだ。

 

C‘est la Vie (それが人生ってもんだろう)

 「興味のあるワイン?そりゃ全部飲んでみたいさ」。あっさりとこう答える彼が実際新しい動きを起こしているのはサンセールと(平地のプイィから丘のサンセールへの挑戦か?)、そしてジュランソンである。なぜジュランソンを?と尋ねると、逆に「Pourqoi Pas?どうしていけないの)?ジュランソンのこと知ってる?」と聞き返された。

「今まで辛口のワインを造ってきたから、今度は最高の甘口を造ってみたくなったんだ。ジュランソンは最高のVin de Liqueur(甘口ワイン)になる可能性を秘めている。数週間前から畑を買っているよ」。

 そこでモトクロスレーサーであった彼が故郷に帰り家族や親戚の側でヴィニョロンとして再出発した理由を尋ねると「C‘est la Vie (それが人生ってもんだろう)」。さらにしつこく「ではこれからも変わり続ける可能性が?」と聞くとまたもや「Pourqoi Pas(どうしていけないの)?」。それは私達にとっては残念なことだからです、と答えると少し嬉しそうに笑った。

 彼に「なぜ?」の質問をするとすぐにこの「Pourqoi Pas(どうしていけないの)?」が返ってくる。それはもっと考えてから質問しな、とも取れるし、「なぜ?」に捕らわれない彼の自由な行動力の表れにも感じられる。

 事務所の壁には「シレックス」の字を冠したキューバの革命家、チェ・ゲバラのポストカードが貼ってあった。「好きだったんでね」とのことだったが、革命家でありながら自由人であり、未だに根強い支持者を持つチェ・ゲバラと、70年代のフラワー・チルドレンのような風貌を持つディディエ氏。自由を愛し、好奇心を瞬発力で満たしてしまうところは似ているのかもしれない、と言ってしまえばこれもステレオタイプの分析か。

これが幻のキュヴェ、アステロイドのラベル(フラン・ド・ピエを使用)。年間生産500本。ちなみに2000年の価格はドメーヌ直買で435ユーロである、、、。 ご本人。1995年度フランス犬ぞりチャンピオンでもある。