DART et RIBO 〜天才的マイ・ペース〜

(Croze−Hermitage 2002.7.18)



 

 ジャーナリスト嫌い。すなわちダール・エ・リボに関しては余りにも資料が少ない。アポイントを取るために電話番号を調べるのも一苦労だ。しかし意外にアポイントはすんなり取れ、タン・エルミタージュの駅まで迎えに来ていただいた。カーヴまでの道はクローズ・エルミタージュの畑を抜ける道を選んでくれ、アプリコットの果樹園に興味を示すと車から降りてもいできてくれる。案外気さくではないか。

 しかしカーブに入り説明が始まった時に写真を撮っていいですか?と訪ねると、表情が急に険しくなり「Non」。試飲と質問は3時間以上に及んだが、最初の1時間は時折厳しくなる表情に緊張した。ましてやそんな彼に「ところであなたはダールさんですか、リボさんですか?」と聞くことは非常に勇気が要る。

 ちなみに今回案内していただいたのは、フランソワ・リボ氏だ。

  

テイスティング

 テイスティング銘柄は、以下。(2001年の白は全てアッサンブラージュ前。赤は7/8からの1週間の間にアッサンブラージュを終えたところだったので、2001年はキュヴェ・ド・プランタン以外試飲していない)

白ワイン

*クローズ・エルミタージュ 2001

(アッサンブラージュ前の2種類のキュヴェ、VAとCarriere:樹齢60年。クローズ・エルミタージュ ブランのパーセルは3〜4カ所あり、パーセル毎に醸造。マルサンヌ1/3、ルーサンヌ2/3)

*サン・ジョゼフ 2001(樹齢50年。ルーサンヌ100%)

*サン・ジョゼフ ピトロ 2001(樹齢10年。ルーサンヌ100%。完璧な南向きの区画で、花崗岩土壌。平均生産量は1000本/年だが2001年はピトロとして瓶詰めしない

*クローズ・エルミタージュ 2000

*サン・ジョゼフ ピトロ 2000

赤ワイン

*クローズ・エルミタージュ キュヴェ・ド・プランタン 2001(シラー100%。クローズ・エルミタージュの中の若い樹齢の区画と平地。3月に瓶詰めされた早く楽しめるタイプ)

*クローズ・エルミタージュ 2000(シラー100%。樹齢15−50年。3つのパーセルよりなる)

*サン・ジョゼフ 2000(シラー100%。樹齢45−50年。2つのパーセルよりなる)

*クローズ・エルミタージュ パーセル名不明 2000

*エルミタージュ 2000(樹齢10−100年以上。基本的にはシラー100%だが、VVはタンニンがしっかりしているので、セパージュ・ブランを混ぜることもある。平均収量15hl/ha。平均生産量は2000本/年

*クローズ・エルミタージュ 1989

 ダール・エ・リボは、フランソワ・リボ氏とルネ=ジャン・ダール氏が1980年より共に立ち上げ、1984年よりドメーヌとして発足した。現在の栽培総面積は8ha。

 低収量、遅い収穫、除梗はしない(収穫後白は小さなカゴで運び丸ごと破砕、赤の除梗もドメーヌ発足以来減らすことを心がけた一方、熟した茎の風味も生かすため醸しは長くなった)。木製の開放槽或いはステンレスタンクで一次発酵後、赤は主にトノー(600L)でエルヴァージュ(バリックの新樽は2−5%)、白はトノーとバリックの新樽(5%)でエルヴァージュする。清澄を行う場合はカゼインでごく僅か、濾過は一切行わない。またSO2は使用しない。白にルーサンヌをより多く用いるのは、ワインにフィネスを与えるためである。

 

 クローズ・エルミタージュ ブラン 2001年はアッサンブラージュ前の2種類のキュヴェだったが、特にミネラルが顕著だ。若い樹齢のパーセルのキュヴェにはミネラル由来の苦みも感じられるのだが、古い樹齢になるとミネラルの純度がはっきりと増す。

 サン・ジョゼフ ピトロ!2001年はピトロとして瓶詰めしないと言うが、その言葉に彼らがピトロに求めるレベルの高さが現れている。既にヴュー・コンテやホワイト・チョコのような乳製品にある旨みや、ナッツの香ばしさに溢れており、ダール・エ・リボの真骨頂である美しいミネラルが底辺に常に感じられる(彼らにとってのお気に入りのピトロは1996年、次に96年よりややグラな1997年らしい)。

 瓶詰めされた クローズ・エルミタージュ ブラン 2000は、みかんの缶詰のような懐かしい甘酸っぱさとミネラルが香りに溢れているのだが、面白いのは口に含んでからだ。味、質感とも変化がめまぐるしく実に多様。リボ氏はこれをアペリティフにどうか、と言うが「これをアペリティフにしたら、後が続かないじゃないか」と反論するとそれもそうだ、と「一応」マリアージュを提案してくれた。ポワロー葱を添えたコキーユ・サンジャックだそうだ。少しパスリヤージュしたワインのようなヴォリュームがあることに関しては、この年は一つのパーセルのキュヴェがアルコール度数15,5%まで上がったことが原因ではないかとのことだった。

 そしてサン・ジョゼフ ピトロ 2000年。このピトロを飲んで初めて彼らがなぜ2001年はピトロとして瓶詰めしないかが理解できる。焼き栗からマロン・グラッセまで、ほっこりと懐かしく甘い香りに、新鮮なオレンジの果樹をぎゅっと絞ったかのような美しいさん、そしてグラなほどに滑らかなミネラル。口に長く含むほど噛めるようなヴォリュームが増していく。少しピノ・デ・シャラントに共通したような香りと甘さもある。喉の奥に残る、甘やかな余韻。小さなテイスティング・グラスの中でどんどん変化していく様もチャーミング。この日の朝の抜栓らしいが、栓を開けてくれたことに感謝する。

 「早く飲めた方がいいでしょ」という泣ける(?)心配りで造られたクローズ・エルミタージュ ルージュ キュヴェ・ド・プランタン 2001年は、ガリーグ、オリエンタル・スパイスといったローヌ味に加えてはっきりとブラック・オリーブの風味が入っていて、これがなかなか心地よい。

 クローズ・エルミタージュ ルージュ2000年とサン・ジョゼフ ル2000年を飲み比べると、性格の差がはっきりして面白い。前者には漢方薬のような甘いスパイスや、既に鉄のニュアンスのある赤身肉、麝香など動物的な要素が現れてより開いた印象があるのに対し、後者はリボ氏が言うように口の中に残るタンニンがより長く、ブラック・ペッパーに代表されるような辛味が印象的だ。

 しかしエルミタージュになって、彼らの赤の印象は一変する。このまま「旨み系」でレベルを上げていくのかと思いきや、雑味を潔く切り捨てて、そこにあるのは研ぎ澄まされた質の高いミネラルと、土、フローラルな香水。レベルの高いピュアは美しい。彼らの他の赤とも、今まで飲んだエルミタージュとも違う。エルミタージュに究極の形があるかと尋ねられたら、私は自信を持ってこの日飲んだエルミタージュを答える。これは「一点」を捉えている。脱帽。

 最後にブラインドでクローズ・エルミタージュ 1989年をテイスティングした。皮や、イチジク、黒いサクランボや中国茶。むれた熟成感は官能的だ。しかし色はまだ十分に濃く、黒いスパイスや酸味、旨みのあるタンニンにはこれからも発展していく力を感じる。まさか80年代のものとは思わなかった。カーヴという最高の条件の下だが、SO2を使わないワインの熟成能力を目の当たりにした思いだ。

 ちなみにリボ氏が現在最も欲しい区画は、エルミタージュ・ブランだそうだ。

 

フランソワ・リボ氏

 リボ氏の空気が変わる瞬間がある。私のフランス語が下手だから聞き取りにくい、という理由だけでは無い。こちらの態度が不明瞭なのだ。それは「なぜ、こいつらはここまで来たんだ?」という純粋な疑問に繋がる。

 「この人は人を見る人だ」。直感的にそう感じた。気が抜けない。誠意が無いのは勿論、誠意が伝わらない時(その誠意に意味がなかった時)、時間の無駄と感じた時、彼は即座に試飲を打ち切るだろう。テイスティング毎に口笛を吹きながら次のボトルを取りに行く。次に彼が戻ってきた時は手ぶらで「まだ、いたの?」と言われるのではないかと冷や冷やする。

 しかし同時に従業員に「ペトロ、飲む?」と勧めている様子や、時間と共にジーンズからシャツが出ていく風情は、「理系の天才肌教授」の雰囲気なのだ。自分の聖域では周りを気にしないマイ・ペース。こう書くと両者に怒られるかもしれないが、かのニコラ・ジョリィ氏もやはりタイプは違うが「理系の天才肌教授」風だ。

 「なぜ、ここに来たのか?」それは訪問者に向けられる疑問だが、常に自分が関わる「なぜ」を明確にしていく。ワインを造る、サービスする、立場は違っても同じカーヴで試飲をするなら「なぜ自分はここで試飲しているのか」。それが明確でないと向き合えない。

 彼らのカーヴに何人の今まで日本人が訪れたのかは知らないが、印象に残っている日本人はリボ氏にとってたった3人であるようだ。しばし反省。でもカーヴを出てタン・エルミタージュの町に戻った時には反省も薄れ、もう一度彼らのワインを飲みたくて、町唯一であろう(?)ワイン・バーで彼らのワインをオーダーした。完全に彼らのワインに、リボ氏のペースに巻き込まれてしまった。ワイン・バーの人が「ダール・エ・リボ知っているの?」と少し嬉しそうに聞いてきた。