EGLY−OURIET 〜衝撃のバレルテイスティング〜

(Ambonnay 2002.11.13

 

 

 もし一生の間に1本だけしかウルトラ・ブリュットのシャンパーニュを選べないとすれば?私は迷いなくエグリ・ウーリのノン・ドゼ(Non Dose)を選ぶ。初めてこのノン・ドゼを飲んだ時の驚きは忘れられない。ぬめるような輝きを持った銘刀。驚異的な滑らかさと奥行きを持ちながら微塵も余計な甘さが無いその味わいは、まさにそんなイメージだった。

 念願の訪問が叶った訳だが、ミシェル・エグリ=ウーリ氏にまず尋ねられたことは「なぜ私達のメゾンを取材先として選んだのか?」。私の語学の拙さもあり(それ以上に私の言葉の中に彼にとっての「決め手」がなかなか見つけられなかったのかもしれない)、私は「私にとってのエグリ・ウーリ」を30分近く彼に説明する羽目に陥った。その中で話がノン・ドゼに及んだ時に彼がさらりとこう言った。「ノン・ドゼはドザージュを必要としないほどの良い年にしか造ることはできないからね(*注)」。なるほど、そういうことか。コマーシャルな「超辛口」とは全く違うスタンス。彼のこの一言が既にこのメゾンの意志の強さを物語っている。

 

(*注)ノン・ドゼ自体にミレジメ表示は無い。

 

醸造とテイスティング

メゾンの周りに広がるアンボネイの畑。

 「多くの味をワインの中に閉じこめる為には?その為には出来る限りワインに干渉せず待たなければなりません。ひんやりとした環境で時間を貪らすのです。例えば私は濾過をしません。なぜなら醸造段階ごとに濾過をした方が醸造は遙かに早く進みますが、味を閉じこめることは出来ないからです。小さなメゾンだから可能なことも多いでしょうけれどね」。新樽を含むバリックが所狭しと並ぶカーヴでの会話は、こんな風に始まった。

 

 1900年にミシェルの祖父によって始められたエグリ・ウーリは現在8haの自社畑の大部分をモンターニュ・ド・ランスのアンボネイに、残りをヴェルジィとヴェルズネイに持つ。

 醸造に関してはミレジメとヴィエーニュ・ヴィニュは微酸化を促すためバリックで発酵(ヴィエーニュ・ヴィニュの一部はホーロータンク)、その後バトナージュを行い、翌春5月頃まで安置する。「古い樽は落ち着いた良い味わいをワインに与えるが微酸化の能力が落ち、また酵母の働きの低下をもたらす。よって酵母の良い風味も引き出しにくくなる」という見解に基づき、バリックは新樽から4年物までを用いている。その他のキュヴェはパーセル毎にホーロータンクで一次発酵、マロラクティック発酵を行う。アッサンブラージュ後はノン・ミレジメで平均4年以上、ミレジメに関しては平均5年以上の瓶内熟成を行うが、これは法的規制の約倍の期間に匹敵する。またノン・ミレジメのアッサンブラージュには約50%のヴァン・ド・レゼルヴを使用する(大手シャンパーニュ・メゾンのヴァン・ド・レゼルヴの比率は20−30%)。なお瓶内熟成期間とデゴルジュマンの行われた年・月は、バック・ラベルに「最高に熟した葡萄でテロワールを表現するために」の言葉と共に記載されている。ざっと簡単に列挙したが、少しでもシャンパーニュの醸造を知っている人ならば、これらの行程がいかに贅沢なものであるかは簡単に理解できるだろう。

 そこで、今回は樽に入ったのピノ・ノワールとシャルドネ(ともにミレジム VV)、そしてホーロータンクに入ったピノ・ノワール(VV)とシャルドネを試飲した。そして特にこの樽からの試飲は電撃が走るほどに衝撃的なものだったのだ!

 「あなたの試飲はヘンですよ、グラスを回しもせず、ましてや口にも付けずどうやってこのワインを判断するのですか?」。グラスを手にして硬直している私に、ミシェル氏は言った。違う、違うのだ。時々香りが余りにも素晴らしくてなかなか飲むという行為までに行き着けないワインに出会うことがあるが、目の前にある生まれたてのワインはまさにその感覚なのだ。テイスティングの一連の作業に入ることが出来ない。本当にうっすらと桃色に濁ったワインから真っ直ぐに立ち昇ってくる香りは、剥いただけで汁が滲み出てきそうな完熟した白桃の香り。続いてオレンジやグレープフルーツ様の柑橘類と、マンゴスティンのような純粋な白い果肉の香り。ピノ・ノワールからの白い果汁はこんな姿になるのかと唖然とする。グラスを回すとそれらの香りが絵に描いたように立体的になり、口に含むと清らかな酸味と共にそれらの味がぴちぴちと弾け出す。

 シャルドネにもグレープフルーツの果房の中にあるあの一つ一つの小さな粒が目に見えるような、新鮮な甘さと酸味があり、香っただけで口の中に唾液が湧いてきそうである。そして口に含むと純粋なミネラルと旨味。セラーの中に設置してあるハエ除けの蛍光灯から数匹のハエが離れて、グラスに吸い寄せられてくる。2匹ほどがグラスの中に落ちた。蛍光灯などに惑わされないハエの気持ちが分かるってものだ。

 「確かにこの試飲はあなたにとっては少し混乱するものかもしれませんね。でも私達にとってはそれぞれのピノ・ノワールを赤、白、ロゼ、どのように表現するのが最適か、また同じ白い果汁でもそこにどのようにピノ・ノワールとシャルドネの個性を見出すのかは、当然のことなのです」。確かに。そして私はそのようなテイスティング能力に欠けている。しかしこれらのキュヴェがとてつもなくブドウの力が凝縮した素晴らしいものであることは十分に理解できるのだ。

 

参照:エグリ・ウーリで生産しているシャンパーニュは以下(ミレジメは2002年12月現在)。

キュヴェ・ブリュット ノン・ドゼ グラン・クリュ アンボネイ

ブリュット・トラディション グラン・クリュ

ブリュット・ロゼ グラン・クリュ

ブリュット・ブラン・ド・ノワール キュヴェ ヴィエイユ・ヴィーニュ グラン・クリュ

ブリュット・キュヴェ・スペシャル グラン・クリュ アンボネイ

ブリュット・ミレジメ 1995 グラン・クリュ アンボネイ

コトー・シャンプノワ・グラン・コート 1998(赤ワイン)

 

「ドミニク・ローラン・セレクション」のバリック。ドミニク・ローラン氏の協力を得て造られるコトー・シャンプノワは稀少。かつ品質は「シャンパーニュでは敵なし(ベタンの評価より抜粋)」。 訪問した日はバトナージュ初日だった。

 

アペリティフに

ボトルに入ったブリュット・トラディションを試飲しながらこのシャンパーニュに合う食事を尋ねると、あっさりと「アペリティフに」、という答えが返ってきた。しかしこのブリュット・トラディションにもエグリ・ウーリ特有の密度の濃い滑らかさがあり、一般のスタンダード・シャンパーニュとはやはり一線を画している。これなら食事とも楽しめると思うのですが、と言うと「魚等の軽い料理だと良いかもしれませんが、ソースを使った料理になるとスティル・ワインの方が良いんじゃないですか?フランスではやはりシャンパーニュ自体がアペリティフに位置していますしね。それに良いアペリティフは後の食事も美味しくしますよ」とまたもあっさりと切り替えされた。シャンパーニュの販促のために食事とのマリアージュを提唱しているシャンパーニュ委員会や大手メゾンが聞いたら、泣き出しそうな答えである。そしてこの品質にして「シャンパーニュ自体はアペリティフ」と言い切ってしまう潔さ。格が違う。

ところで今回の訪問に至るまで、エグリ・ウーリとのアポイントを取ることは非常に難航した。断られるのではない。誰も電話に出ないのだ。そのことを言うと、「ああ、良くあることです。皆忙しくしているので、誰も電話に気付かないのですよ」と事も無げに言われた。この品質を維持するということは、全てがこういうことなのだ。

 

お父様、ミシェル氏。

4代目は息子さんのフランシス氏。