Domaine Mathilde et Yves GANGLOFF
〜艶めかしいラベル。その中身は?〜

 (Condrieu 2003.4.28)

 

 

 

官能的で何か言いたげな裸婦のラベル。ドメーヌ・マチルド・エ・イヴ・ガングロフのボトルは一度見ると妙に気になって仕方がない。サロンなどで彼のブースを見つけ、そのワインを試飲する。グラスから立ち昇ってくるのはラベルに共通する天然の官能。そこでボトルを買い求めようとパリのワインショップを巡る。だがこれが意外に見つからないのである。

見つからないはずである。彼が所有する畑はコート・ロティに約3haとコンドリューに約2ha。そこで行われる超低収量(コート・ロティで約20hl/ha、コンドリューで約30hl/ha。その僅かなコンドリューはギガルにも売却している)。しかも彼のワインの販売先は殆どが従来の顧客。訪問時、セラーに2000年ミレジムのストックは既に無く、2001年ミレジムは予約制であった。

加えて資料も少ない。「フランスでも知る人ぞ知る」彼のワインに関して書かれたものはパーカーの非常に好意的な文章くらいで、こちらも意外に見つからない。

手にも入らず正体も定かでない官能に捉えられるということは、なかなかやっかいなものである。

 

 

官能的なガングロフのラベル達。芸術家であるイヴの1歳年上のお兄さん画。 上左より

コンドリュー 
コート・ロティ ラ・スレンヌ・ノワール
(La Sereine Noir)

右は コート・ロティ ラ・バルバリンヌ
(La Barbarine)


 

ドメーヌ・マチルド・エ・イヴ・ガングロフ

 

 アルザス出身でギターをこよなく愛したイヴ・ガングロフ氏が奥様マチルダさんと恋に落ち、この地に来たのが25年前。彼女のドメーヌを引き継ぐ為のドラス・フレールでの修行の後、自らのドメーヌを立ち上げ、同時に新しく植樹も開始したのは1984年のことである(ちなみにこの年は息子さんが誕生した年でもある)。現在生産しているワインはコンドリュー、コート・ロティ ラ・バルバリンヌ(La Barbarine、ノーマル・キュヴェ。10%ヴィオニエ)、コート・ロティ ラ・スレンヌ・ノワール(La Sereine Noir、スペシャル・キュヴェ。100%シラー)だ。

 凝縮された自然な味わいや彼自身の風貌からか(?)「ビオ」のイメージの強い彼のワインだが、「ビオは理想的だが実質一人で労働しているので、急斜面の畑で100%ビオに移行するには完全な人手不足」という理由から、現時点で彼が採用しているのはリュット・レゾネ(厳密な減農薬)である。

 そして醸造においては「力よりもエレガンスを見出したい。その為にはとにかく時間をかけてじっくりと味を引き出す」という姿勢が貫かれている。コート・ロティは50〜100%の除梗を行った後、パーセル・樹齢ごとに一次発酵、熟成を行うのだが、一次発酵では「不自然で過剰な抽出を避けるため」にピジャージュは行わず、3〜4ヶ月かけてルモンタージュのみを行う。また樽熟成期間にはゆっくりとした微酸化を促すために澱引きは行わず、クリカージュを採用している。その後キュヴェはアッサンブラージュされ、さらに熟成させられる。

彼の名を最初に高めたコンドリューにいたっては、キュヴェの仕込みは収穫日とその貴腐の割合によってさらに細分化され、2002年の最も収穫の遅かったもの(10/5収穫。50%〜100%の貴腐ブドウを含む)は訪問時、その高い糖度と自然に任せたゆっくりとした発酵ゆえ、まだ一次発酵が終了していなかった。

勿論これらの手法はミレジムによって変わる(彼曰く「全てのルセットは僕の頭の中さ」)。2002年のような困難なミレジムではさらなる低収量に加え、コート・ロティにおいては100%の除梗を行い(通常20%は果梗が入っている)、セニエも行った。結果生産量は例年の40%減となったが「収穫後の予想に反して2002年の熟成状況は順調」であるという。実際2002年のミレジムを樽から試飲をしてもこのミレジムに見られがちな青臭い薄さは全く無い。それでもこれらのキュヴェが通常通りのカテゴリーで瓶詰めされる可能性は現時点では少ないようだ。

「天然の官能」が溢れた味わいは、選ばれたブドウのポテンシャルが十分な時間や厳しいセレクション、加えて適切な近代的手法によって最大に引き出された結果、生まれた一つのスタイルであるようだ。

 

テイスティング

 

 今回のテイスティング銘柄は以下(バレルテイスティングにあるパーセル名はテイスティング欄最後にあるの(追記)を参照してください)。

―バレル・テイスティング(2002年)―

*コート・ロティ

@    テュパン由来。樹齢の若い(8−12年)のもの。10%ヴィオニエ。

A    テュパン由来。樹齢の若い(8−12年)のもの。100%シラー。

B    テュパン由来。樹齢40−50年のもの。100%シラー。

C    コート・ロジエール由来。平均樹齢40年のもの。100%シラー。

D    @とAをアッサンブラージュしたもの。

E    AとBをアッサンブラージュしたもの。

     コンドリュー

@    ボネット由来。9月瓶詰め予定のマロラクティック発酵がほぼ完了したもの

A    ボネット由来。20−25%の貴腐が付いたもの。マロラクティック発酵途中

B    コート・ド・チェリー由来。10/5摘み(2002年で最も遅い収穫)で50%の貴腐が付いたもの。一次発酵途中

C    コート・ド・チェリー由来。10/5摘み(2002年で最も遅い収穫)で100%の貴腐が付いたもの。一次発酵途中

―ボトル・テイスティング―

@    コンドリュー2001年

A    レ・ヴァンダンジュ・ド・ノエ(Les Vendanges de NOE Condrieu) 2001年

 

 困難な2002年ゆえ、彼自身もアッサンブラージュの時期と方法を試行錯誤中であるが、土壌と樹齢、ヴィオニエの有無の違い(必要性)を知りたい、という我々の希望より以上のようなテイスティングとなった。

 最も印象的だったのはテュパンの圧倒的な生カシスに対する、コート・ロジエールの濃厚な湿ったスミレと「血」っぽい鉄。教科書のような土壌の違いである。

またコート・ロティのD(テュパンの樹齢違いをアッサンブラージュしたもの)にはアッサンブラージュすることによって生まれる、新しい個性が確かにある。それは古い樹齢だけのものよりも遙かに良い意味で頑なに閉じており(アッサンブラージュのショックもあるのかもしれないが)、還元香が強いものの、ワインの品格に直結する「余韻」は、はっきりと複雑性が増す。

コンドリューの遅摘みに関しては「貴腐は糖度だけでなく、酸度も凝縮させる」と言う彼の言葉通りに、そこにあるのは完熟したパイナップルを干したような、脳天級(?)の甘味と跳ねるような酸味の粒。グレープフルーツの瑞々しい苦味。これらの要素がマロラクティック発酵までを終えてワインに溶け込んだ姿を、まずは見てみたい欲求を抑えるのは、かなり難しい。

 

(追記)

イヴ・ガングロフ氏の所有するパーセルは以下。 

―コート・ロティ―

* コート・ロジエール(Cote−Rozier):アンピュイ(注)のLieu−dit(区画)。平均樹齢40年。雲母混じりの片岩はワインに鉄のニュアンスや筋骨を与える。

* テュパン(Tupins):テュパン・セモン(Tupins−Semons)のLieu−dit(区画)。樹齢8〜50年。花崗岩はワインにアロマとエレガンスを与える。

―コンドリュー―

* コート・ド・チェリー(Cote de Chery)

* ボネット(Bonnette)

ともに母岩には粘土が混じる、花崗岩主体。ワインにミネラルとグラ(濃厚さ)を与える。

(注)コート・ロティの丘は大きくサン・シール・シュル・ル・ローヌ(St.Cyr Sur le Rhone)、アンピュイ(Ampuis)、テュパン・セモン(Tupins−Semons)に別れる。有名なLieu−ditが集中するのはアンピュイである。

 

レ・ヴァンダンジュ・ド・ノエ(Les Vendanges de NOE Condrieu)

 

これが遅摘みで造られた「NOE」2001年。「NOE(ノエ)」は聖書にある、あの「ノアの方舟」にちなんだ名前である。「畑を守ってくださる」という思いが名前に込められている。

 ところで入手が困難なガングロフのワインに「更なる幻」がある。それがレ・ヴァンダンジュ・ド・ノエ(Les Vendanges de NOE Condrieu)である。過去には1997年と2001年があるのみだ(それぞれたったの1〜1,5樽!)。このワインは最良の貴腐の状態で遅摘みが可能なミレジムのみに生産されるのだが、2001年は収穫時(11月初旬)の糖度が460g/Lに昇ったという(醸造後の最終糖度は170g/L)。試飲は開栓後4日目であったが、美しい貴腐香や輝くような蜂蜜香はもちろんのこと、新樽の風味が綺麗に溶け込んだホワイト・チョコのような旨味が非常に印象的。ねっとりとしたミネラルと、強くは無いが奥に潜むドライ・アプリコットのような酸味。静かに長く響く余韻。「熟成したこの地方のシェーブルと良く合うよ」とは彼の言葉だが、熟成したシェーブルのねっとりとした旨味を思い出すだけで、このワインの旨味がまた倍増する。次のミレジムは?それは天候という神様のみ知る、である。

 一方コンドリューは残糖度の規定が幅広すぎる(2−200g/L)ため消費者に混乱を与えているのではないか、という危惧が彼や所謂「甘口コンドリュー」を造る生産者達の間に生まれており、現在コンドリューの新しい規定を作る動きが彼ら自身によって生まれているようである。

 

 

 

 

 

中国!?

 

イヴ・ガングロフ氏。抱いている犬の名前は「ZEN」。日本のあの「禅」にちなんで、である。

 彼のような風貌の人が(失礼?)何を次に目論んでいるかは非常に興味のあるところだ。そこで「今、他にワインを造って見たい土地は?」と尋ねるとあっさりと「アンダルシア」(!)という返答が。アンダルシアと言えばシェリーだが、標高の高い地(5―800メートル)には「次なるプリオラートとなるポテンシャル」があるのでは、と彼は言う。意外な返答に面食らっている私達に「でも中国北西部もいいかも」。中国!?「娘(21歳)が5年ほど留学していてね。どうも面白そうなんだよ」。そういうことか。

奥様との劇的な恋愛、芸術家のお兄さん、中国にいる娘さん。カーヴに響くドラムは息子さんが別室で練習中のものである。田舎の村には珍しい、なかなかアバンギャルドな一家である。しかしワインの風味を生み出すのは伝統と、同時に「偏見を捨て、囚われないこと」と私自身は信じている。彼とその家族が自由人である限り、彼のワインの今後はますます楽しみなのである。