GATINOIS  〜手作業の理由〜

(Ay 2002.8.6)

 

 日本でRM(レコルタン・マニピュラン:ブドウ園元詰め)のシャンパーニュが注目されるようになった発端とも言える、あるインポーターの試飲会で初めてガティノワのシャンパンを飲んだ。個性豊かなシャンパーニュ・メゾンを比較していく中、ガティノワの印象は「ピノ・ノワールの艶」。生のすもものようなつるりん、とした滑らかさ。芯には厚味のある酸味。興味深い。

加えてガティノワはAy(アイ)にメゾンがあるという。アイ村。ピノ・ノワールに適していると言われる地。ワインを覚えようとしていた時に「アイ」という単純な名前は、何となく心惹かれる名前だった。訪問の動機が2つ揃った。

 

コンパクトな作業場

ラベル貼り機。本当にこの1台でOKらしく、又故障知らずらしい ドサージュ機

 ガティノワに行く途中、憧れのアイの村を通り抜ける。私は正直に言うと車窓から畑を見て品種を言い当てることなど出来ない。たとえそれが土地柄「三択」くらいに品種が限られていても、分からない。しかしアイの村の畑は(当然ながら)「ピノ・ノワール」の土地だった。モンターニュ・ド・ランスの丘とマルヌ川に挟まれた完璧な南向きの斜面は、コート・ドールを思い出させる。いかにも「ピノですよ」と言わんばかりの風情。そしてガティノワはこのアイの丘陵に7,2haの畑を所有しており、その畑は更に27のパーセルに分かれている(平均26アールという小ささ。その中でシャルドネのパーセルは2つ。最も古いパーセルの樹齢は現在56年。平均樹齢20年)。このメゾンのアイにおける歴史は17世紀に遡るが、徐々により良い区画を求めて少しずつ買い集め、植え替えた結果の数字である(一つ一つの区画に思い入れのある名前が付けられている)。又ガティノワは一部のブドウをボランジェに売っている。ガティノワのシャンパーニュを飲むと、ボランジェがブドウを買うことは納得できる。

 迎えていただいたのは、てきぱきと陽気なピエール氏。まずはセラーに案内していただく。

 作業において、ガティノワで一貫しているのは「手作業」。セラーを入ってすぐに、ラベル貼り機、少し離れてドサージュ機、栓打ち機、栓打ちしたコルクの頭の形を整える機械が続いてある。それらの機械は一連のベルトコンベアではなく、それぞれが独立しており、どの機械も一人でしか使用できない小さなもの。どれも使いこなれており、特にスペアは無いようだ。どのようにこれらは使われているのだろう?また、シャンパーニュにおいて旧式にも見えるこれらにこだわるメリットは何なのか?

栓打ち機 栓打ちしたコルクの頭の形を整える機械

 ラベル貼り機の前には、見たからに「片手間の仕事の途中」という様子で、4ケースほどのラベルを貼られたボトルが並んでいた。実際畑仕事から戻ってきた空き時間等に、めいめいがラベルを貼っているらしい。「手で貼れば6週間かかる仕事が、機械では6日でできてしまう。それじゃ失業者も出ちゃうからね」。

 そして、ドサージュ機。驚いたのは澱抜きに冷却法を用いず、これも手作業らしい。もちろん熟練を要する技術だ。ルミアージュを終えた瓶を斜めにし、瓶に上がってくる空気で頃合いを見計らいながら、「ここぞ」というタイミングで一気に抜く。その時の音が「(勢いよく)パッフ!」だとそのボトルは良好、「(元気なく)プス」は除外するボトルとなる。つまり品質チェックも兼ねているのだ。そしてすかさずドサージュ、続いて栓打ち。

 「新しい機械を導入する気持ちも予定も無いよ。これで困っていることは無いし、1本ずつ手に取ることは大切だ」

 そのドサージュの量だが、ガティノワは非常に少ない。ブリュットで6g/L(規定の最下限)、ドミ・セックで15g/L(規定外?)。またロゼにブレンドする赤ワインの量も少なく、6g/L(平均は10−12g/L)。そして醸造において樽を使用しない。過剰な樽香を好まないからだ。これらの選択は、アイのピノ・ノワールのポテンシャルを尊重した結果である。

 ちなみに畑仕事も当然全て手仕事。その様子は「ガーデニング」に近いらしい。

 

 

テイスティング

 ガティノワで造っているシャンパーニュ、ワインは以下の6銘柄。

 グラン・クリュ トラディション・ブリュット(ピノ・ノワール 90%、シャルドネ10%。3年熟成)、グラン・クリュ トラディション ドミ・セック(ブリュットと同じセパージュ)、グラン・クリュ ロゼ・ブリュット、

グラン・クリュ レゼルヴ・ブリュット(同じパーセル内でよりテロワールを表現できるもの、すなわちよりよい箇所とより樹齢の古いブドウからのキュヴェを熟成させたものをブレンド)、グラン・クリュ ミレジメ・ブリュット(限ミレジメは1997年)、コトー・シャンプノワ・ガティノワ「アイ・ルージュ」(良作年のみ生産。限ミレジメは1997年。アイのコトー・シャンプノワは愛好家に人気が高い。ガティノワのコトー・シャンプノワは「Chauffour」と言う、「オーブンの中にいるみたいに熱い!」とアイっ子に言わせてしまうパーセルから収穫されるピノ・ノワールから造られる。除梗後、低温マセラシオンと一次発酵ののち、手作業によるルモンタージュと樫樽での熟成、卵白による清澄)。

 今回テイスティングした銘柄は以下。

*グラン・クリュ トラディション・ブリュット

*グラン・クリュ ミレジメ・ブリュット 1997年、1996年

*グラン・クリュ ロゼ・ブリュット

 

 まずグラン・クリュ トラディション・ブリュットだが、日本で試飲した時同様、すもも様の厚味のある酸味。ピンクのサクランボやグミ。バゲットの皮の芳ばしさ。非常に細かく洗練された泡なので、口の中で広がり喉を落ちるまで、一貫して心地よい。

 次にロゼ。これは小さな実の赤系果実が、ぴちぴちと弾け出てくるよう。しかし口に含むとガティノワの特徴とも言える、艶やかさと滑らかさが印象的。時折ロゼ・シャンパーニュに見られる、嫌味な甘さや苦さが全く無く、毅然としたロゼだ。

 最後にグラン・クリュ ミレジメ・ブリュット 1997年と1996年だが、前者の味わいはグラン・クリュ トラディション・ブリュットの延長上にあるのだが、後者は1996年が傑出した年だったと思わせる、別の世界を作り出している。既に白トリフ様の熟成香が出始めており、ホワイト・チョコ、白コショウや、ドライフルーツが入ったクッキー、その後にショウガなどのオリエンタルなニュアンスへと変わっていく。口に含むとピノ・ノワール由来のふくらみがあるが、味わいはあくまでもドライ。最初のアタックから余韻まで酸の伸びも良い。1996年はガティノワが誇るミレジメだが、もう一つガティノワにとって偉大なミレジメを選ぶとすれば「完璧なバランス」という点で1990年らしい。

 

 樽の使用、過剰なドサージュを行わずとも(しかしノン・ドサージュに関しては、ピエール氏は「商業的だ」と否定的)、アイの優れたパーセルのブドウの力を信じることで滑らかさやふくらみが十分に表現できることが、ガティノワのシャンパンを試飲してみてよく分かる。

 そこでアイのピノ・ノワールの特徴をピエールに聞いてみた。

「果物に例えるなら洋梨のような白い果実や、黄スモモ、そして黒いサクランボ。アイのピノ・ノワールは力強さに加え、エレガントです」。また、もし他に畑が買えるなら、と言う質問には「クラマン。ミネラルが素晴らしい。でも高すぎるね」。

 アイの艶やかさを表現することに成功しているガティノワだ。クラマンのミネラルをどう表現するかは、一シャンパーニュ好きとして興味はあるのだが。

 

ご夫妻とそのシャンパーニュ

にっこり

訪問の最後にご夫妻の写真を撮らせてください、と頼むと「ワインスペクテーター」ばりのポーズで決めてくれた。冒頭に書いたレコルタン・マニピュラン系の試飲会の為に、二度ほど来日しているらしく、楽しそうに「寿司」の話をし、日本人の名刺は既に3センチほどの厚さになっている。小規模な生産者と会った時にしばしば感じる、少しとんがったところやシャイなところ(個人的にはそれらが魅力的なのだが)は、無い。陽気でオープン。

それらは彼らのシャンパーニュにも表れている。こだわりの手作業を経たそのシャンパーニュは、アイの恵まれた資質を素直に丁寧に表現している。ラインナップも堅実だ。シャンパーニュをある程度飲み込んでいる人達からは確実に高い評価を得るのではないだろうか。決してハメを外さず、過激にはなり得えない。ご夫婦に経済的なことも含めて「余裕」が見えるように、そのシャンパーニュにも良い意味で、完成された余裕を感じる。