Domaine GITTON Pere et Fils 〜愛すべき、サンセール〜

(Sancerre 2002.12.13)


 

 

樽が並んだカーヴが妙に似合う、パスカル・ジットン氏。

 パリに「Le Petit Bar a Vin(小さなワインバー)」という、月刊の日本語ワイン情報誌(フランスでおそらく唯一定期刊行している日本語ワイン情報誌である)があるが、その12号で「ソーヴィニヨン・ブラン対決」なる企画が組まれており、ディディエ・ダグノーや、バロン・ド・Lが並ぶ中、ダントツの票を得ていたのがこのドメーヌ・ジットン・ペール・エ・フィスであった。

余り馴染みの無かったこの名前を調べていく中で、このドメーヌは「パーセル毎の醸造」をサンセールで実行に移したパイオニアであり、一方最近では2002年版ベタンで「1999年、そして2000年は乳酸が目立ちアロマの純粋さに欠け、(中略)従来のスタイルに戻って欲しいものだ」という理由の下、1つ星から星無しに降格していることもわかった(そして2003年ではついにベタンより姿を消した)。

ベタンの星に関する憶測はここでは避けるが、短期間にこうも両極端の評価を耳にすると気になるではないか?

 

ドメーヌ・ジットン・ペール・エ・フィス

 ドメーヌ・ジットン・ペール・エ・フィスは1945年、現当主パスカル氏のお父様、マルセル氏が始めたドメーヌである。ドメーヌ発足当時は1,5haだった畑は、パスカル氏の代になり順調に拡大し、現在ではサンセールとプイィ・フュメ、プイィ・シュル・ロワールに約36haを、また1989年以降南西地方・ベルジュラック地区のコート・ド・デュラにも13haの畑を取得している。

 しかし着目すべきは闇雲に畑を増やしたのではなく、各「クリマ」、つまり土壌の多様性に注目してパーセルを選び、かつその多様性をワインの個性として反映させるために個々に醸造を始めたということである。

 畑仕事にはビオロジーを採用し、自然の状態で糖度が規定アルコール換算数に達するまで、決して収穫を行わない。よって収穫日は遅めでかつ収量は抑えられ、選果レベルも大変厳しい。また生産可能なキュヴェの数は30近くにも上るが、以上の理由でミレジムによって生産されるキュヴェはかなり限定される。

 

テイスティング

 ステンレス・タンクと膨大な樽に仕込まれた2002年のワインのテイスティングを進めていくうちに、全く同じキュヴェでも樽毎に味がかなり異なることがあるのに気が付いた。そのことをパスカル氏に言うと、なんとジットンではパーセル毎の醸造はもちろんのこと、必要と思われる時には、接ぎ木、樹齢の別も分けて仕込むというのだ。さらにキュヴェによるが、Vin de goutte(引き抜きワイン)とVin de presse(圧搾ワイン)の別、それらの違いに応じて使い分ける樽の種類の別(使用年数、同じ樽会社でも数種の木を指定)など、これは果てしない風味の足し算とかけ算である。

 まだ発酵段階のものもあったので断定は出来ないが、2002年のキュヴェに関しては一通り試飲したところ、ベタンが指摘したような欠点は現時点では特に見られず(これは想像だが、ベタンに指摘されたミレジムでは一部で予定外のマロラクティック発酵が起こってしまったのではないのだろうか?)、むしろキュヴェ毎に個性の異なる果実味があり、それらに伴って変化する酸味・甘味はソーヴィニヨン・ブランらしく非常に溌剌としたものだ。そして何よりもジットンのワインで魅力的なのは土壌を反映したその多様なミネラルだろう。これらの要素がワインとしてどのように洗練されていくかが楽しみである。

 ところでジットンが造るサンセールのスペシャル・キュヴェには「レ・エルゼ・ドール(Les Herses d‘Or:シレックス土壌)」、「ヴィーニュ・デュ・ラレイ(Vigne du Larrey:石灰質土壌)」、「ガリノ(Galinot:シレックス土壌)」「キュヴェ・マリー・ローランス(Cuvee Marie Laurence:シレックス土壌。亡くなった奥様の名前を冠したワインで、良昨年のみ生産される)」があるが、もし1本選ぶなら思わず顔がほころぶような芳醇さを持つキュヴェ・マリー・ローランスも捨て難いが、個人的にはガリノの持つ余韻の力強い美しさを選びたい。

 ガリノは僅か0,8haのパーセル(高度230メートル、傾斜度25度)にある平均樹齢40年以上のブドウで、新樽で年によるが約1年間熟成させる。瓶詰めされた2001年は、トップノーズにフローラル系の香水、続いて熟成した葡萄由来の蜂蜜、新樽由来の適度なヴァニラやキャラメル等の後に、サンセールらしい海を感じさせる凝縮された滑らかなミネラルがぐっと上がってくる。味わいも香りと比例しており、口当たりの滑らかさと生き生きとした酸味がバランス良く心地よい。だが何よりも印象的なのは、その余韻だ。甘味のヴォリューム、ミネラル、酸からなる余韻はゆっくりとフェイドアウトしていくのではなく、力強く上昇していく。優れた生産者が「ワインのボディは醸造力で造り出せても、余韻を造ることは出来ない。葡萄とテロワールによるものだ」と言うのを幾度か聞いたことがあるが、ガリノの余韻はその言葉を十二分に思い出させてくれる。

 

愛すべき、サンセール

 サンセールとプイィ・フュメプイィの違いを尋ねると「サンセールが余りにも好きなので、サンセールを客観的に言うのはかえって難しい。プイィ・フュメの方は、より時間がかかり、滑らか、かつ繊細だけれど力強いワインと言えるかな」という答えが返ってきた。パスカル氏にとってサンセールとは長所・短所も含めて丸ごと愛している、文字通り子供のようなものなのだろう。そして「子供のようなサンセール」であるがゆえにまた、小さな可能性も見逃さないという結果(先述の細かい種類別の仕込み等)に繋がるのではないだろうか?

 ところで余談だが、パスカル氏は日本の暦を愛用しているようだ。どこまで厳密に採用しているかは分からないが、大切なアポイント時には理想は大安がベスト、そして友引くらいまではOK、という風にである(私の訪問日が何だったのか、気になるところである)。大きな体に似合わない、可愛らしい(すみません)気遣いや心配性な性格は訪問を通して彼の言動に見ることができ、その性格はきっとワインにとっても嬉しい方向に反映されているのに違いない、と感じられるのであった。