Domaine Henri GOUGES
〜ニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュの主張〜

(Nuits―Saint−Georges 2002.10.31)

 

 

 ギレーヌ・バルト(シャンボール・ミュジニィ)、ミクルスキ(ムルソー)、ドメーヌ・ジェルマン(ボーヌ)。私が訪れた数少ない生産者の中で、同じ村名アペラシオンの中に複数のプルミエ・クリュを持つ秀でた生産者達。彼らのワインを飲んだ時、資格取得の勉強などで机上の知識でしか無かった個々のプルミエ・クリュ達が、何故個々であるかということが目・鼻・口といった感覚を通して鮮明に浮き彫りにされる。同時に彼らがその微少なテロワールの自由な一表現者であることも、頭での理解ではなく体で理解することになるのだ。そして今回訪れたドメーヌ・アンリ・グージュでの試飲も、まさに嬉しい驚きを伴った理解を飲む者に与えてくれるものだった。

 

各プルミエ・クリュの個性とは?

 「ヴォーヌ・ロマネ側からプレモー・プリッセ地区にまで及ぶニュイ・サン・ジョルジュの土壌は基本的に粘土石灰ですが、ヴォーヌ・ロマネ側とサン・ジョルジュ地区の間を流れる川の働きによってその混じり方が違います。ヴォーヌ・ロマネ側がやはりヴォーヌ・ロマネにより近い性質を持つのに対し、サン・ジョルジュ地区は粘土石灰がより複雑に混じった土壌で、それはワインにニュイ・サン・ジョルジュらしい力強い骨格を与えます」。

 醸造担当クリスチャン・グージュ氏の説明はニュイ・サン・ジョルジュの大まかな土壌の説明で始まり、その説明は「私達のワイン造りとは、最終的に自然な形でブドウと働くことに尽きる」という彼らのポリシーへと展開していった。「醸造に関しては説明するほど複雑なことは何もありません。自然、それは土とクリマですが、それらのお陰でブドウがある。私達の仕事は土とブドウの調和を見出すことです。過剰な醸造学や技術は必要ありません」。

 現在アンリ・グージュはピエール・グージュ氏が栽培を担当し、クリスチャン・グージュ氏が醸造を担当している。そして彼らの言う「自然な形でブドウと働くこと」であるが、彼らはビオを謳わずとも有機栽培を実践しており、月の満ち欠けを利用した醸造過程は「醸造というより、まずはブドウを休ませ後は自然に委ねていくだけ」という言葉通り、驚くほど無干渉主義である(*注)。そこでクリスチャン氏は自分の畑の特徴をどのように捉えているのかを質問してみた。以下がクリスチャン氏の答えだ(畑名は北から南に記載。( )内は平均樹齢と地区名。地図を持っていらっしゃる方は地図と一緒に読んでみてください)。

 

     Les Chaignots(レ・シェニョ:ヴォーヌ・ロマネ地区。樹齢25年)

まさにヴォーヌ・ロマネとニュイ・サン・ジョルジュの間の性格。女性的で滑らかな果実味とエレガントなタンニンによる肌理の細かさ。

     Les Pruliers(レ・プリュリエ:ニュイ・サン・ジョルジュ地区。樹齢10−70年)

ミネラルと、若い時のアロマは野生の果実。凝縮度やタンニンの質は最もクロ・デ・ポレと似ているが、より骨格がしっかりしているためにややタンニンが隠れて感じる。

     Clos des Porrets−Saint−Georges(クロ・デ・ポレ・サン・ジョルジュ:一級畑Les Poiretsの中の区画。ニュイ・サン・ジョルジュ地区。樹齢15−70年)

最も土のニュアンスがありタンニンも強く感じられるが、そのタンニンの性質は滑らかで女性的なもの。

     Les Vaucrains(レ・ヴォークラン:ニュイ・サン・ジョルジュ地区。樹齢10−70年)

所有する畑の中では最も女性的。若い時には口の中に新鮮な喜びを与える。熟成するにつれ複雑性に富み、レース様のきめの細かさを持つ。

     Les Saint−Georges(レ・サン・ジョルジュ:ニュイ・サン・ジョルジュ地区。樹齢15−70年)

グラン・クリュに匹敵する複雑性を持ち、エレガンス・個性・深さ等がより際立っている、すなわち全ての要素において、「より豊か」。若い時は黒系果実がはっきりと感じられ、タンニンには乾いた感じや厳しさが全く無い。

     Chaines−Carteaux(シェーヌ・カルトー:ニュイ・サン・ジョルジュ地区)

他の畑と比べ砂が多い土壌なので、若いうちから飲める滑らかさがあるが、単調になる傾向もある。

 

 樹齢に関してのクリスチャン氏の意見は「樹齢の高い木は確かに小さくて凝縮された素晴らしい実を付けるが、それだけでワインを作ると力強くなりすぎる。同じ畑に樹齢のごく低い木と高い木があるのが理想的」というものだった。

 驚いたことが2点ある。一つはこのコメントはテイスティングの後に聞いたものだが、後で自分のテイスイティング・コメントと照らし合わせて、その特徴が見事に合っていたこと。そしてもう一つはニュイ・サン・ジョルジュ地区において各クリュの風味が、レ・ポアレとレ・カイユの間を通る小道を挟んで前者を「骨格のニュイ・サン・ジョルジュ」、後者を「フィネスのニュイ・サン・ジョルジュ」と乱暴に分けることは出来ても、想像以上に複雑に変化するということだ。「私達の仕事は土とブドウの調和を見出すことです」というクリスチャン氏の言葉は、ワインの中で見事に昇華していた。

 

(*注)

赤ワインの一次発酵は炭酸ガスを閉じこめるために密閉型セメントタンクを利用。マセラシオン・フロア、窒素ガス注入などは行わず、「ブドウを休ませ」、ブドウ由来の酵母が自然に働き始めるのを待つ。熟成庫は温度調節されていないために年間を通して最高で4−5度の温度変化があるが、温度が緩やかに上昇する春から夏にかけてはワインにとっての「成長期」、秋から冬は「冬眠期」であり、結果2回の「冬眠期」と「成長期」を経てキュヴェによるが3−4月にかけて瓶詰めする。ワインに酸素を与えるために熟成期間中に2度澱引きするが(約8ヶ月目と瓶詰め前の春)、清澄、濾過は一切行わない。澱引きや瓶詰め等の作業の時期を決定するのには、月の満ち欠けを利用する。

 

テイスティング

 テイスティングは2001年のバレル・テイスティングと、瓶詰めされたニュイ・サン・ジョルジュ クロ・デ・ポレ・サン・ジョルジュ 1999年だった。2001年に関してはクリスチャン氏曰く「ピノ・ノワールの特徴が良く出ているという意味で、完璧な年。特に酸とタンニンのバランスが良いですね。そしてそのタンニンですが乾いていたり重すぎたりということが無いので親しみやすく、レストラン等でのサーヴィスもしやすいのでは。色も綺麗にでています」。

 大体のテイスティング・コメントは前述のクリスチャン氏の説明と重複するので省略するが、最も印象的だったのはヴォークラン 2001年のバレル・テイスティングだった。真っ先に飛び込んでくる香りは、黒に近い赤いバラの厚味のある花びら。続いて黒系果実や、黒コショウ、丁字、微かなシナモンといった甘苦みのあるスパイス、将来黒トリフやタバ、紅茶に変わりそうなしっとりとした土の香り。微かな麝香の色気。それらが重みを持たず、いれたてのカフェのように鼻孔をくすぐりながら立ち昇ってくる。熟成後の姿を考えるだけで腰にきそうなニュイ・サン・ジョルジュだが、あくまでも軽やかで品を失わない。素晴らしい。

ニュイ・サン・ジョルジュというアペラシオンの中で比べると女性的なキュヴェもあったが、テイスティングを通じてそこには常に男性的な土のニュアンスがあり、またアンリ・グージュのワインに共通する朴訥な強さと色気、そして繊細さが絶妙に溶け込んだ味わいには、これが男性の手によるワインであることを不思議と感じさせられるのだ。

 

訪問を終えて

強面だが、なかなか気配りの人である。

 既にニュイ・サン・ジョルジュで複数の優れた畑を所有するアンリ・グージュであるが、クリスチャン氏に「手に入れたい畑」を尋ねてみた。その答えは、ニュイ・サン・ジョルジュ レ・カイユ、シャンボール・ミュジニィ、その中でも出来ればレザムルーズ、そしてヴォルネイ。理由は一貫して「非常にフェミナンであり、繊細さを表現できるから」。クリスチャン氏の年齢は不詳だが、少なくとも40歳は悠に越えているだろう。醸造家だけでなく、料理人、数多くの芸術家達が年齢を経るに連れて力より繊細さの表現を選ぶ傾向があるのは興味深い。

 またこのレポートを書くにあたりアンリ・グージュというドメーヌを調べていくうちに、彼の祖父でありドメーヌの創始者であるアンリは、ブルゴーニュにおける「生産者元詰め」のパイオニアであり名声を博したが、息子の代になり一旦はその名声も地に墜ちたという事実を知った。不勉強な私は現在クリスチャン氏とピエール氏によって立て直されたアンリ・グージュのワインと出会い、その素晴らしさに打たれ今回の訪問を単純に決めたわけだが、今のアンリ・グージュのワインに出会えたことに感謝すると同時に、ワインとの出会いのタイミングの幸運・不運は時代という自分の力ではどうしようもないところにもあるものだ、と深く感じ入ってしまった。