Domaine du GROSNORE 〜バンドールの新しい形〜

 (Bandol 2003.3.23)

 

 

 

 バンドールにまさに「昇り調子」の生産者がいると聞いた。そのドメーヌとはアラン・パスカル氏によるドメーヌ・デュ・グロ・ノレだ。

農協にワインを販売していた彼が「バンドールで自分の理想のワインを追求する」と決意して自らのドメーヌを立ち上げたのは1997年。ここまでは力のある生産者によくある話だが、以前はあのピブランノやオットにブドウを納めていたというのだから聞き捨てならない。加えて2000年ミレジムはバンドールのコンテストで優勝し、最近ではLa Revue du Vin de France(商業主義とも批判はあるが、フランスで最も権威のあるワイン雑誌である)のトップページにも特集されている。

訪問した我々の期待とは裏腹に、出会い頭の彼は非常に疑心暗鬼にであった。訪問を承諾したものの、インポーターでも無い我々が一体何の為に来たのだろう、「私のワインを」知りに来たのか、それとも単なる日曜日の朝の暇潰しか?そんな感じで、全く乗り気ではでない。いきなりピジャージュの話をし始めた彼に私がうっかり「足踏みですか?」などと口を滑らした時には本当に不快そうに「冗談はやめてくれ」と一言。久しぶりに会う、警戒心の強い生産者だ。

 

グロ・ノレの栽培と醸造

 

 ドメーヌ・デュ・グロ・ノレはラ・カディエール・ダジュールという町から2km程離れたラ・サン・ボーヌ山脈を臨む丘にある。海沿いからせり上がるようにあるバンドールの生産者の中で比較的高い標高130mに位置し、11,6haの畑の土壌は粘土質主体である。ここで植えられているのが赤はムールヴェードル(樹齢30年以上)、グルナッシュ(一部樹齢60年以上)、サンソー、カリニャン、白はクレーレットとユニ・ブランだ。適用している農法のカテゴリーはリュット・レゾネというが、実際は除草剤や農薬は使用していない。

特筆すべきはその収量の低さと、糖度の基準の高さだろう。「ムールヴェードルの可能性を信じている」と言い切る彼は、収量を30hl/haにまで抑える。これはバンドールの規制である40hl/haより更に10hl/ha低い。また全てのブドウが高いレベルで同じ糖度であることが重要であると考えている彼は、未熟はもちろんのこと過熟も嫌い、「一点の」完熟したブドウのみを収穫、そして更に醸造前に選果する。

そしてこの糖度の基準の高さを保つために、彼はグルナッシュより遅く成熟するムールヴェードルは可能な限り収穫を遅らせるのだが、この「遅摘み」を可能にしているのが、彼の所有する斜面が「北向き」である、と言う事実だ。太陽に恵まれ過ぎたこの地の南向きの斜面で同じことを行えば、それらが酸や骨格を持たない甘いだけのワインに仕上がってしまうことは明白であろう。彼曰く、「素晴らしい畑で取れた素晴らしいムールヴェードルには醸造上のテクニックなどいらないさ」。

そこでその醸造であるが、一言で言うと「完璧主義者の丁寧さ」である。除梗の実施はミレジムによるが、一次発酵はコンクリート、合成樹脂、ステンレスで行われる。これらは全て「畑やブドウの成熟度にあった発酵を行いたい」という考えからであり、彼の判断の基、異なる個性のものは全て別々に醸造し、彼の満足したキュヴェのみをアッサンブラージュするという徹底ぶりである。その後新樽を含むフードル(大樽)で18ヶ月熟成させるのだが、アッサンブラージュも色々実験中らしく、我々の訪問時にも同じミレジムでありながら異なる味わいのフードル別の試飲可能だった。カーヴは小さいながらも清潔かつしっかりと投資されたもので、そこには妥協が全く無い。

 

テイスティング

 

 今回のテイスティング銘柄は以下(アペラシオンは全てバンドール)。

白:2001、2002(瓶より)

ロゼ:1999〜2002(瓶より)

赤:

1999(瓶より)

2000(瓶より)

2001(樽より2種類)

2002(樽より)

 

 グロ・ノレのワインを一言で言うことは非常に難しい。ミレジム毎に余りにも風情が異なる。当然あるであろうミレジムの個性に加えて、彼の試行錯誤と進化がそこに加わるからであろう。しかしこの一定感の無さは嫌ではない。そして真骨頂はやはり赤だ。

 「熟成するにつれてムールヴェードルの個性が強く出る」という言葉通りに、1999年に感じるのはジビエを連想させる動物臭、黒コショウなどのスパイシーさ、細かだが力のあるタンニンといった熟成の始まった典型的なバンドールである。しかし彼の知名度を上げるきっかけとなった2000年には若いバンドールによく見られる固いスパイシーさはなく、あるのは丁字などの黒く甘いスパイス、ローズマリー、かすかなカフェ、まるで熟したカベルネ・フランのようなプルーン香、煮詰めたジャム状のカシスや、熟したブラック・チェリー。そこにアニョーの脂が焼けたような焦げ臭が加わりこの地らしい旨味も感じられる。タナンの質も非常に細かでポテンシャルが感じられるものだ。2000年は後5年は待ちたいと思われるワインだが、同時に従来のバンドールには無い果実味のニュアンスや、1999年とは余りにも違う熟成のペースに驚かされる。

 また樽からの2種類の2001年は、それぞれ個性は違っても余韻にあるのはまるで北ローヌのシラーのようなグラン・マニエ様の柑橘類。そして2002年に至ってはまるでコート・ド・ニュイや北ローヌのような性格、つまり若いジュヴレイ・シャンベルタンにあるような濡れたスミレや、ヴィオニエの特有の甘さを感じるコート・ロティなどが感じられ、戸惑う。いやはや、全く同じ人の手によるものとは思えない多彩な顔を見せるバンドールなのである。

 秀でた生産者のワインと出会った時、良い意味で自分のアペラシオン観というのが覆されることがある。グロ・ノレもまさにその例なのだが、この興味ある不定形はどのような方向に進むかによってはまだ手放しで喜ぶことはできないようだ。しかしバンドールの「新しい形」がこの決して大きくないドメーヌで生まれつつあることは断言できるだろう。

 

ジビエを、チン!

 

構えないでください、というと照れ隠しにドメーヌの前にある山の説明を始めたアラン・パスカル氏。

 ところで最初は全く歓迎されなかった我々の訪問だが、ワインを愛する心がお互い違う立場ながら通じたのか、後半は結構良い雰囲気に。赤の垂直が終わりにさしかかった頃になり、彼のワインと合う料理について尋ねると「ジビエかな。昨夜の夕飯でよければ暖めてくるから一緒に試してみて」。

 そう言い残すとそそくさと彼はその場を去り、代わりに隣の部屋から聞こえて来る音は電子レンジの「チン!」の音である。しかも非常に細かい間隔の「チン!」。あの疑心暗鬼だった彼が「チン!」だなんて嬉しすぎる。そして出てきたリエット状のイノシシを食べてみてあの細かい間隔の「チン!」の理由がよくわかった。凄く適温なのだ!続いて出てきたリエット状の山シギも同様、とにかく適温。聞けばこれらのジビエは彼の手で仕留めたものらしい(仕留めていいのか、山シギ?)。リエットの味といい、温度といい、彼はワインだけでなく食べるものの味を大切にする人なのだと実感する。

 ところで肝心のワインとのマリアージュだが、昼にレストランを予約していたにもかかわらず、我々の誰もがセーヴ出来なかった、というところでお察し頂けるだろうか?