Raymond DUREUIL―JANTHIAL 〜優しき、父〜

( 2002.8.14)

 

 

上のラベルがドメーヌ・レイモン・デュレイユ=ジャンチアル。下はヴァンサン・デュレイユ=ジャンチアル

失礼なことをしてしまった。アポイントを取るためにベタンを眺めていたのだが、DUREUIL―JANTHIAL(デュレイユ=ジャンチアル)の名前を見た瞬間に、ヴァンサン・デュレイユ=ジャンチアルと思いこんでしまったのだ。ベタンに掲載されており、私が電話をかけたのは、ヴァンサンの父、レイモン・デュレイユ=ジャンチアル。

 ノース・バークレイ社の「バレル・セレクション」で、一躍シャロネーズのスターの一人となった息子ヴァンサン氏(リュリー・ブラン 1995がアメリカで「ベビー・モンラッシェ」と呼ばれたり、彼の躍進ぶりは各紙の評価が物語る)の元には、取材の申し込みが引きを取らないようだ。だから私が電話した時も父・レイモン氏は「ヴァンサンじゃないのですか?」と聞いてくれたのにもかかわらず、思いこんでいるとは恐ろしい。「ヴァンサー?」と聞こえ、何のことかは分からないがとりあえず時間のことだろうと大きく勘違いし、「3時です」ときっぱりと答え、レイモン氏の一瞬の沈黙を無視して、電話を切ってしまったのだ。

 当日セラーの前でレイモン氏と会い、「私のセラーで良いのですか?」ともう一度聞かれて初めて、事情が呑み込めたのである。申し訳ない。ヴァンサン氏は畑仕事に出るのか、作業車を出しているところで、まずは私の失礼な勘違いを詫びてレイモン氏のワインを試させていただくことにした。

 

 

醸造

 ドメーヌ・レイモン・デュレイユ=ジャンチアルでは5,3haの畑を所有し、平均35,000本/年を生産する。現在同じセラーを、ヴァンサン氏と分けて使用している。レイモン氏のワインの輸出量は生産量の10%なのに対し、ヴァンサン氏は90%。「日本のインポーターからも『もっと輸出してください』っていわれているんだけれど、ウチは小さいからねぇ」とあくまでも控えめである。

畑での仕事は除草剤を使わず、全て手作業である等、あてはめるとすれば、リュット・レゾネ。空気圧を利用した破砕機で優しく破砕後、一次発酵は木製の開放槽(6000L)で約15日間行い(木製だと発酵温度が35度まで上がり、赤においては色素やタンニンの抽出を助ける)、後発酵、熟成はピエス(新樽比率はキュヴェにより20−30%)で最高2年行う。清澄、濾過は行わない。

彼のセラーを見学した後、同じセラーの別区画にあるヴァンサン氏のセラーも見せていただいた。ヴァンサン氏の方が新樽の使用比率(50−60%)が高く、入った瞬間に明らかに白っぽいピエスがより多く目にはいる。入り口には小さな台があり、その上には「レヴュ・ド・ヴァン・ド・フランス」「ワイン・スペクテーター」などヴァンサン氏に対する各紙の記事が綺麗にファイリングされていた。それらをめくりながら説明してくれるレイモン氏。「息子自慢」という感じは全く無く、一人のヴィニョロンとして純粋に息子の仕事を誇りに思っていることが静かに伝わってくる。

ところでデュレイユ=ジャンチアル家はリュリィに代々続くヴィニョロンだが、何代目なのかと尋ねると「わからない」とのことだった。というのも13−14世紀にヨーロッパに蔓延したペストは、このリュリィの村にも容赦なく襲いかかった。その時リュリィの村では12家族しか生き残らなかったそうである。その家族の1つがデュレイユ=ジャンチアル家なのだ。それ以降彼の家系はリュリィで代々ヴィニョロンとして歩んできている。

 

空気圧を利用した破砕機 木製の開放槽
セラーにある、プライヴェート・ストック 年季を感じるセラーの天井。きらきらと光っている

テイスティング

今回のテイスティング銘柄は以下。(全て瓶詰めされたものをテイスティング)

(白)

リュリィ 2000

ピュリニィ・モンラッシェ プルミエ・クリュ シャンガン 1999

ピュリニィ・モンラッシェ 1997(新樽比率60%)

(赤)

リュリィ 1998

メルキュレイ 1999

 

 まずリュリィ ブランだが、白桃などのチャーミングな白い果実が香りには顕著。リュリィらしい軟質のミネラルや、フレッシュな酸。少し粉っぽい感じがあるが、これが旨味に繋がっている。

 ピュリニィ・モンラッシェは、村名の1997が理想的なシャルドネの熟成過程の中にあり大変楽しむことができた。バター、ノワゼット、蜂蜜、アーモンド、白コショウ等が次々に出てくる。飲むとしっかりとした酸、ミネラル、ピュリニィらしい辛味があり、乾いた感じが全く無く、艶やかで伸びがある。時々1997年産のものに見られる平坦さは見られない。

 リュリィ ルージュは甘草や良質なスミレが素直に表現されており、好印象。

 最後にメルキュレイは、ブドウの風味と樽の風味(焦がし)のバランスがぴたりと決まっている。香り、味わいの中に常にイチゴのタルトのような、チャーミングな甘酸っぱさと芳ばしさがある。

 

 シャロネーズのやる気の無いワインを飲んだ時に非常にがっかりすることがあるが、ドメーヌ・レイモン・デュレイユ=ジャンチアルのワインはそういったシャロネーズと好対照だ。このワインの密度は丁寧に造られたワインならではのものだ。

 ベタンを除き殆どのワイン各紙の目は今やヴァンサン氏のワインに注がれており、その事実はヴァンサン氏のワインを飲んだ時に理解できる。ヴァンサン氏のワインは「流行の濃さ」の一歩手前で止まっている。誰にでも「美味い!」と言わせてしまう秘密の一つはこの「一歩手前」の中に、シャロネーズのテロワールをぎゅっと詰め込む余地があるからだろう。その加減のセンスはやはり世界的レベルだ。

 一方レイモン氏のワインは、そういう動きは息子に任せて、「顔の見える消費者」のために真面目にワインに向かっているような印象を受ける。ブルゴーニュを飲んでほっと一息つきたい時には、私はレイモン氏のワインを選ぶだろう。

 

優しき、父

 

この笑顔。恐縮です、、、

ヴァカンス・シーズンの真っ最中だというのに、レイモン氏は足早に働いていた。アポイントを取っていた私達の前後にもワインを買う客のグループがいた。レイモン氏は全く一人でセラーでは彼らに試飲させ説明をし、製品として完成されたワインをストックしているセラーへと移動し、注文のあったワインを計算し、そして梱包していた。その様子にはフランス人にありがちな、待っている身にとってはイライラするような緩慢さも無ければ、忙しいがゆえに態度が尖ることもない。時々「待たせてゴメンネ」と言わんばかりの困った顔をこちらに向ける。それは私達にだけでなく、他のグループにもそうだった。

:ジャンチアル家の猫。ジャンチアル家は数少ない猫派?

 

その忙しい中、写真を撮らせてください、と頼むと少し困ったような顔で「にこっ」。

 

 

 最後に帰ろうとする私達を「ちょっと待って」と引き留め、「みんなで飲んでください」と手土産のワインを2本も渡された。私の失礼なアポイントから始まり、最後の最後まで頭が上がらない。

 後日手土産の1本、メルキュレイ 1998を自宅で一人で飲んだ。その味わいは再び彼の優しさを思い出させ、思わずメルシ、とつぶやいた。