Jean Tardy
〜次世代の挑戦〜

(Vosne−Romanee 2002.5.2)

 

 

 

 私が初めてジャン・タルディの「ヴォーヌ・ロマネ レ・ショーム」を飲んだのは8年以上前だと思う。まだ「フィネス」いう言葉が本の上での言葉に終わっていた頃に、彼のレ・ショームの1989年を飲んで「これがフィネスのあるワインか」となぜか納得した。「フィネス」という言葉のイメージが、私にとってはそのワインの中で初めて体現されたのだ。

 それ以降思い入れもあり毎年のように試飲してきたが、ここ数年スタイルが変わってきたように感じられた。従来のフィネスを保ちながらも、凝縮した旨みがそこに加わっているようなのだ。そして今年、ブルゴーニュで行われた試飲会で彼の1999年、2000年を試飲する機会があり、その疑問は確信となった。

「やはり何かが変わっている!」

 

2001年 バレル・テイスティング

畑でエブルジュナージュをしてきたばかり、とセラーに駆けつけて来てくれたのは、試飲会場でも会ったジャン・タルディの息子、ギローム。現在は彼が仕事を任されている。2001年のキュヴェは1月にマロラクティック発酵を終え、澱引きは9月まで待つ予定である。

 

ニュイ・サン・ジョルジュ

 平均収量 40hl/ha

ブラック・チェリーの凝縮した甘い香りと、肉をグリエしたようなこうばしい香り。旨味が綺麗に甘みと重なっており、酸味も美しい。ブラインドで飲んだらヴォーヌ・ロマネと言ってしまいそう。

 

ヴォーヌ・ロマネ ヴィノー

 平均収量 40hl/ha

 レ・スショの下にある区画より造られる

グロセイユ、フランボワーズ、イチゴのチャーミングな香りがはじけ出る!切り花でない、野性味のあるバラ。黒いスパイスも軽く感じられる。甘みが十分にのっていて、酸、樽からくる上品なグリエや、質の良いタンニンの苦さと呼応している。熟成してこれらがこなれるのが楽しみ。きちんと造られたヴォーヌ・ロマネならではの複雑性。

 

 午前中エブルジュナージュを終えた、ギロームの手

ニュイ・サン・ジョルジュ オー・バ・ド・コンブ

 平均収量 40hl/ha

 平均樹齢 50年

 ブドウは極力小さく、凝縮した実の状態で収穫する。これはどんな木でも効果的なわけではなく、樹齢の高い木には有効であるらしい。後述のレ・ブドも同様。

赤系ベリー、ミネラル、鉄、肉とオークのグリエ等の複雑で力強い香りが印象的。味わいは香りのイメージ通りで、特に酸の美しさは際だっている!ニュイ・サン・ジョルジュの力強さとヴォーヌ・ロマネの複雑さを併せ持ったキュヴェ。

 

ヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュ レ・ショーム

 平均収量 40hl/ha

濃厚なベリー、心地よいオークのグリエに加え、ミルキーな感じや、マサラ・ティー様のオリエンタルな香りがあり、ヴォリュームがたっぷりしている。ベリーの甘みやポテンシャルのあるタンニンにより肉付きの良い印象があるが、同時に芯の通った美しい酸もあるので重くならず、余韻も長い。非常に魅力的。

 

ュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュ レ・ブド

 平均収量 40hl/ha

 平均樹齢 70年

カシスのリキュールや、熟したブラック・ベリー。オークのグリエ。ローリエのグラな感じと、粒の黒こしょうやクローヴ等の黒いスパイス。セップ茸様の土の香り。非常にリッチで複雑な香り。糖度が抜群にのっていて、細かく豊かなタンニン、酸のポテンシャルの高さと共に、ニュイ・サン・ジョルジュとは思えないレベルに達している。余韻も非常に長い。

 

クロ・ド・ヴージョ

 平均収量 35hl/ha

 グラン・エシェゾーに近い区画。

火打ち石と、ミネラル。ビロード様の花びらを持った新鮮な赤い薔薇。ブラック・ベリー、カシス、ブラック・チェリーの熟した香りや、オリエンタル・スパイス。心地よいグリエ。香りでまずうっとりし、その後口腔で香り通りの味わいが、噛み応えのある質感と共に再現されて、またうっとり。複雑性のある余韻が非常に長く続く。

 

ニュイ・サン・ジョルジュ 2000(瓶より) 

バナナ様のエステル香が出てきており、魅力的なベリー、黒いスパイスがそれに続く。タンニンの細かさと豊富さが際だっている。上品な甘みと滑らかな酸。口の中での柔らかな膨らみ方は、やはりニュイ・サン・ジョルジュというより、ヴォーヌ・ロマネのそれに近い。

 

 

テイスティングを終え、ワインのスタイルに以前と比べ変化を感じることを述べると、待ってましたとばかりにその変化をいつから感じるのかを尋ねられた。97年くらいから、と答えると彼は顔を輝かせた。

 というのも1997年は、彼がボーヌやディジョンで醸造学を学ぶ傍ら、ドメーヌの仕事に本格的に参画した年なのだ。

また90年代から実験的に剪定の方法を変え始めている。つまり一般的なギュイヨでは発芽前に入れ替え用の枝と、その年に実を付ける枝をまず選ぶ。そして入れ替え用の枝には2つ、実を付ける枝に6〜8つの芽を残す(タルディでは6つ)。しかし新しい方法では2本の枝を選び、1本には2つ、もう1本には3つの芽を残す。こうすることによって、果実はより凝縮された味わいになるというのだ。レ・ショームは1997年からこの方法で剪定されており、他の畑はこの2通りの剪定が行われている。

 剪定法だけではなくエブルジュナージュ、フォイヤージュ、ヴァンダンジュ・ヴェールも、彼の参画後より厳格なものとなっている。実際タルディのワインに感じた変化は、「自然な凝縮感」であり、特に新樽の印象が強くなったとか、重くなった等という類のものではない。醸造はごく伝統的である。これらの畑での作業が確実に味わいに反映されており、それは平均収量から想像するよりも遙かに凝縮感があるものだ。

 しかしレ・ショームやクロ・ド・ヴージョも見事だが、彼のワインでアペラシオンを越えた実力を見せつけるのは、やはり樹齢の高い畑で作られた2つのニュイ・サン・ジョルジュだろう。彼自身ジビエと合わせたいワインは自分のニュイ・サン・ジョルジュと言うし、この2つのニュイ・サン・ジョルジュをブラインド・テイスティングで正解するのはかなり難しいだろう。

 

ヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュへのこだわり

 

ギローム本人。熱い。

 一つ一つの樽が愛おしくて仕方がない、という様子で説明をしてくれるギローム。そこでもしもう一つ畑が手にはいるとしたら、どの畑が欲しいですか、と尋ねてみた。

「ヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュ!」真っ先に答えた後、「でもシャンボール・ミュジニィも捨て難いし、ジュヴレイやニュイ・サン・ジョルジュも欲しいな」とまるでプレゼントを迷う子供のように顔をほころばせていたが、最後に真顔に戻り「やはりヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュです」ときっぱりと答えた。

 ジャン・タルディが生産するヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュは、レ・ショームのみだが、この畑はメオ・カミュゼと分益小作で契約しており(メオとの契約条件は、収穫の50%をメオに納めるというもの。他にはレ・ブドやクロ・ヴージョがそうである)、その契約は2007年で終了する。つまり2008年以降彼がレ・ショームを生産するためにはメオから買い取るか、新たに契約し直すしかない。しかし、圧倒的な経済力があり、分益農法の契約を終わらせる方向に進んでいるメオにとって、レ・ショームをそのまま人の手に委ねておくとは考えにくい。(ちなみにジャン・タルディとメオ・カミュゼの関わりは古く、メオ・カミュゼのニュイ・サン・ジョルジュ レ・ブドの古木は70年前にメオで働いていたギロームの祖父、ヴィクトールが植えたものである)

 ギロームによって変革が進められ、それが味わいにも現れ始めているジャン・タルディのレ・ショーム。まさにこれからが面白い時だ。しかしその変革もレ・ショームにおいては志半ばに終わらざるを得ないかもしれない。

 メオとの契約以外でもジャン・タルディの分益小作としての仕事は多い。しかしその畑仕事の内容をまるで自分の畑のことであるかのように目を輝かせて話すギロームにとっては、必ず手に入れるはずのヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュが常に頭にあり、彼の仕事に対する周囲の評価や、現在実験的に行っていることが未知のその畑に反映されていく、明確な絵柄が見えているようだ。一タルディ・ファンとしては、レ・ショームが無理でも他の価値あるヴォーヌ・ロマネの区画を、彼が手に入れることを願ってやまない。
 

 

ブルゴーニュの次世代

 ギロームの個人的なe-mailを見ると「77」という数字が。1977年生まれですか?と尋ねると、「ウィ」(77をアドレスに使ってしまうところが、またカワイイ)。つまり今年で25歳。若い!

 彼も一部の若い生産者の例に漏れず、新世界で修行を積んだ経験があり(西オーストラリアのピカルディ・ワイナリー)、もちろん英語も話すことができる(しかし、オーストラリアン・イングリッシュではなく、フレンチ・イングリッシュ、とのこと)。彼らは祖父の代からの仕事や、ブルゴーニュというテロワールを尊敬しながら、時には海外に出ることにも積極的で、そこで学んだ技術を自分の小さな聖域に応用することは出来ないかと、常に実験的な動きをみせる。彼らのような次世代の生産者を見ていると、これからブルゴーニュに起こるであろう変革が楽しみになる。

ブルゴーニュの試飲会場で彼のワインを試飲した時にも、彼は自分のワインに対する質問に丁寧に答え、「この会場であなたが勧めることのできるドメーヌがいたら教えてください」という質問にも「僕の紹介って言った方がいいよ」と付け加えて、気持ちよく3つのドメーヌを紹介してくれた。(こういう人はなかなかいないのだ!)その後も会場で他のドメーヌのワインを真剣に試飲する彼の姿を目にした。良い意味で「壁」が無い。

とにかくワインを造るのが楽しくて仕方がない、というのが全身から溢れているギローム。彼と同世代の生産者達とワイン会、なんて一度設けていただきたいものだ。とんでもないことを思いついていそうで、どんな過激な発言が飛び出すか面白そうではないか?

 

訪問を終えて

 パーカーの本に彼の父親、ジャンのエピソードがある。パーカーの知人がジャンを尋ねた際にその人柄の良さに感激した余り、帰国後自分たちの飼っている犬に「タルディ」という名前を付けてしまった、というものだ。

 ジャンのその人柄はきちんとギロームにも引き継がれていて、セラーを出た時には今回一緒に訪問した全員がタルディ・ファンになっていた!あぁ、私がお金持ちなら絶対畑をプレゼントする!