Domaine Jean−Michel STEPHAN
〜土壌
と醸造のハーモニー〜

 (TUPIN 2003.4.29)

 

 

 

ステファン氏。はにかむ笑顔は南こうせつ風?

 ヴァン・ナチュール(自然派ワイン)が表現する味わいの中に、「ビオ味」と私が乱暴に呼んでいる味わいがある。そこに共通するのは、過熟寸前かと思われるほどのブドウ由来の甘さや中華に使われる香辛料様の甘さ、そしてSO2を極力抑えた生産者によく見られる、ワインの中に収まりきらないような細かくぴちぴちとした酸。

 「ビオ味」がプラスに出ると、その自然な甘味はその土地毎の極上の旨味でもあり、さらさらと喉や体中の細胞に染みこむようで飲み疲れず、生きた酸の魅力も倍増する。ヴァン・ナチュールが「癒し系」などと形容されるのも頷ける。しかしマイナスに出ると単調な甘さや締まりの無さ、田舎っぽい漢方臭さが目立ち、私自身はそれらを評価しようとは思わない。

 同時にヴァン・ナチュールには従来のセパージュ、テロワール、ミレジムといった観念を簡単に覆す力があるようだ。初めてマルセル・ラピエールを飲んだ時の衝撃は忘れられない。これこそヴァン・ナチュールの醍醐味である。マルセル・ラピエールのワインはモルゴンという地のガメイが表現できる「限界」と思われていたものを打ち破ったのだ。こういう例を挙げると枚挙に暇が無い。しかし何を飲んでも先述の「マイナスなビオ味」のみが前面に出ているものに多く出会うのも事実である。こうなると過剰な樽の風味がテロワールを隠してしまうのと同様、「ビオ味がテロワールを隠してしまう」。テロワールの表現手段としてビオやSO2の削減を選んだのだとすれば、それは残念な結果である。

 そこで、ヴァン・ナチュールであるジャン・ミシェル・ステファンのコート・ロティだ。その滋味と果実の鮮度感に溢れるスタイルは、明らかにコート・ロティの新しい表現方法の一つであろう。素晴らしいワインや生産者を探求するという私達の行為には、少々マニアックな要素が常につきまとっているように思われるが、ローヌのサロンでつまらなさそうにブースに座っていたステファン氏の風情、訪問のアポイントのためにかけた電話での彼のぶっきらぼうな応対。彼の場合その存在自体もまた、マニアック。そそられる。

 

 

土壌が表現する味わいとは?

 

 コート・ロティの急斜面でのビオディナミの実践、限りなくゼロに近いSO2の使用量。「自然な造り」であることに目が行きがちな彼のワインだが、彼のワインが「コート・ロティの新しい表現方法の一つ」たる所以は、その特殊な醸造と、彼の細分化された畑にもある。

 彼が生産するワインはスタンダード・キュヴェである「Cote Rotie」、区画名の付いた「Cote Rotie Coteau de Tupin(コトー・ド・テュパン)」、そして樹齢100年のブドウから造られる「Cote Rotie En Coteau(オン・コトー) VV」の3種類であるが、「スタイルが非常に異なる」という理由よりこの3種類のキュヴェの醸造方法は全く異なる。つまりスタンダード・キュヴェにはセミ・マセラシオン・カルボニック法を用い全房発酵後(樹齢の若い区画に関しては100%除梗)約16ヶ月の新樽熟成、コトー・ド・テュパンにはマセラシオン・カルボニック法で全房発酵(シラー100%)、オン・コトー VVは100%除梗後通常の発酵を行い、その後約24ヶ月の新樽熟成を行う(ヴィオニエ 8−10%)。そしてこれらのキュヴェはアッサンブラージュ するまで更に細かくパーセル毎に仕込まれているのである。そこで彼の主なパーセルとその土壌、そしてその土壌が生み出す味わい(味わいはステファン氏本人のコメント)をまとめてみよう。

@    コトー・ド・バスモン(Coteau de Bassemon)

テュパン内(注)のLieu−dit(区画)、Semonの下部。雲母混じりの花崗岩と細かな砂質。繊細な味わい。

Aレ・ベルシュリー(Les Bercheries)

テュパン内のLieu−dit。高台の東向きの斜面で、小石混じりの粘土石灰。骨格のあるやや田舎風の味わいで、タンニン、ボディに富み、長期熟成向き。

Bグネス(Gness)

テュパン内のLieu−dit、コトー・ド・テュパンにある。最も複雑な土壌で、石英、花崗岩、雲母、石灰からなる。骨格は弱めだが、非常にアロマティック。

Cテール・ブランシュ(Terre Blanche)

テュパン内のLieu−dit、テュパンにある。粘土石灰だが粘土は少なめ(25%以下)。アロマティックで長期熟成向き。

Dヴェルネイ(Verenay)

アンピュイ内のLieu−dit。母岩は片岩。そこに小石、砂利、砂が混じる。熟したカシス様のアロマや鉄っぽいミネラル。

 つまり彼のワインの味わいは、低収量、ビオディナミによる健康なブドウ、キュヴェ毎に異なる醸造、土壌毎の性格、更に樹齢などの要素と、限りなくゼロに近いSO2添加による自然な果実味が3次元的に掛け合わされて成立しうるものなのだ。

 ちなみに彼がSO2無添加を目指す理由は「飲んで頭痛になるのがイヤなのと、ヴァン・ナチュールのエスプリ」であるらしい。またSO2無添加を実践するには「とにかくセラー、特に樽の口周辺を清潔に保ち、樽の中に常に二酸化炭素がある状態にしておく。そして定温(約13度)。これが基本にして鉄則」とのことだが、その環境でも劣化が見られた樽は惜しげもなく処分する。「2002年に関しても1、2樽は捨てることになるだろう」。彼の断固とした意志が、そこに見える。

(注)コート・ロティの丘は大きくサン・シール・シュル・ル・ローヌ(St.Cyr Sur le Rhone)、アンピュイ(Ampuis)、テュパン・セモン(Tupins−Semons)に別れる。有名なLieu−ditが集中するのはアンピュイである。

 

テュパンの丘の様々な鉱物。

ドメーヌからテュパンの丘を見上げる。テュパンを始め点在する彼の区画の総面積は4ha。


 

テイスティング

 

今回は以下のワインを樽からテイスティングした(キュヴェの名前は先述のパーセル名に準じる)

―2002年―

* コトー・ド・バスモン

     レ・ベルシュリー

     テール・ブランシュ

     コトー・ド・バスモンのVV(樹齢100年)

     グネス

―2001年―

     スタンダード・キュヴェ(コトー・ド・バスモン、レ・ベルシュリー、テール・ブランシュ、コトー・ド・バスモン、グネスをアッサンブラージュし、3年樽で寝かせたもの。2週間後に瓶詰め予定)

     コトー・ド・テュパン

     オン・コトー VV

―ボトル・テイスティング―

     ヴァン・ド・ペイ・デ・コリンヌ・ロダニエンヌ(VdP des Collines Rhodaniennes) 2002

 

これがINAOに例外を認めさせたヴァン・ド・ペイ・デ・コリンヌ・ロダニエンヌ 2001(右)。

 2002年の試飲に関しては還元香が強すぎるものが多く、彼が説明してくれた土壌の性格を言葉通りに感じ取ることは困難だったが、個性の違いは歴然としている。またコトー・ド・バスモンのVVの繊細な中にねっとりとした甘味がのった味わいは十分にポテンシャルがあるものだ。そして瓶詰め直前のスタンダード・キュヴェには非常に繊細なバラやスミレを思わせる香水のような華やかさに加え、イチゴやカシスが熟した丸い甘味、適度な酸、そして土地の香りと旨味があり、とてもバランスが良い。リリースが待ち遠しいワインである。

 

ヴァン・ド・ペイ・デ・コリンヌ・ロダニエンヌ(VdP des Collines Rhodaniennes)

2002年はローヌ地方にとって過酷なミレジムであり彼のドメーヌでも最終的に生産量は30%減の見通しである。コトー・ド・テュパンとしての瓶詰予定は無く(スタンダード・キュヴェとして瓶詰め)、オン・コトー VVは今後のキュヴェの変化を見守って瓶詰めを決定する。しかし暗い話題ばかりではない。それがヴァン・ド・ペイ・デ・コリンヌ・ロダニエンヌ 2001の存在だ。

このワインは彼が若いブドウを植えた数年後にのみ生産されるものだが、今回のこのワインの樹齢は3年。実はヴァン・ド・ペイ・デ・コリンヌ・ロダニエンヌを名乗るには1年樹齢が足りないのである。しかしワインの出来を確信した彼はINAOに直談判し、なんとヴァン・ド・ターブルからヴァン・ド・ペイへの昇格を例外的にINAOに認めさせたというのである。あのINAO相手に!恐るべし自信とヴァン・ド・ペイ・デ・コリンヌ・ロダニエンヌである。

そこで気になるその味わいだが、ウスターソースのような旨味に赤い果実の風味がさらさらと溶け込んで「もう一杯、おかわり!」系の癖になる旬の旨さ。日本にも入荷予定なのでヴァン・ナチュール派は見つけたら即効買いをお薦めする。

小さなドメーヌの微少な革新は進化し続けるのである。