Marie−Claude LAFOY et Vincent GASSE
〜幻のワイン〜

(Cote Rotie  2002.7.19)

 

 「本当に小さいドメーヌだけど、とてもお勧めできるドメーヌだよ」。フランソワ・ヴィラールを始め、ラフォア・エ・ガスを勧めてくれた人達に必ず言われた言葉だ。

 購入したラフォア・エ・ガスのワインのラベルは、飲む前に勝手に剥がれてしまった。そのラベルの下方には「エコ・ビオロジック栽培者によるワイン栽培と醸造。合成化学肥料、殺虫剤、除草剤は使いません。ナチューレ・エ・プログレ(*)規定」と書かれてある。ラベル横にあった電話兼ファックス番号のみを頼りに、会いに行くことにした。

 

(*)NATURE ET PROGRES(ナチューレ・エ・プログレ)

 ナチューレ・エ・プログレはビオを推進する民間機関。OGM(Les Organismes Genetiquement Modifies)に総称される遺伝子組み換え食品などに対し、ビオを推進しており、対象はワインだけでなく塩や海産物、化粧品や家庭用洗剤、肥料など全部で9品目に上る。

 各対象毎に「Cahiers des Charges(カイエ・デ・シャージ)」という目録を作成しており、SO2の使用量など各項目に渡って厳しく規制している。

 

アンピュイで最も小さな生産者

 

@ コート・ロティの畑。隣の区画はピエール・ガイヤール Aコート・ロティ ヴィエーユ・ヴィーニュの畑。最も高台にある

畑の総面積1,5ha(コート・ロティ 1ha、サン・ジョセフ 0,3ha、コンドリュー 0,2ha)。本当に小さい。彼曰く「ウチはアンピュイで最も小さい」。

前世紀初頭から第二次世界大戦後まで、アンピュイはどちらかと言えば野菜と果実の栽培で生計を立てている人達が多かったらしく、今でも至るところに桃やアプリコットの果樹園を見ることが出来る。彼も例に漏れず最初はそれらで生計を立てており、セラーも野菜の貯蔵庫を改造したものだ。よくこの辺で見かける「桃、売ります」みたいな看板は一切掲げていないが、訪問時もアポイントを取って(!)彼の作った野菜や果物を買いに来る人達が二組いた。ブドウ栽培を始めるに至って「ビオ」という選択肢はごく自然な流れだったようだ。

彼がコート・ロティに土地を購入したのが1983年、85年より本格的に植樹し、88年が最初のヴィンテージである。その後徐々にロティの地にヴィエーユ・ヴィーニュの区画(0,4ha 93年購入)やサン・ジョセフ、コンドリューを手に入れていったらしい。

しかし、彼の小さな区画の周辺にはいつもそうそうたる生産者の畑があることに驚かされる。最初に植樹したコート・ロティの区画の一つは、ピエール・ガイヤールとほんの1mほどの幅の隣り→写真@。もう一つの区画は、小道を挟んでギガルのランドンヌの真下。ヴィエーユ・ヴィーニュの区画はベルナール・ブルゴーの隣り→写真A。土壌の組成を正確に比較した訳ではないが、良いポテンシャルを持っていることは想像に難くない。

 

 

テイスティング 2000&2001

 彼が生産している銘柄は現在4つ(コート・ロティ、コート・ロティ ヴィエーユ・ヴィーニュ、サン・ジョセフ ルージュ、コンドリュー)。

 栽培は勿論ビオロジー(ヴィエーユ・ヴィーニュの区画は、ほぼビオディナミ)だが、他に気を付けていることは収穫時の選果だ。各株のブドウの最も良い時期に収穫するので、一つの区画でも3回くらいに分けての収穫となる。

醸造はごく伝統的。第一次発酵を開放型木製の大樽で約15日間行った後、キュヴェの一部をデレスタージュ、その後樫のバリックで22ヶ月間熟成させる(キュヴェ毎に1年、アッサンブラージュ後10ヶ月)。新樽がワインの個性を隠すことを避けるために新樽は一切使わない(フランソワ・ヴィラールの1年使用樽を購入。その後約10年使う)。ポテンシャルのあるシラーはタンニンが強いが、それを和らげるためのセパージュ・ブランは使用せず、代わりに澱引きによって酸化を促す(初年度に3回、次年度に2回)。コンドリューのみ卵白で清澄するが、赤ワインは清澄、濾過は一切行わない。S02の使用はナチューレ・エ・プログレの規定量(80mg/l)の約半分。ブルゴーニュのリュット・レゾネ実践者よりやや少ないくらい。ビオ生産者としては多く感じられるが、ボルドーのシャトーの殆どが少なくとも200mg以上使用していることを思えば、やはり少ない。(この点に関しては、ワインの醸造自体が完全に自然ではあり得ない、とのこと)

殆どの生産者が全国共通で「イヌ派」であるのに対し、ガス氏は「猫派」。3匹飼っている

今回は以下の銘柄をバレル・テイスティングした。

*サン・ジョセフ ルージュ 2001

*コート・ロティ 2001

*コート・ロティ ヴィエーユ・ヴィーニュ 2001

(以上全てアッサンブラージュ前)

*コート・ロティ 2000(1ヶ月後に瓶詰め予定)

 

 2001年のどのキュヴェにも共通していることは、とにかく果実のトーンが非常に高い。サン・ジョセフはそのトーンの高さやしっかりとした酸が魅力的なのだが、コート・ロティになると甘草を中心とした甘さ、いずれ赤身の肉からジビエに変化することが期待される鉄のニュアンスや、ミネラルを、ヴィエーユ・ヴィーニュには加えて絹の質感を持つことになるであろう、質の良いタンニンを豊富に感じることができる。

 そしてアッサンブラージュした2000年は、ヴィンテージの性格の差もあるが、滑らかな甘さの構成がぐっと複雑になることに感動する。甘草、熟した赤・黒系果実、ミルク、黒いスパイス、マサラ・ティ。ラフォア氏自身も1ヶ月後の瓶詰めに向けて順調に仕上がりつつあるキュヴェに、まずは良し、という感じだ。現時点では派手ではないが、将来化けてくれる確信が十分にある。

 

 このようなワインにどのようなワインを合わせますか、と尋ねると「コト・デュ・ブフ、スパイスのきいた食事、ブルーやマンステールなど甘いワインに合うフロマージュ。ただ、本当は10〜15年経ったコート・ロティと、と言いたいけれど」とのこと。確かに彼のワインは、熟成した方がより楽しめるスタイルだ。そこでそのような古いヴィンテージはドメーヌにまだ現存するのか聞いてみた。

「家族用に少しあるだけ。古いヴィンテージを大量に持っているとすれば、大手か売れない生産者だね

 温和な彼からちらり、と出た自身に満ちた言葉だった。

 

幻のワイン

 

ガス氏。学者風で、ゆったりとした人

彼の年齢を聞くことは出来なかったが、お見受けする限りかなりご年配だ。そして本当に残念なことに早ければ1年、遅くとも3年で引退を考えているらしい。そして現時点ではドメーヌに後継者はいない。3人の息子さん達はワイン造りに皆興味が無く、2人の娘さん達はまだ若すぎる。

 勿体ない。勿体なさすぎる。周囲に勧められたこともあるが、あるワインショップで彼のワインをブラインド・テイスティングした時の印象があったからこそ、ここまで訪ね、そしてやはり「将来化けする確信」を得たというのに。彼のワインを10年後に飲んで感動しても、多分もう一度オールド・ヴィンテージが出得てくる可能性は皆無で、しかも新しいヴィンテージを買って寝かせておくことも出来ないのだ。

 彼自身か、彼自身に関わる誰かの気が変わることを祈りながら、きっと10年も待てない1999年のコート・ロティ ヴィエーユ・ヴィーニュを1本だけ購入してドメーヌを後にした。