Le clos de la BRUYERE 〜クルトワ家の午後〜

(Sologne 2002.6.19)



 もし幸運にもクルトワ家のワインを見つけたら、それはいつでも飲み頃である、と考えて良いだろう。これはいわゆるグラン・ヴァンと言われるワインが真剣に飲み頃を待とうとしたら、何十年と要することがあるのと対照的だ。しかし彼らのワインは、抜栓後の飲み頃を見極めるのが難しい。つまり抜栓後、時に1週間近くの上昇を見せる時があるからだ。

 「ロワールの厳窟王」。クルトワ家の長、クロードに関して日本で読んだ記事に冠せられたタイトルだった。日本にいた時はワインよりもむしろ、彼の厳しい生い立ちなどが書かれたこの記事の方がより強烈だったかもしれない。というのも日本で彼のワインを何回か試飲する機会があったが、抜栓直後でしかもカラフにも入れなかった。正直な感想として、「?」。ただ非常にいつまでも頭の片隅に残る未知の「?」であったことは確かだ。

 

クルトワ・ワールド

 生産者のもとに辿り着くのに、ここまで迷ったのも珍しい。ソローニュの住人に尋ねても誰も知らない。やっと辿り着いた家屋は住居で(もっとも住居の方に来てしまった人は初めてだとか)、セラーと畑はここから車で移動した別の場所にあった。しかし一口にソローニュと言っても、その中でもかなり奥地であることには変わらない。

 セラー近くにあるロマランタンの畑から始まり、ロワールでは唯一クルトワ家でしか見ることの出来ないシラーの若い畑まで、ゆっくりと畑を見て回る。今回のロワール訪問はビオディナミの生産者を廻っているので見慣れてきた風景とは言え、畑や周辺に生えている雑草や野花の繁り方は尋常でない。蝶々が羽を休めている。畑に隣接した森にも大小の石灰やクオーツ(石英)がごろごろしている。その森にはウサギや色々な小動物が普通に住んでいる。

「最初の年は、森の動物に全部食べられちゃった」あっけらかん、と話す次男ジュリアン。家の周りにはお決まりの犬は勿論、にわとり、ガチョウが放し飼い。

ニコラ・ジョリィは、「一つの敷地に一種類の栽培しかなければ、土地のバランスが崩れる」という信念の基、あの美しい峡谷でブドウ畑を守り、ブドウ畑に適した地にも森を残し、馬を放った。クーレ・ド・セランの畑から眺める壮麗な景色は、まさに一つの「生態系」という言葉が相応しい。

ほぼ平地であり、新しい試みに挑戦し続けるクルトワ家の畑の風情は、壮麗というよりむしろ厳しさと暖かさが混沌とした野生の魅力だ。ゴッホにこの畑を描いてほしかった。そして彼の敷地を見て思い出す言葉は、やはり「生態系」なのだ。この土地で吸い込む空気が、そのままワインの風味に溶け込んでいる。ニコラ・ジョリィの敷地が「王国」と呼べるなら、こちらは「クルトワ・ワールド」。そう呼びたい。

 

テイスティング 2000&2001

 

 今回は2001年のキュヴェをバレル・テイスティング、2000年のものをボトル・テイスティングした。テイスティング銘柄は以下。

 

2001年 バレル・テイスティング

Rouge

*Racine(ラシーヌ:根)

カベルネ・フラン、コー、ガメイ、カベルネ・ソーヴィニヨン

*Syrah(シラー)

Blanc

*Quartz(クオーツ:石英)

ソーヴィニヨン・ブラン

*Or‘norm(オー・ノルム)

ソーヴィニヨン・ブラン

2000年 ボトル・テイスティング

Rouge

*Nacarat(ナカラ:明るい赤)

ガメイ

*Ancestral(アンセストラル:先祖伝来)

ガメイ、カベルネ・ソーヴィニヨン

*Racine(ラシーヌ)

*100%(ソンプーサント)

ガメイ

*Franc de Pied(フラン・ド・ピエ:純粋な足→フランス産台木使用)

カベルネ・ソーヴィニヨン、ガメイ 6hl/ha

Blanc

*Original(オリジナル)

ムニュ・ピノ

*Franc de Pied(フラン・ド・ピエ)

ムニュ・ピノ 6hl/ha

*Evidence(エヴィドンス:明白なこと)

ムニュ・ピノ

*Esquisse(エスキス:構想)

ムニュ・ピノ 8hl/ha

*Alba(アルバ:朝日)

ソーヴィニヨン・ブラン 3hl/ha(年間240本)

番外編

     Ratafia(ラタフィア)

 

     収量で記載していないものは、全て10―15hl/ha(ブルゴーニュのグラン・クリュよりも遙かに低く、フランスの平均収量の1/3にも満たない)

     日本語表示は名前の意味

 

まずは2001年のバレル・テイスティング。

SO2を全く使わないにも拘わらず、セラー温度は若干高く感じられる。樽は、産地(形、大きさ)、使用年数(新樽〜30年)ともに様々だ。キュヴェの性格によってこれらの樽を使い分けるのは当然だが、新しい樽を殆ど使わない(毎年購入する新樽は僅か1,2樽)のはタンニンが果実味を隠してしまうだけでなく、新樽の過剰な代謝は十分な力を持ったキュヴェをゆっくりと熟成させるのには適さない、という考えの基らしい。例えばボルドーのトノー(900Lでラグビーボール型)であれば、6,7年目から良くなってきて、30年目くらいまで良い状態が続くそうだ。中には60年の使用潜在能力があるものもあるらしい。

ロワール唯一のシラーは、甘草とガリーグの鮮やかなパンチの後に、ロワールの酸を感じる潰したてのイチゴや、オリエンタル・スパイス、まだ落ち着いていないが甘みのある細かくて豊富なタンニンの余韻が長く続く。南のセパージュと北のテロワールは、クルトワ家ではかなり仲良くやっていけそうな楽しみな予感がする。

しかし残念なことに2001年の白のキュヴェに関しては、来年は1銘柄でしか瓶詰めしないらしい。彼らのセレクションの厳しさに、ワインが農作物である難しさを改めて感じさせられる。

 

そして2000年のボトル・テイスティング。

どのワインにも土地の訴えを飲むような底力があるのだが、今回特筆したいのは、彼らのキュヴェOriginal(オリジナル)の究極の形とも言える、同じくムニュ・ピノ(シュナン・ブランの亜種)を使ったFranc de Pied(フラン・ド・ピエ)。同名の赤は既に日本にも輸出されているが、白は私達が最初に飲む日本人らしい。

焼き栗やナッツ類が柔らかく溢れだした後、高貴な白コショウ、洋なし、複雑なミネラリテ、黄桃が複雑に絡まり合う。味わいの第一印象は非常にグラで、香り同様とろりと柔らかい。しかし「とろり」の芯にはアプリコットやカリンから抽出したような酸や、硬軟入り混じったミネラルがある。アルコール度は12,9%と普通だが、濃い要素のせいか喉にくる熱さすら感じる。そして余韻が反芻できるほどに長い。

フラン・ド・ピエは、6hl/haという驚異的な収量の低さは勿論、規格外(彼らにとっては表現方法にしか過ぎない)の収穫時期の遅さによって生まれる。ちなみに2000年のフラン・ド・ピエの収穫時期は11月11日。尋常じゃない。ブドウの実が自然に小さくなるのを待つためだ。この日と同じ日の収穫キュヴェは、生産量240本のAlba(アルバ)。こちらも中華食材店とトロピカル・エキゾティック・フルーツの香りが手をつないでロンドする、非常に魅力的なワインだった。

ちなみに余談だが、彼らはラタフィアも造っている。こちらは何杯も後を引く、「極楽梅酒」といった味わいだ。

最後にコルクについて。冒頭に「クルトワ家のボトルを見つけたら、それはいつでも飲み頃である」と書いたが、勿論彼らのワインには熟成のポテンシャルも十分に感じる。そしてコルクも熟成を見越して作られたかのような、長く非常に固くしっかりとした、ポルトガル製の良質なコルクだった。

 


クルトワ兄弟とのQ&A

 クルトワ家の長、クロードのイメージ「ロワールの厳窟王」で緊張していったにも拘わらず、彼らは拍子抜けするほどフレンドリーだ(参:生産者訪問裏話「ロワール」)。以下は屋外でお母様の手作り、リエットやラタトゥイユを頂きながらのインタヴューから抜粋。

 

―日本では「ビオのワインは頭痛にならない」とよく言われるのですが、それはなぜだと思いますか?―

(はっきりと)「SO2。この前SO2たっぷりのカディアックを香っただけで、頭が痛くなったよ」

―今回はビオの生産者ばかり訪問しているのですが、その中で感じたことがあります。つまりビオであっても、SO2の使い方が生産者の姿勢や意見が全く違い、結果味わいも変わってくると感じたのですが。―

「その通り」

―フラン・ド・ピエの収穫期の遅さにはびっくりしたのですが、平均して収穫時期はいつ頃なのですか?―

「大体、周辺の生産者が収穫を終える9月半ばから後半が、僕たちの開始時期。終わるのは11月半ばくらいかな」

―セラーの中、屋外、あなた達のワインはどの温度で飲んでもそれぞれの美味しさがありますねー

「SO2を使っているワインは、冷やすとSO2の味が隠れるからね」

―今、日本ではビオの情報は少々複雑です。というのも私には正しい情報意外に「ビオ」ならいい、みたいなモード同様の商業主義が見え隠れしてしまってー

「情報が入り乱れても日本の方がフランスよりましだよ。日本の方がまだ、僕たちのようなワインを理解してくれる。フランスはまだまだそれ以前で、AOC優先。AOCを見て買うんだ。ヴァン・ド・ペイって書いているだけでアウト。味で理解してくれる人はほんの少数だ」

―どのワインもとても印象的なラベルですが、誰がデザインしているのですか?−

「父と僕達。でもほんとはヴァン・ド・ペイにはミレジムを入れないんだけれどね」

―日本に来る予定は?−

「今年が良い出来でないと(資金が廻らない)」

―ヴァカンスは取られないのですか?−

「父は少なくとも25年ほどとっていないかな」

 

 ゆっくりと過ぎていく午後、同じワインを何度も時間差、順番差、カラフ、ノン・カラフ、食事と一緒に、、、色々な方法で比較試飲して過ごしたのだが、その度に違う魅力を見せながら距離が近づいてくる彼らのワイン。質問にはもっと砕けたものもあったのだが、やはり質問の度に初めて会う彼らの色々な魅力、そして同世代ならではの親近感を、ワイン同様に感じていく時間だった。

 

訪問を終えて

 明らかに彼らのワインは超自然であるが故に、フランスでも異色だ。パリのワインショップの方に紹介していただいて今回の訪問が成立したのだが、他のワインショップでは

クルトワ?危険だ。リスクが多すぎる」

と肩をすくめられた。

 「危険」。それが何を意味するのか?それはSO2を使用しない故、本当に理想的な状態でお客様に飲んで頂くには売りにくい、という単純な理由かもしれない。しかし彼らのワインは、ある意味INAOだけではなく、売り手の常識を平然とひっくり返してしまう力を持っている。「知ってしまっては、危険」。そんな風にも聞こえる言葉だった。

 そして私にとって何よりも大切なのは、あくまでもワインは飲み物であること。異色であることは話題にはしやすいが、最終的に美味しくなければ何の意味も無い。その点彼らのワインは保存方法さえクリアすれば、考え込まずとも素直に美味しい。美味しく、色々な意味で健康なワインを追求したら、彼らの場合、現在の栽培醸造の常識では少々異色な立場に位置してしまった。ライフスタイルも含めた、表現の自由。そう捉えるのが理解しやすいかもしれない。

 

添付写真の説明

@ロマランタンの畑。

Aロワールで唯一無二の、シラーの畑。2001年のキュヴェが現在30年の樽で仕込まれている。

B2000年のテイスティング。屋外のパラソルの下で。彼らの「25年物」の作業車(Made in Japan)である青いヴァンが、バックに写っていることを知ると、「撮っちゃったの?」と兄弟揃って照れ笑い。