Domaine du MONTEILLET 〜心惹かれる相反性〜

 (Chavanay 2003.4.30)

 

 

 

ステファン・モンテ氏。写真を外で撮りましょう、と言うとフットワークも軽く階段を駆け上ってくれた。

 

 

 

 ステファン・モンテ氏は非常に落ち着きがない。

 AOCコンドリューにある村、シャヴァネイ(Chavanay)の丘を登り切った標高300メートル以上のドメーヌの敷地内でアポイントの時間に彼を待っていたが、時間より早く小さなマウンテンバイクにまたがり畑を駆け上って来た彼は、まるでモトクロスで遊んでいるどこかの青年にしか見えなかった(実際近づいて顔を確かめるまで1ヶ月前に会っているにもかかわらず、本人とは思いもよらなかった)。試飲を始めると自分のグラスを見失い、「僕のグラスどこ行ったっけ」と探し回り、葉に当たる風の音を聞いては「もしかして雨?」と何度も外に飛び出し(訪問時は1976年の干ばつの時と同じくらいに数週間前から全く雨が降っていなかった。この原稿を書いている5月下旬までに、ローヌ地方は雨に恵まれた)、「雨じゃない」としょんぼり帰ってくる。

 だからカーヴに入り彼の試行錯誤の上に生み出された現在進行形のワイン哲学を聞き、そのワインを飲んだ時には、「これがあの落ち着きのない人の言葉で、そのワインなのか」と、正直驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

畑と醸造

 彼らの代表的なワイン、コンドリュー グラン・ド・フォリーやコート・ロティ グランド・プラス、サン・ジョゼフ キュヴェ・ド・パピィなど、それぞれの畑の突出した秀逸性やそこにおける仕事は既に日本に多く紹介されているのでここでは割愛するが、その秀逸性や仕事をワインに移し取る作業である醸造における彼のパワフルな実行力も、一線を画したものがある。

 完璧な重力システムの採用、サン・ジョゼフ ブランにおける発酵前の0度前後のスタビリザシオン、ブドウのポテンシャルがあるからこそ出来る非常に長い樽熟成期間(コート・ロティ グランド・プラス 2000年は訪問時、まだ樽の中であった。彼曰く「まだ樽に入っている2000年のコート・ロティはウチとギガルだけ」)。挙げればキリがないが、やはり興味深いのは彼の「SO2哲学」であろう。

 近年ヴァン・ナチュール(自然派ワイン)派でなくても、SO2の添加量の話題になると、多くの生産者は非常に言葉を慎重に選び、その殆どが「添加量は減少傾向にある」と口を揃える。しかし彼らの中で実際自分達のワインがSO2を全く添加しなかった時にどんな姿になるのかを見た者は少ないのである(それは責められることではないが)。

 しかしステファン氏は既に実験済みである。それは1999年のいくつかのキュヴェにおいてだ。

重力システムを利用した樽

「確かにSO2無添加は果実味も素晴らしく非常に美味しくできたんだ。でも長熟する偉大なワインに、それらがなるとは思えなかった」。そしてこうも付け加えた。

「しかしコンドリュー グラン・ド・フォリーなど、糖度の高いワインは違う。糖度の高いワインにおいては、ブドウ由来のフリーSO2だけでOK。例えば2000年のグラン・ド・フォリーは現時点ではまだ一切SO2を添加していないが、この場合生物学的にワインを落ち着かすのは時間しかないと考えている」。

 これはフランス国内で最もSO2添加量が多いと言われるソーテルヌと対極の意見である(もっとも人体に無害である限り、「孫の代に残すワイン」という伝統を私個人的には否定する理由は見つからない)。

最終的に、僕は総SO2量には興味が無い。興味があるのはブドウ由来のSO2がどれだけ働いてくれるかということだ」。

 そしてSO2無添加時に生じる最も明らかな現象、「バクテリアの増殖」を防ぐために、マロラクティック中のガスを樽の中に有効に閉じこめ、フリーSO2の働きを促す手法を尚も彼は実験中である。

 

 

 

テイスティング

 今回は彼の「環境違いの同キュヴェ」を試飲することが出来た。試飲銘柄は以下。

―ボトル・テイスティング―

* サン・ジョゼフ ブラン 2001

     コンドリュー 2001

     コンドリュー レ・グランド・シャイエ(Les Grandes Chaillees) 2001

     サン・ジョゼフ ブラン 2001

     サン・ジョゼフ ルージュ 2001

     ヴァン・ド・ペイ・デ・コリンヌ・ロダニエンヌ(VdP des Collines Rhodaniennes) 2000

     サン・ジョゼフ ルージュ キュヴェ・ド・パピィ 2000

     サン・ジョゼフ ルージュ(輸出用。通常のサン・ジョゼフより新樽比率が40%と高い)

―バレル・テイスティング―

     サン・ジョゼフ ルージュ 2002

     サン・ジョゼフ ルージュ(パーセル違い) 2002

     @サン・ジョゼフ ルージュ キュヴェ・ド・パピィ 2002(マロラクティック終了直後)

     Aサン・ジョゼフ ルージュ キュヴェ・ド・パピィ 2002(新樽。マロラクティック終了直後)

     Bサン・ジョゼフ ルージュ キュヴェ・ド・パピィ 2002(SO2無添加。マロラクティック終了直前)

     Cサン・ジョゼフ ルージュ キュヴェ・ド・パピィ 2002(まだマロラクティックが始まらないもの)

     コート・ロティ グランド・プラス 2000

     コンドリュー レ・グランド・シャイエ 2000

     コンドリュー グラン・ド・フォリー 2000

 

 やはり最も興味深いのはサン・ジョゼフ ルージュ キュヴェ・ド・パピィの「環境違い」。

「マロラクティックが開始して初めて、ワインとしてのバランスが取れてくる」とステファン氏が言うように、最も「普通」の醸造過程を辿っている@には非常に緻密で締まった要素を感じるが、一方Cには蒸れたカシスのような力を持て余したような果実味が顕著である。また現時点で最もフィネスに溢れアロマや黒系果実のポテンシャルが感じられるのは、SO2無添加のB。これは閉じた酸もあり、1999年のキュヴェで「SO2無添加のものが長熟する偉大なワインになるとは思えなかった」と彼が言ったものよりも、格段に進歩しているのではないだろうか?もちろん新樽のキュヴェにある違いは言うまでも無い。

 そして全てのキュヴェにおいてそれらが試行錯誤中のものとは思えないほどに、熟成過程の時点で既にレベルが高いのであった。それは優れたコンドリューやコート・ロティ、サン・ジョゼフを表現する果実やスパイスを、今更ここに書き連ねても意味が無い、と思えるほどだ。

 ここまで来て先述の彼の「落ち着きの無さ」は、ある種、天才肌の人に共通するものに思えてきた。この相反性には心惹かれるものがある。

 

究極のマリアージュ

敷地内をゆったりと歩く山羊(山羊の黒目が「横位置」とはこの時初めて知った。結構お茶目!)。美味しいチーズの産みの母。

 試飲の最後はやはり「コンドリュー グラン・ド・フォリー」。ダージリンの紅茶のような馥郁とした香りの後に、圧倒的なアカシアの蜂蜜。黄色いリンゴの密や、熟した黄桃、フロマージュ・ブラン、グレープフルーツ様のかすかな苦味を感じさせる香り。口に含むとドライ・パイナップルの粒状の甘味と酸味、心地よい苦味。これを一体何に合わせるのか、という問いにステファン氏は「ほれ」という感じで(いつの間に?)自家製の山羊のチーズ、リゴットを差し出した。

 合う。合いすぎる。ワイナートにも「それを経験するだけでも、ローヌを訪れる価値がある」と絶賛されたマリアージュだが、まさに私のマリアージュ人生(?)の最高峰である。余韻の相乗効果が素晴らし過ぎ。

 それもそうだろう。よく教科書などに「土地の食べ物とそのワインを合わせるのは鉄則」などと書いているが、まさに数ha内の、しかも彼らのヴィオニエの絞り粕などを食べている山羊のチーズなのだ。ねっとりと美味く、魔法のようにワインと手を繋ぐ。

 国際的に熱狂的ファンがいる彼が、現在でもドメーヌ直売をしているのは不思議で仕方がない。彼は多忙を極めているのでアポイントも容易ではないが、カーヴの直売所(?)にはお母様がスタンバイしている。究極のマリアージュを経験したい人には、超オススメだ。彼らが直売をする必要性を感じなくなる前に。