Nicolas JOLY 〜王国の教授〜

 

 

ニコラ・ジョリィ氏。畑の対面には、森、放し飼いの馬、シャトー


「とうとうビオの神様に会う時が来た」。

 ビオロジー、ビオディナミ。これらに関して様々な人が色々な思いを描くように、ニコラ・ジョリィという人に対しても同様ではないだろうか?アポイントの時間が近づくに連れ、緊張と期待が高まる。

 サヴァニエールが、そしてシャトー・ド・ラ・ロッシュ・オー・モワンヌが近づくにつれ、標高は上がり、道は次第に狭くなる。非常に開けた印象のあるTGVのアンジェの駅から20分ほどで空気は森林のものとなり、隔絶された感がある。

 シャトーに到着後私達が案内されたのは、雑誌などで時折見かけるニコラ・ジョリィ氏の書斎だった。大量の本が放つ特有の懐かしい香り、室内に射す光の中に舞う細かい粒子。田舎の小学校の図書館くらいは蔵書があるのではないか。ビオ関係の本ばかりではなく、狩猟や釣りの本もある。文学書も多い。

 

 

ビオディナミとは?

 「英語の資料が良いですか、それともフランス語?」現れたジョリィ氏は、薄いブルーの綿シャツとカーキの綿パン、黒いサンダルという出で立ち。神様というより、理系の大学教授だ。そしてどちらにしろ私達と彼とは格段に格が違うのだから、懐に飛び込んで質問した方がよい。以下は私達の非常に初歩的な質問に対する、ジョリィ氏の返答である。

­

―あなたにとって、最も重要なビオディナミの定義とは何ですか?―

「ビオロジー、ビオディナミという前に、アペラシオンを表現するということにおいて、実行しないといけないと私が思うことを3段階で評価しているものがある(注*:「La Carte de Qualite(品質憲章)」のこと。文末に記載)。基本的なことなので、読んで欲しい。

 まずは「アペラシオン制度」という言葉が意味するものが変遷してきたことを知らなければならない。1930年代「アペラシオン制度」は、それぞれの土地を反映したブドウで造られる特有のワインの風味を、消費者が知る法的な指標として機能していた。

しかし1950年代の終わりから1970年代は、除草剤が推奨された時代だった。簡単に利益が上がるこの方法は多くの生産者に取り入れられた。結果除草剤が使われた土地では4−6年で土中の微生物は死んでしまった。死んだ土で生産し続けるために用いられたのが化学肥料。これは人工的なブドウの成長は得られるが、自然な成長と違いブドウの木は多量の水を欲するようになり、結果的に画一的な味と、より多くの病気を引き起こす。同時に芳香性の酵母が使われるようになった。同じアペラシオンのワインが嗜好に合わせて酵母を変えて、日本向け、アメリカ向けとあるのは間違えている。アペラシオンとは本来唯一無二の、その土地を表すものなのだ。そういうアペラシオンに対して、真のアペラシオンを表現する為には、まず地球上の営みで最後の循環である土が生きていること、そしてその方法としてビオディナミがある

 

触るとぽかぽかと暖かく、柔らかい土

―ビオロジー(オーガニック)との違いは?−

 「ビオロジーは最初の前進だ。なぜならビオロジーでは、土を殺してしまうものを一切使わない。そう言う意味で『本当のワイン』であり『畑の生命を表現している』。では、ビオディナミとは?より進んで『生命の潜在能力を引き上げる』。よって成功したビオディナミでは、より色は濃く、糖度、酸度も高くなり、結果熟成能力が備わることになる」

―ではリュット・レゾネ(非常に厳しい減農薬)との違いは?―

「多くの生産者が土壌の大切さに気がついたということで、リュット・レゾネは一つの前進かもしれない。しかし私に言わせれば、それは前進では無い。なぜなら量は少なくても、土を殺してしまうものを使っているのだから。例えが悪いが誰かを殺したとする。3回刺して殺すか、5回刺して殺すか?結果的には同じことだ。ここが、土を殺してしまうものを一切使わないビオロジーとの大きな違いだ。日本でもよく説明して欲しい」

 

―コスモ・クルチュール(宇宙全体の動きと連動した農業)については、どのように思われますか?―

どんなに化学肥料を使った農業でも、多かれ少なかれコスモ・クルチュールだよ。太陽無しで作るのは無理なのだから。

 そして土の中の営みは、太陽、月、星それらがもたらす、四季そして昼夜(熱や光、水)と連動している。だからビオディナミでは月カレンダーを使うんだ。(月カレンダーに添って、違う日で育てたキャベツの断面図の写真を見ながら)ほら、日の選び方によってこんなに育ち方が違うだろう?このことについては、『Le Vin du Ciel a la Terre(空から地に舞い降りたワイン、1998年出版)にも詳しく書いてみた。

 だから、わざわざ『コスモ・クルチュール』って言うことはそれこそモードで、全く意味がない。消費者にインパクトはあるだろうけれど」

 

―ところでSO2については、どう思われますか?―

「ほんの少しなら良い。なぜか?硫黄はどこから来ている?火山だ。人工的なものではない。それよりもよくないのは、アスコルビン酸。アメリカで全くSO2を使用しないワインが流行っているが簡単だ。SO2の代わりにアスコルビン酸を入れているのだから。

しかしSO2もあくまでも『ほんの少し』。『少し』と『ほんの少し』は大きく違う。ビオディナミの新しい指標としてSO2の使用量も考えるべきだが、全体で90−100mg/Lがマックスだろう。それくらいなら全く問題はない。

私も醸造過程で3回SO2を使う。圧搾時と、澱引き時、そして瓶詰め時。それぞれ1−2mg/Lずつだ。決して3mg/Lは越えない。ボルドーの甘口ワインは、凄いね。私の記憶が正しければソーテルヌの最も有名なシャトーで4−500mg/L入れるはずだ。それだけ入れれば頭も痛くなるだろう。

また味わいを崩す要因としては、『ほんの少し』のSO2より、フィルターをかけることの方が大きい。フィルターをかけ過ぎたワインは、まるで水だ。

ところでなぜ、SO2を使うかだが、もちろん輸送と保存のリスクを避けるためだ。カーヴを出て消費者の手に渡った後も、常に13度を超えない保証がどこにあるだろう?もしくはカーヴから50km以内でのみ販売するとか」

 

―しかしいくつかの生産者のカーヴでは、SO2を全く使わないにもかかわらず、体感温度ですが15度を超えていると思われるところもあったのですが?―

「醸造過程でだろう?澱と一緒にだったら、全く問題は無いよ。問題は瓶詰め後」

 

―最後に、特にブルゴーニュなど小さなパーセルを幾つかで分けている場合など、例えば一つの区画だけがビオディナミで後は周り全部がそうでなかったとします。それでもビオディナミは有効なのですか?―

「ヘリコプターなどで農薬を撒いたりしないのなら、可能だ。確かにその区画は周囲に多少の被害は被るだろう。でも地下深くの土は、熱や光を捉える力を持つはずだから」

 

 

(注*):「La Carte de Qualite(品質憲章)」

序文:下記の評価事項は、有機である、無いといったことではなく、アペラシオンを表現するための行動について規定している。従って1〜3つ星の段階に区分され、これにワインガイドの通常評価が加えられる。この評価事項によって、ワイン醸造者は最善を尽くし、畑やカーヴでの行為がワインのアペラシオンの表現に影響を与えることを、消費者に伝えることが出来る。

 

☆(一つ星)

AOCワインの味覚は、テロワール・土壌・天候の表現と一致する特性のあるもの。従って、土壌の有機生物を強め、化学薬品は全く使用しない栽培でなくてはならない。

     土壌の微生物を破壊する除草剤は一切使用しない。

     ブドウの木を本来以上に成長させてしまう化学肥料は、一切使用しない。化学肥料は「塩」である。過度な塩分を補正するため、ブドウの木はより水分を吸収することになり、過度に成長することのなる。

     光合成を狂わせ、ワインの味を悪くしてしまう合成化学薬品は一切使用しない。

     わずか30分以内で樹液に吸収され、果実の中に残留物として残り、そしてブドウの木の新陳代謝に悪影響を及ぼす、そのような即効性薬品は一切使用しない。

     それぞれのアペラシオンの風味を隠す芳香性酵母は一切使用しない。

 

☆☆(二つ星)

ここ数年のテクノロジーの急上昇により、栽培法がゆがめられ、ワインの味も変えられてしまった。しかし正しい栽培法に戻れば、このようなテクノロジーは不必要になり、それぞれのワインにその産地特有の味がもたらされ、消費者を惑わすこともなくなる。

     最大限に成熟したブドウを得るために、機械で収穫しない。

     その土地や気候に由来しない、乾燥酵母は加えない。

     ブドウ液に酵素を加えることは禁止。健康な栽培は十分な色調をもたらす。

     熟成にアンバランスをもたらす、逆浸透圧濃縮機の使用禁止。

     ワインのバランスを崩す低温濃縮機の使用禁止。

     5℃以下の低温処理の禁止。

 

☆☆☆(三つ星)

     ワインのバランスを変える除酸、補酸の禁止。

     アスコルビン酸、カリウムの添加禁止。

     濃縮ブドウ液による場合も含み、砂糖添加の防止。

 

この品質憲章を適用した醸造栽培者は、全て本物で比類ないワインを生産するものである。それは産地によって土壌と天候が異なり、それぞれに土地の「様相」を持っているからである。

 

司法官の立ち会いの下でこの憲章に署名したワイン醸造栽培者は、自己の生産物に対し、上記の倫理を尊重することを約束する。また、この連盟員によっていつでも検査され得ることを認識する。

 

 

美しい畑

ロワール河に面した斜面にあるクーレ・ド・セランの畑。南西向き

 ジョリィ氏の運転する日本製四駆に3匹の犬と一緒に乗り込み、畑を見に行くことに。通過していく畑は雑草も多く、いかにも「ビオ畑」。

 クーレ・ド・セランの斜面下部に到着し、ジョリィ氏は「日本の車は、よく働くよ」とご機嫌に斜面を登っていくが、「よく働く車でなければ登れないだろう」と思われるくらいかなりの急斜面だ写真3)。そして畑の土を触ると何とも優しく心地よい暖かさ。マダム・ルロワが「求めていたのはこういう土だ」と直感したのも分かる気がする写真)。

 それにしても、標高が高いサヴァニエールの中で更に斜面を登ったクーレ・ド・セランからの風景は、本当に美しい。ロワール河が遙か下を流れ、敷地内には森、放し飼いにされた馬の姿、そして端正なシャトー。一つの景色として、言い換えれば一つの生態系として完成している(写真)。

一つの生態系の中に一種類の農業しかないのは作業面で非常に効率的だろうけれど、生態系のバランスを崩す元だ。だから、森を残し馬もここで生活している。また、一つの畑の中にも色々な個性の木があってバランスが取れている」。畑を見ながらそう説明してくれた。まるで王国ですね、と言うと、

「王国だから仕事が多いんだよ」と笑っていた。

 

 

ニコラ・ジョリィ氏の今後の展開は?

 現在ジョリィ氏は、先述の「品質憲章」を最低でも1つ星獲得レベルで実践している生産者を世界規模でまとめようと、奔走中である。9月にはスイス、南アフリカ、10月と1月にはイタリア、11月にはアメリカ、そして2月には日本に発つ予定だ。 

癒しの道?12世紀に開墾されたこの道には「気」が宿っているとか。「ゆっくり歩いて畑で少し休んでみなさい。元気を取り戻しますよ」とのこと

 

  収穫、醸造の時期に彼のこの忙しさでも、バックアップできる体制が既に出来ているのだろう。ジョリィ氏の仕事は今や畑だけでは全く収まらない。「ビオの先駆者」として認められたからこそ、次のレベルの活動が待っている。

 まずは今回ジョリィ氏が、品質憲章を基にどのように生産者をまとめていくのか。ワイン業界の一つの指標となることは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

参照:この日の試飲

*サヴァニエール ロッシュ・オーモワンヌ 1999、2000

*クーレ・ド・セラン 1999、2000