Domaine Prieure ROCH 〜バランス感〜

(Nuit-St-Georges 2002.9.5)

 

 プリュレ・ロックは不思議な生産者だ。DRCの共同経営者である云々は今更言う必要は無い。なぜ不思議かと言うと、いつも両極端のイメージがそこにあるからだ。まずは彼に対する評価。これは真二つに分かれると言ってよいのではないだろうか。DRCに一番近い場所にいる生産者と絶賛する人と、高いだけだ、と切り捨てる人がいる。ドメーヌ・シャソルネイが彼を師匠と拝める一方で、ドメーヌ・シャソルネイのニュイ・サン・ジョルジュを「DRCに匹敵する」とベタ褒めした「ル・クラスモン 2002」に、なぜか彼のことは載っていない。

 2年前東京で行われたVINEXPOで群がる客にクロ・デ・コルヴェを惜しげもなくふるまう姿は、まるで自分のワインの価格など知らないかのようだったし、それよりもまず、全く別の業種であったという彼が1988年に突然まるで啓示を受けたかのようにヴィニョロンに転身する、という話自体がそもそも非常に極端である。挙げるとキリが無い。

 アポイントの当日、プレモー・プリッセイにあるN74沿いの教えられたカーヴへタクシーで行った。私達が到着する直前に着いたらしい小さなスマートから、「いかつい」雰囲気の男性が降りてきた。それがアンリ=フレデリック・ロック氏。いやはや、車の選択まで極端である。

 

畑仕事と醸造

 ビオディナミ、自然農法、シトー派時代の有機栽培。いずれもプリュレ・ロックの畑での仕事を語る時に使われる言葉である。その点を尋ねてみると

「確かに今言ったそれぞれを適用しているが、『ビオであること』ではなく『何が最適か』が大切だ。だからラベルにも何にもそういった記載はしていない」。そして収量を抑え、同じ畑でも樹齢の低いものは格下げし、最終的に厳しい選果を行う。

 醸造に関しては伝統的な大樽で各キュヴェに適した一次発酵とピジャージュ、その後小樽にて18−22ヶ月の熟成。「私達は待つだけ」と言う。清澄、濾過は行わず、またSO2は年・キュヴェによって瓶詰め時のみ「ほんの少し」だけ使用する(醸造過程では使用しない)。「醸造過程で色々な自然現象が起こって、それらに任せておくことが結果的にワインにとって良い方向だったということがある。でもそれは良いブドウであるからこそ可能なこと」。これは私がSO2の使用について尋ねた時の彼の答えだった。

彼自身の口からこのような説明を聞いていると、「彼は何の気負いもなく、忠実に、しかもごく自然に伝統的な方法を選択しているのだ」と少々拍子抜けする。「DRCの共同経営者」というだけで良くも悪くも注目されるのであろうが、彼にとってはビオディナミ云々の選択も一ヴィニョロンとしてごく自然な選択肢の一つでしかないのだ。醸造に関しても「伝統的であるがゆえの大変さ」も特に語らず(大変だろうと想像するが)、基本的に不干渉主義。またSO2に関しても状況によっては「無添加」に拘らない柔軟さ。もちろん果汁の濃縮なども行わず、新樽を全面に打ち出すのでも無い。一部の人達が言うような「華麗な転職」を演出するための「ビオディナミ」や「無添加」などでは決してないのだ。こだわりは感じられても、肩の力はある意味抜けている。

加えて彼が所有しているのは素晴らしい畑であり、プルミエ・クリュ、グラン・クリュを名乗るものは樹齢も含めて申し分ない条件にある。彼という人と会って話を聞くと、カーヴというベストの条件での試飲が俄然楽しみになってきた。

 

テイスティング

 今回のテイスティング銘柄は以下(試飲順)。ミレジムの記載の無いものは全て2001年のバレル・テイスティング。

     ヴォーヌ・ロマネ レ・クルー(Les Clous:ヴォーヌ・ロマネ村の上部と下部の村名畑をアッサンブラージュ。樹齢15年以上)

     ニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュ(クロ・デ・コルヴェの畑で樹齢25年以下のもの)

     ヴォーヌ・ロマネ オート・マジエール(Hautes Mazieres:レ・スショの東隣の区画。樹齢13−50年)

     ヴォーヌ・ロマネ レ・スショ(Les Suchots)

     ヴォーヌ・ロマネ クロ・ゴワヨット(Clos Goillotes:プリュレ・ロックの単独所有。0,55ha。市役所の後ろの区画。樹齢37年)

     ニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュ クロ・デ・コルヴェ(Clos des Corvees:樹齢55年)

     クロ・ド・ヴージョ(樹齢60年以上)

     シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ

     シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ 1998年(ボトルテイスティング)

 

酸の質に関して2001年は1988年以来、最も満足している」とアンリ=フレデリック・ロック氏が言うだけあり、どのワインにも非常に長い寿命が予想される美しい酸が印象的だ。

 まず樹齢の若いヴォーヌ・ロマネ レ・クルーは本当にイチゴが入っているのではないかと思うほどの生き生きとした果実味、同じく樹齢の若いニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュは少しターメリックを思わせる土のニュアンスが強くなる。ともに「生まれ育ちが良い」印象で満足できるが、プリュレ・ロックの真髄はやはり、樹齢の古いヴォーヌ・ロマネ、ニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュ クロ・デ・コルヴェ、クロ・ド・ヴージョ、シャンベルタン・クロ・ド・ベーズというこの豪華なラインだろう。

 ヴォーヌ・ロマネの中で特筆したいのはロマネ・コンティのたった1/3の面積しかないクリュから造られる、クロ・ゴワヨット。魅力的なヴォーヌ・ロマネに見られるバラの香りがふんだんにある。まだ熟成途中なので各要素がワインとして一定方向に向いていないのは当たり前だが、一つ一つの要素の元気良さ(特に酸と複雑で細かなタンニン。この酸はめりはりのある骨格に、タンニンは様々なニュアンスに変身しそうだ)に、このワインのポテンシャルを感じる。余韻にはヴォーヌ・ロマネならではのエレガンスと、既に官能も見え隠れしている。

 ニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュ クロ・デ・コルヴェは香り想像していたイメージより柔らかく、今でも十分に楽しめる。少しオリエンタルなスパイスの甘さと、土、スミレ、赤・黒系果実等。しかし、口に含むと香りのイメージよりも遙かにしっかりとした骨格があり、加えてニュイ・サン・ジョルジュらしからぬほど緻密。酸の質も素晴らしい。なんというニュイ・サン・ジョルジュ!熟成にかなりの時間を要しそうだ。

 クロ・ド・ヴージョ。これもバラと赤・黒系果実のオンパレード。加えてブリオッシュのような香ばしく焦げた甘い香り。オリエンタルなニュアンスもある。酸のレベルは今回試飲した中で最も高い。そして味わいの質感は意外にもこれが一番軽く感じられた。凝縮されていないのではない。軽やかで複雑なのだ。この軽やかさを保ったまま今はまだ落ち着いていない各要素が熟してきたら、一体どんな鮮やかなワインになるのだろう?

 そしてシャンベルタン・クロ・ド・ベーズ。これだ!香りをかいだ瞬間そう思った。というのもシャンベルタンであるにもかかわらず、このワインはまるでDRC。バラ、まるで梅干しのようなとりつく島のない、でも美味しい酸、あらゆる段階のイチゴ(丸ごと、半分潰したものから完全に潰したもの、熟したものからから軽く煮詰めたもの、そしてジャムまで)、将来なめし皮や官能に変わる予感のある硬質な動物臭。そしてDRCはあれほど厳粛なワインであるにもかかわらず、個人的にはいつも人(肌)の暖かさを感じるワインなのだが、このワインにもその暖かさがある。DRCがシャンベルタンを造ったら、きっとこんなワインになるに違いない。

 

 ところでワインはフランス語の文法でいうと「IL:彼」になるのだが、私はいつもイメージで「IL」そして「ELLE:彼女」を使い分ける。アンリ=フレデリック・ロック氏は自分のワインを「IL」「ELLE」どちらのイメージで捉えているのだろう?

「うーん、ヴォーヌ・ロマネは『彼女』、ニュイ・サン・ジョルジュやクロ・ド・ヴージョは『IL』かな。でもどちらとも言えないのがシャンベルタン・クロ・ド・ベーズ」。確かに。一般的なシャンベルタン・クロ・ド・ベーズのイメージは男性だ。しかし彼のシャンベルタン・クロ・ド・ベーズは限りなくヴォーヌ・ロマネに近い。彼の「彼ら」「彼女たち」がどのように成長していくかが楽しみだ。そして性を特定できないシャンベルタン・クロ・ド・ベーズは、ある時は女性、ある時は男性の魅力で私達を楽しく翻弄してくれるに違いない。

 

訪問を終えて

カーヴの地上にある、暖炉の前で。この暖炉は実際調理にも使われることがある。「毎日これで料理するとなると大変だけれどね。でもやっぱりこれでゆっくり火を通すと美味しいんだよ」。と実際焼く時には肉をどの位置に置くかなどを、身振り手振りで説明してくれた

 試飲の後、吸いますか?と勧めてくれたのはコイーバのシガリロ。丁寧にお断りしたが(クロ・ド・ベーズ 1998年のグラス底の香りと、葉巻ほど強くないシガリロの香りはなかなか素敵なマリアージュだった)、いかつい彼が細いシガリロを吸っているとなぜかとても美味しそうで、チャーミングですらある。そしてよく見ると彼の姿は例の「プリュレ・ロックTシャツ」とバミューダ・パンツ、革ジャン、そしてサンダル。多分畑仕事を抜けていただき、カーヴに入るというので革ジャンをはおったというシンプルな選択の結果なのだろうが、一歩間違えると大失敗なこのファッション(?)もなぜか有無を言わせず、妙に決まっている(叔母様にあたるかのマダム・ルロワがシャネルご愛用なのと、これもまた対照的である)。加えてこの仕事ぶり。彼のこの、極端な中の絶妙なバランス感はとても不思議で魅力的だ。

 しかし今回の訪問後、最も不思議に思ったことはなぜこのドメーヌに対して世間の風当たりが強いのか、ということだ。世界中でもっと馬鹿げた価格が付けられているワインも考慮すると、プリュレ・ロックに関しては確かに高いが価格に見合っており、「自腹を切って買ってもよい高額ワイン」だと私は言いたい。