Domaine Gerard SCHULLER et Fils 〜静かなる革命〜

Husseren―les―Chateaux 2002.8.22)

 

 

ビオに興味のある人達から必ず勧められるアルザスのドメーヌがある。それはドメーヌ・ジェラール・シュラーだ。

ドメーヌ・ジェラール・シュラーは、コルマールを少し南下したHusseren―les―Chateauxという村にある。車ですぐ通り過ぎてしまいそうな小さな村に入る時、西日を浴びてきらきらと輝く南西向きのブドウ畑の斜面に迎えられた。この訪問が有意義なものになりそうな良い予感を与えてくれる。

 

醸造について

 

ブルーノ・シュラー氏

今やベタンの一つ星を獲得しているジェラール・シュラーだが、ワインをネゴシアンに売ることを止め、ジェラール氏によってドメーヌで瓶詰めを始めたのは1958年。現在は息子さんであるブルーノ氏に全てが任せられている。所有する7haの畑より25種類のワインを生産している。

 

 彼らの畑仕事はビオディナミ・レベルだが、決してそれを全面に出さない。ビオであることをまるでモードのように声高に掲げる風潮があることに共感できないからだ。「健康を考えてワインを造っているだけ」と言い切る。植樹率を上げた上で、徹底して収量を抑える。また平均して樹齢は古い。またブドウが完全に熟し切るまで収穫を行わないため、収穫時期も非常に遅い。

天然酵母を用いた発酵は自然に任せて非常にゆっくりと進む(訪問時にまだ一次発酵の終わっていないキュヴェがあった)。温度調節等が容易なステンレスタンクは用いず、一次発酵を含む全ての醸造過程は木樽で行われる(「もし僕が造り急ぐ生産者ならステンレスタンクを採用するけれどね」とのこと)。澱と一緒に熟成させ、キュヴェによってはバリックの新樽を使用する。また熟成期間は長いもので38ヶ月にも及ぶ。清澄・濾過は殆ど行われず、SO2の使用も最小限(多いもので10mg/L)に抑えるか、または使用しない。

 

テイスティング

 ジェラール・シュラーのワインは「既成のアルザス観」を簡単にうち破る力がある。INAOが「アルザスらしくない」という理由でジェラール・シュラーのキュヴェにAOCアルザスを与えなかったことがあるが(「INAOとはいつでも問題があるんだ」と不平顔)、消費者にとっては勿論「嬉しい裏切り」である。

今回は2001年のバレル・テイスティングを中心に、一部瓶詰めしたものも試飲。テイスティング銘柄、順番は以下。(バ)はバレル・テイスティング、(瓶)は瓶詰めされたワインをテイスティング。

 

(バ)ピノ・ノワール 2001 (マセラシオン、SO2添加、スティラージュなど人為的な醸造作業は全く行われていない試験作。天然酵母によってブドウ果汁が発酵しているのみ)

(瓶)ピノ・ノワール 2001(グラン・クリュEichbergにある、計60aの4つのパーセルに由来するキュヴェをアッサンブラージュ。)

(バ)ピノ・ノワール キュヴェ・パティキュリエール 2000(Bildstoeckleにある、3つのパーセルに由来するキュヴェをアッサンブラージュ。区画の半分は樹齢40年を越えており、最も古いパーセルの樹齢は48−50年。3つのパーセルはそれぞれバリックで熟成され、新樽比率は年によって変わる)

(瓶)ピノ・ノワール ル・シャン・デ・ロワゾー 1999(Le Chant des Oiseaux:Bildstoeckleにあるわずか6,8aのパーセルより。年によるが24−38ヶ月新樽で熟成させる。1999年は24ヶ月熟成)

(瓶)ピノ・ノワール ル・シャン・デ・ロワゾー 1992(36ヶ月新樽熟成)

(バ)シルヴァーナー 2001

(バ)ピノ・ブラン 2001

(バ)リースリング 2001

(バ)リースリング ビルドストクレ 2001(Bildstoeckle:15cmの表土の下は石灰という、ブルーノ氏お気に入りの土壌。8/22現在、一次発酵途中)

(バ)トカイ・ピノ・グリ VT 2001(8/22現在、一次発酵途中)

(バ)ゲヴュルツトラミネール ビルドストクレ 2001

(瓶)トカイ・ピノ・グリ 2000

 

 まずはピノ・ノワール。樽の中にある若いキュヴェの甘草様の甘さもチャーミングだが、ピノ・ノワール ル・シャン・デ・ロワゾーを飲んだ時には鳥肌が立った。ブルゴーニュ以外のピノ・ノワールでこのショックを与えてくれたのは、ロワールのクロ・デュ・チュエ・ブフ以来である。ル・シャン・デ・ロワゾーに関しては「楽しむために造った、全く商業的でないワイン」と彼は言うが、凝縮されたアルザスのピノ・ノワールがそう珍しくなくなった今、「ニュアンス」を表現できるという点で、彼のピノ・ノワールは突出している。10年を経た1992年は決して良い年ではなかったというが、最初はゴマのような芳ばしさから始まり、八角や丁字、乾燥イチジク様の甘さと同時に、ラー油のような辛さを連想させる香り。次になめし皮や、後半にはタバコ。香りの変化も非常に複雑で楽しい。ブラインド・テイスティングなら香りは、ジュヴレイ・シャンベルタンに持っていくだろう。ミレジムのせいか余韻がすとんと落ちてしまうのは残念だが、飲み疲れない優しい旨味の粒子、樽熟成36ヶ月によるぎりぎりの酸化がこのワインに表情を与えている。「アルザスの太陽」を感じる、癖になりそうな1本だ。

 白には共通して非常に美しいミネラルと艶のある酸、時間と共に起きあがってくる甘味、そして澱と一緒に寝かすことによって生まれる心地よい酵母の旨み(特に1次発酵中のものは、ガスを入れるとシャンパーニュになりそうなくらいである)、それらの絶妙のバランス等を見つけることが出来る。そして、各キュヴェが際立った個性を放つ中、特に印象的だったのはリースリング ビルドストクレ 2001が持つ純粋な緑茶の香りと、トカイ・ピノ・グリ VT 2001が持つホワイトチョコやアカシアの蜂蜜様の複雑な甘味ときらきらした酸のバランスだ。1次発酵中のこれらがどのように変化していくのか興味は尽きない。 

 

静かなる反乱

セラーに眠っているワインの中から、ブルーノさんのチョイスで3本購入。その場でラベルを貼ってくれた

 他に手に入れたい畑はありますか、という質問には「オステルベルグ(グラン・クリュ)にあるトカイやリースリングを買わないかという話も実際あったけれど、高すぎてばかげている。今持っている畑で満足のできる仕事をすれば十分に成熟しているブドウが取れるし、そのブドウで色々なことが表現できるから、特に他の畑を欲しいとは思わない」。

 また近年の優れたミレジムについて尋ねると「それぞれセパージュもパーセルも違うから、一概には言えないけれど、世間一般のミレジム評価とは違うと思うよ。畑での働き方が他の生産者とは全く違うからね。例えば余り良くないと言われている1997年のリースリングは、他の生産者ではなかなかブドウが熟さないから収穫に8−9回かかったらしいけれど、僕のところは1回で済んだ。一斉に綺麗に熟したからね」。

 そして最後に「個人的にお気に入りのキュヴェはありますか?」と尋ねてみた。すると「一緒に飲む相手も含めて状況によるけれど、どれも同じように育てているから、選ぶことはできないよ」という答えが返ってきた。

 つまり、彼は畑での仕事に絶対の自信があるのだ。そしてこれらの言葉を裏返せば、アルザスにおける多くの生産者の仕事は彼の目には不十分に映っているのであり、その不十分な仕事の結果であるワインを基準にアペラシオンを押しつけるINAOに、憤りを感じているのだ。ビオをモードのように掲げる生産者に同意できない理由もそこにあるのだろう。

 そして彼のワインはその味わいの中に、有無を言わせない力を秘めている。声高に叫ばない彼の静かな革命は、いつもボトルの中にある。

 ところで彼のカーヴには、常に「試験作」があるようだ。私が初めて出会ったジェラール・シュラーのワインは、1軒のワインショップと1軒のレストランの為だけに造られたワインだった。小さなパーセルの為にドゥミ・バリックの採用を考えたり、彼の頭の中は常にアイデイアで一杯であるらしく、またそれらを試してみたくてじっとしていられない、という空気がこちらにも伝わってくる。また、彼の奥様はフィレンツェ出身で(彼のイタリア語は大変流暢である)、ここ10年の間にイタリアでワインを造ることも視野に入れている

 溢れる創作意欲は国境すら越えていく。

 

(参照)

彼にとっての近年の良作年は以下。

ピノ・ノワール:1999

リースリング:1997、2001

ゲヴュルツトラミネール:1998

トカイ・ピノ・グリ:2000