Chateau SIMONE 〜北向きの畑。そのメリットとは?〜

(Palette 2002.11.19)

 

 

 シャトー・シモンヌの敷地に到着した。「シャトーは1km先」の表示に従い眼下に広がる畑を見ながらシャトーを目指していた時、同行者の一人が驚きの声を上げた。「あれ、ここの畑、全部北向きだよ」。

 

シャトー・シモンヌ 〜北向きの畑〜

 

シャトーの周りの風景。右手に見える白い岩肌を持つ山はサント・ヴィクトワール山。セザンヌが生涯をかけて描き続けた山である。

 シャトー・シモンヌはディクサン・プロヴァンスの東、パレットに位置し、言うまでもなくパレットを代表する生産者である(パーカーに言わせると「パレットは実際には唯一の真面目な生産者、シャトー・シモンヌによって成り立っている」)。1948年にパレットがAOCを取得する際に原動力となったシャトー・シモンヌだが、ここにシャトー・シモンヌのジレンマがあった。というのも現当主ルネ・ルジェ氏曰く「本当はシャトー・グリエのように、シャトー・シモンヌ独自のアペラシオンが欲しかったんだ。そして私の提案にINAOも興味を示していたんだよ。しかしパレット委員会がこの提案に反対してね。結局独自のアペラシオンを取得することは出来なかったんだ」。確かにパレットとしてはスターであるシャトー・シモンヌがパレットでなくなれば、その存在意義は全く違うものになってしまうのだから反対するだろう。皮肉である。

実際シャトー・シモンヌの敷地は、単独のアペラシオンを名乗るのに相応しい。なぜなら計17haの畑は全てシャトー・シモンヌの敷地内にあり、外部から孤立して独自の生態系を形成しているからだ。松林に囲まれた標高150m−250mに位置する畑は完璧に圏谷にあり、熱すぎる南風や東風から畑を守っている。また東西に敷地内を横切るアルク川や、敷地の北側にそびえるセザンヌが愛したサント・ヴィクトワール山の存在もミクロクリマの形成に一役買っている。シャトー・シモンヌに到着するまでに通過したパレット地区の風景との違いは一目瞭然である。そこで畑が北向きであるメリットをルジェ氏に尋ねてみた。

暑すぎるプロヴァンスの気候が『焼けた鉄板』なら、北向きでほどよく太陽を浴び、森に囲まれ、川が流れる私達の畑は『大きな鍋』。この大きな鍋の中で熱が上手く循環しているのさ。加えて石灰岩が堆積している土壌なので、特に白ワインにおいて緯度の割に味わいに涼しさがあるのは、この向きと土壌、そしてミクロクリマのお陰だよ」。そして力強く、こう付け加えた。「シャトー・シモンヌは一つの典型なのさ」。

 

 

畑と醸造、テイスティング

 フィロキセラ直後に植え替えられ現在に至る彼らの畑は当然樹齢が古く、軽く樹齢100年を越えるものも多いようだ。中には余りにも古いためにセパージュがはっきりしないものもあるらしい。ある意味、おおらかでもある(ちなみに赤の品種はグルナッシュ、ムールヴェードル、サンソーが合わせて約80%、他にシラー、カリニャン、カベルネ・ソーヴィニヨン、ミュスカ・ノワール等。白はクレーレット主体で他にグルナッシュ・ブラン、ユニ・ブラン、ミュスカ等)。また彼らは化学肥料や除草剤を用いない。生態系という観点からも、彼らの畑はビオを謳わずとも理想的な「ビオ環境」にあると言ってよいだろう。

 一方16世紀に修道士によって造られたというカーヴで行われる醸造も、ごくごくクラシックで伝統的である。パーセル毎に醸造されたワインは、フードルもしくはバリック(新樽は用いない。ボルドーの2−3年落ちのもの)で熟成後、経験のテイスティングによるアッサンブラージュだ。シャトー・シモンヌにとっての新しい出来事は最新の垂直油圧式圧搾機を購入したことだが(手動と同様の精密さらしい)、これも単に作業の効率化を図るものであり、シャトー・シモンヌのスタイルが変わるようなものではない。そして「シャトー・シモンヌであるか、そうでないか。それが私達にとって大切なこと」という考えの基、生産される銘柄は赤・白・ロゼの3種類のみである。キュヴェ・スペシャル等を生産することは彼らにとって、コマーシャル以外の何物でもないようだ。そこで今回テイスティングしたものは以下の3種類である。

 

     シャトー・シモンヌ 白 2000

     シャトー・シモンヌ ロゼ 2000

     シャトー・シモンヌ 赤 1999

 

 3種類のテイスティングを通して最も感じたことは「このテイスティングがブラインドなら、答えをどこに持っていくだろう?」ということだ。暖かみのあるワインなのだが、良い意味でプロヴァンスらしくない。例えば白だがクレーレット主体のワインによく見られるフルーツ・ガムのような平坦で安っぽい甘さは微塵もなく、その甘さはアカシアの蜂蜜のような気品のあるもの。ロゼにあるたっぷりのハーブの香りや、しっかりとした厚みや旨味はは間違いなく優れたプロヴァンスのロゼのものだが、ピンクのサクランボなどの涼しさが同時に口の中に爽やかさをもたらしてくれる(ルジェ氏曰く「野菜のグラタンと良く合うよ」。同感である)。そして赤。甘草やプルーン、丁字などのスパイス様の甘さはやはり南のものなのだが、既に黒トリフや品のあるアニマル香も見え隠れし、それらの要素の緻密さ、そして特にタンニンの繊細さに、一部の優れたワインだけが持つ「格」を見出すことが出来る。「フィネス、気品、複雑性。私がシャトー・シモンヌを説明する時に用いる言葉だよ」。そんなルジェ氏の言葉にも、素直に頷くことができるのだ。

 

16世紀に修道士によって造られたカーヴ。

プロヴァンスで唯一の最新型垂直油圧式圧搾機。この圧搾機は昨年まで試験段階であり、現在フランス全土でもこの圧搾機を所有する生産者はまだ約30程度らしい

 

 

ゆとりと誇り

 ところでシャトー・シモンヌのシャトーは、美しい。しかしその美しさはボルドーのシャトーような近寄りがたい壮麗さではなく、プロヴァンスの陽光が似合う(訪問した日は素晴らしい快晴であった)暖かみのある美しさ。それはシャトーの中も同様で、テイスティング・ルームに通された時には一瞬にしてプロヴァンスの雰囲気にノック・アウトされてしまった。

陽光を楽しみながらのテイスティングが終わった頃にはルジェ氏の話題も変わり、彼が長年たしなんでいるというチェロの話や、お父様はヴァイオリンが好きであったこと、現在はピアノにトライ中だが手が大きすぎて(特に指)なかなか上手く弾けないこと等を楽しそうに話してくれた。一家で演奏することも楽しみの一つのようだ。そしてルジェ氏が身振り手振りで楽器を説明する部屋の片隅には、大統領の晩餐会にシャトー・シモンヌが使われた時のメニュウや、お祖父様の幼少時代の写真などが、嫌味なく、でも誇らしげに飾ってある。そしてふと思ったのである。3種類のワインだけを造り続ける、「シャトー・シモンヌであるか、そうでないか」という誇りを支えているのは、一家の空気に流れているこの「ゆとり」ではないか、と。

シャトー・シモンヌのワインから感じられるものは、決して攻撃的なものでもなければ、最先端を競うエキサイティングなものでもない。独自の生態系とゆとりが生む誇りがワインに姿を変えた時、そこにあるのは「いつでも帰ることの出来る品のある美味しさ」だった。シャトー・シモンヌを訪れ、そのワインを飲んでいると、そんな気がするから不思議である。

 

窓から差し込む日差しが似合う、テイスティング・ルーム。

自分のワインを語る姿は、やはり熱い。