TARLANT
〜ラ・ファミーユ!〜 (Ouilly 2002.7.26) |
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タルラン夫妻。左がジャン・マリー氏、右が案内してくださったミシュリーヌさん。 |
レコルタン・マニュプラン(生産者元詰めシャンパーニュ)が日本で注目され始めて久しいが、もちろんレコルタン・マニュプランであること=良いシャンパンである、という図式は成り立たない。 その中でタルランは欧米圏では既に評価の高いレコルタン・マニュプランの一つだ。日本では「知る人ぞ知る」、である。
エペルネから車で約10分、ウイィ(Oeully)という村の、マルヌ河からブドウ畑へとせり上がる斜面の中腹にタルランのメゾンがある。1687年にピエール・タルランによってブドウ栽培が始められたタルラン家は、現在11代目のジャン・マリー氏を中心に奥様のミシュリーヌさん、12代目のブノワ氏(OIVで働いていた経験を持つ26歳)ら7人の家族と、2人の従業員で切り盛りする、完全に家族経営の小さなドメーヌである。
今回はマダムのミシュリーヌさんに案内していただいた。
栽培と醸造 |
現在タルランが生産しているシャンパーニュは9種類(キュヴェ・ルイ、キュヴェ・プレスティージ、ミレジム 1995、ロゼ・プレスティージュ ミレジム 1995、トラディション・ブリュット、ブラン・ド・ブラン ブリュット、ロゼ・ブリュット、ブリュット・ゼロ、レゼルヴ・ドミ・セック、レゼルヴ・ブリュット)。
「300年、同じ土地で健康なブドウが造ることが出来るということ。それはまず土が300年経っ
ても健康であるということ。そして植物の命を理解することはガイド・ブックに載っていることではなく、長年で自然に得た人間の知識です。クルチュール・アンテグレ、リュット・レゾネ、色々な言い方がありますが、私達にとっては一緒のことです」。
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伝統的な木製の垂直圧搾機。皮を傷つけずに均一に圧搾できる利点がある | 垂直圧搾機を下の階から見るとこうなる。ジュがそのままタンクに流れる仕組み | ヴィエーユ・ヴィニュが仕込まれているバリック。「V」はヴォージュ産、「M」は焼き加減が中庸である意 |
醸造は、伝統的な木製の垂直圧搾機(4000L入り)で圧搾後、ヴィエーユ・ヴィニュは全ての醸造の行程を各パーセル毎にバリックで行う(新樽の比率は25%)。ヴィエーユ・ヴィニュの風味を表現するには、樽の中で生じる「微少な醸造」、つまり一次発酵に始まり、ウイヤージュ、バトナージュ(シャンパーニュでバトナージュを行うメゾンは珍しい)、そして自然にワインが澄んでいくことが必要だという考えの基だ。ちなみに現在最も古いアッサンブラージュ用のヴァン・ド・レゼルヴは、1989年のものである。
ヴィエーユ・ヴィニュ以外のキュヴェは、ジャン・マリー氏の厳しい管理の元、ステンレス・タンクでの一次発酵を行う。
瓶詰め後は、スタンダード・クラスでも
平均的生産者の倍以上瓶熟させてからの出荷となる。
テイスティング |
今回のテイスティングは以下。
*ブリュット・ゼロ(シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエが1/3ずつ。チョーク層、Spannacieと呼ばれるエペルネ特有の粘土石灰、砂、化石による石灰)
*レゼルヴ・ブリュット(セパージュ、土壌ともブリュット・ゼロと同じ)
*トラディション・ブリュット(シャルドネ50%、ピノ・ノワール35%、ピノ・ムニエ15%。チョーク層、Spannacieと呼ばれるエペルネ特有の粘土石灰、砂、化石による石灰)
*キュヴェ・ルイ(シャルドネ50%、ピノ・ノワール50%。チョーク層)
まずブリュット・ゼロだが、よくノン・ドサージュのものに見られる過剰な酸のために崩れたバランスや、後味に喉が渇くような感じは全く無い。ミネラルは滑らかで酸とのバランスが良く、蜂蜜のような甘さすらある。また、泡の質が非常に細やか。「澱の上で5年以上寝かせているからじゃないかしら」、とマダム。
レゼルヴ・ブリュットはトラディション共に、メゾンのクラシックな路線。ブリュット・ゼロに洋梨等の甘く白い果実のニュアンスが加わる。
トラディションは「フランスの朝食の香り」。ブリオッシュやキャラメル、カフェやミラベルのジャム。少し海を感じるミネラル。味わいにはよりピノ・ノワールの性格が出ており、フランボワーズの酸や、噛めるような滑らかさがある。
そして最後にキュヴェ・ルイ。これは醸造の全行程をバリックで行う。シャルドネと樽から由来する良質なバターや、凝縮感のあるアプリコット、蜂蜜やヴァニラ。ノワゼット。非常にリッチなのだが重くない。このぎりぎりの重さはマロラクティックを行わないことに理由がありそうだ。
マダム曰く「ブリュット・ゼロとキュヴェ・ルイは常に実験的で、レゼルヴ・ブリュットとトラディションはクラシック」。確かに。甘さすら感じるブリュット・ゼロと、樽を使いながら重さを止めるキュヴェ・ルイは、嬉しい裏切りを与えてくれる。
残念なことがあるとすれば、このドメーヌが100%グラン・クリュを持っていないということだ。惜しい。
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タルラン家の畑にある石の種類。右より 海に由来する小石:余り重要ではないらしい。 チョーク層:スポンジの役目。余分な水分を吸収する一方で、水が不足した時には放出する。ピノ・ノワール、シャルドネ向き |
Spannacien:粘土石灰が主成分なのだが、エペルネ特有の土(ランスにも無い)。ピノ・ムニエ向き。 砂:主にシャルドネ向き |
化石:ピノ・ノワール、ピノ・ムニエ向き |
アッサンブラージュは家族会議で! |
13haの栽培面積に43のパーセルを持つタルラン家では、毎年約35のキュヴェを仕込む。そしてアッサンブラージュをするにあったては、なんと家族会議なのだ!大手のメゾンが時に「一人のテイスターが、我が社の味を守っています」等というのは正反対である。
その家族会議とは、こういう風景らしい。メンバーは三代に渡る家族7人と、その時々の従業員約二名。各自6つのテイスティング・グラスを用意し、ブラインド、かつ最初はお互い口を利いてはいけない。他人の意見に左右されない為だ。これを約1週間、完全にその年の各キュヴェの性格を把握するまでぶっ通しで続ける(マダム曰く、「決して忘れることは無いわ」)。そして討論、討論、討論、、、。
最終の決定権はジャン・マリー氏と先代のジョルジュ氏、そして若き12代目のブノワ氏に委ねられる。家族経営の小さなメゾンでは他も同じ風にやっているかもしれないわね、とマダムは言うが、家族全員で同じものに向き合えるそのエネルギーは、今時稀少である。
「タルランのスタイル?もちろんあるけれどブドウは毎年出来が違うし、私達も毎年意見が変わるのだから、皆で話し合うことは良いことだと思うわ」
そして2年前の家族会議でのこと。ジャン・マリー氏が急に叫んだ。「造るぞ!」
ジャン・マリー氏に沈黙を破らせたのは、1999年のピノ・ムニエのキュヴェ。50年の樹齢の区画だ。余りにも素晴らしかったので、ピノ・ムニエ100%で瓶詰めしてみようと決心したらしい。
「シャンパーニュに植えられているセパージュの37%がピノ・ムニエだというのに、皆ピノ・ムニエの存在を隠したがるのよね」と言うマダム。なぜでしょう、という問いに「シックではないからでしょう。でも成熟した感じや果実味、滑らかさはピノ・ムニエの持ち味よ」
そのキュヴェは今瓶詰めされ、澱と一緒に眠りを貪っている。リリースされるとしたら2年後だとか。当然生産本数はごく限られてくるだろうが、もし幸運にも見つけることが出来たらマストである。
愛すべきマダム |
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43パーセルある中の一つの区画。丁度ドメーヌのすぐ前に位置する。この区画をなんと6人もの生産者で分けている | ピノ・ムニエ。ピノ・ノワール、シャルドネに比べ、葉に丸みがあり若い葉は白っぽいのが特徴 |
愛すべきマダム。たった2時間ほどの時間でマダムから受けた印象だ。
瞬時にこちらの語学力を見抜いたのか(?)、最後までNOVAの講師顔負けのゆっくりのフランス語で説明してくれる。メゾンの前にもブドウ畑があるのだが、この区画は6人の生産者によって分割されている。「最初はどこまでが自分の区画か分からなくて、隣の畑でよく働いていたわ。そうしたらジャン・マリーが『ミシュリーヌ、そこは違うぞー』って」。「ピノ・ノワールとシャルドネを見てジャン・マリーに聞いたの。『一体、どこが違うのよ!』っ、てね」。
そんなことを言いながら、茶目っ気たっぷりに、時に豪快にはははは、と笑う。
家を出入りする家族やご近所さんと話している時、一日本人の試飲コメントをメモに取る様子、彼女の全ての立ち居振る舞いに、タルランのマダムである誇りと優しさ、楽しさを感じる。
ところでメゾンに併設されているオーベルジュでは、マルヌ河と畑を眺めながら、マダムお手製の朝食を頂ける。シャンパーニュの空気を、丸1日ゆっくりと感じてほしいというマダムの気持ちだ。エペルネの街も近いし、シャンパーニュ好きの静かなプティ・ヴァカンスには魅力的かもしれない。