Domaine Thierry ALLEMEND 〜なんてシラー!!!〜

(Cornas 2002.11.20)

 

 

 「飲めない(なかなかボトルを見つけることが出来ない)、会えない」。ローヌ・ビオ派のカリスマ、チェリー・アルマンの手がけるワインと、その人にはいつもそんな思いを寄せていた。そして諦めかけていた時に思わぬ人達から名前を聞くのもまた、チェリー・アルマンなのだ。ジェラール・シュラー、クロード・クルトワ、、、。彼らは愛情たっぷりにチェリー・アルマンの話をする。彼らの話を聞いているとまたもや「会いたい」という思いが頭をもたげる。

 念願の訪問が叶いコルナスに到着したのだが、ドメーヌが全く見あたらない。小さなコルナスの村はすぐに通り過ぎてしまう。アルマン氏に電話をかけやっと辿り着いたドメーヌには表札がかかっていなかった。その玄関の風情に大きな期待と小さな緊張が走る。

 

畑仕事と醸造

 1982年からドメーヌとして独立したチェリー・アルマンは、現在3,4haの畑をコルナスに所有し2種類のワイン、「レ・シャイヨ(Les Chaillot)」と「レ・レイナール(Les Raynards)」を生産する。前者は樹齢40年以下のもので、後者は樹齢40年以上のものだが中には第一次世界大戦前、1908年くらいから徐々に植えられたものもあるらしい。共に花崗岩土壌だが、レ・シャイヨの方がやや粘土が多い。またレ・レイナールはより急斜面に位置し「コルナス最上の畑」と評されている。急斜面でビオディナミを採用していること自体ハードな労働を意味するが、驚異的なのはこの斜面で密植率を8000〜10000本まで高めながら、なおかつ収量を30hl/haに抑えていることだ。いかに凝縮したブドウが収穫できるかは想像に難くない。

 収穫したブドウは除梗せず自然酵母による発酵を待つ。除梗しない理由は果梗まで熟しているということと、果梗が持つ抗酸化作用である。発酵期間は約15日―18日でこの期間中は一日2回の足踏みピジャージュを行う。その後の木樽熟成は約18ヶ月行われるが、新樽は用いず(4−10年ものの樽を用いる)、澱引き、清澄、濾過作業は行わない。またこれらの作業はブドウ果やマストに負担をかけないように、可能な限り重力に逆らわずに行われる。そしてアルマン氏が独自の見解を持ち、試行錯誤を重ねているのがSO2の使用についてである。

 1992年以降、アルマン氏は同じ銘柄のワインで「SO2添加版」と「無添加版」を造っている(しかし添加した場合でも3mg/L上限なのでこの量は限りなく無添加に近い)が、なぜ彼が無添加を試みるかというとそれは「健康のため」というシンプルな理由からである。「SO2の入っていないワインは肝臓に負担をかけないし、頭も痛くならないからね」。そして彼曰くワインによってはSO2を添加しない方が酸化は進まない、すなわちSO2無添加時に酵母自体が亜硫酸を作り出すことがあるというのだ。

 「酵母が亜硫酸を作り出す」。同じ説はブルゴーニュのビオの先駆者、モンショヴェも説いていた。「SO2無添加」或いは「限りなく無添加」を謳う生産者のワインを開けた時に、思いの他に温泉のようなはっきりとした硫黄の香りを感じることがある。「無添加」と謳っても実際は瓶詰め時に少量添加している生産者が殆どなのでその為だと思っていたが、「酵母説」は非常に興味深い。

 そこで今回の試飲は同じ銘柄の「添加」「無添加」の比較を中心に行うことにした。

 

テイスティング

 今回のテイスティング銘柄は以下。(全て瓶からの試飲。記載の無いものはSO2添加)

 

レ・シャイヨ 2000年

レ・レイナール 2000年

レ・レイナール 2000年(無添加)

 

レ・シャイヨ 1999年

レ・レイナール 1999年

レ・レイナール 1999年(無添加)

 

レ・レイナール 1997年

レ・レイナール 1997年(無添加)

 

 「コルナスの面白いところは、ほぼ花崗岩のみの土壌でシラーを表現できるということ。特に花崗岩100%の土壌のシラーは、本当に繊細。レイナールの区画の中には花崗岩100%のものがあるので、小区画毎の醸造も始めたんだ」。そして花崗岩土壌のシラーを利く小さなポイントを伝授してくれる。「これはアラン・グライヨが言ってたんだけれどね。タプナードに入っている黒いオリーブがあるだろう?ああいう黒いオリーブをシラーの中に感じた時、『ああ、これは花崗岩土壌の熟したシラー、つまりコルナスだ!』とぴん、とくるらしいよ」。

確かに黒いオリーブもはっきりとあるのだが、それ以前になんてシラー!!!シラーのエスプリが凝縮されている。2000年はまだやや固いが(アルマン氏曰く、「1999年は過熟気味でブドウのパワーが前面にでているが、2000年はテロワールの年。熟成もゆっくり進むと思う」)ミレジム、畑、添加、無添加にかかわらず共通してあるのは、まずは素晴らしく凝縮した黒い果実。先述の黒いオリーブや甘草、ガリーグの質も申し分なく、生チョコを連想するような甘く細かいタンニン。攻撃的な黒コショウはあまり見られず、余韻には美しいオレンジ。そして何よりも心地よいのは、ワインに敢えてこの言葉を使うが「喉越し」。この心地よさは癖になる心地よさで、朝からシラーでしかも試飲だというのに全く吐き出す気になれない。

ところで添加と無添加の比較であるが、味の構成をなす成分分析上は全く差は無いらしい。だが味わいには予想通り酸の質感の違いや、グラスの中での変化に早さの差が感じられる。無添加の方が美味しく感じられるのも「開いて生き生きしているから」であり、「無添加=熟成が早く進む」のセオリー通りにこの比較試飲は終わるはずであった。しかし1997年の比較になってセオリーは逆転した。1997年の添加、無添加、2種類のワインの色合いには特に違いは見られなかったが、味わいはむしろ無添加の方がバランスの良い固さで締まっている。

「完璧な保存状態下での話だが、1992年、1993年、1994年など余り良くなかったミレジムほど、入れなかった方が良くなることが多い」。

SO2パラドックスは奥が深い。しかし「SO2無添加」という熟成において過酷な環境に置かれた時に優れたブドウ由来のワインは、「力を溜める=ひたすら閉じに入る」という行為に出るのかもしれない。そして良くなかったミレジムほど過酷な環境で「火事場の馬鹿力」のような潜在的なものが引き出されることもあるようだ。

 

コルナスの時代到来?

14歳からコルナスに移り18歳からワイン造りの修行を始めたアルマン氏だが、当時はコルナスの畑を購入しようにも彼が最低賃金者のカテゴリーに入っていたため、銀行から全く融資が受けられなかったそうである。「コルナスの畑はほんの少しずつ買い足していったんだ」。

そのコルナスであるがアルマン氏曰く「シラーにも『流行』があった。エルミタージュがもてはやされた時代、そして次はロティという風に。でも次に来るのはコルナスさ」。しかしそう語る彼自身こそが、コルナスに時代を呼び寄せる求心力であるのだ。彼はそのことに気付いているのだろうか?