2004年1月  

パリ・バージョン 第3弾!
今だからこそ、トゥール・ダルジャンに行こう!

その比類なきカーヴは必見&必飲

 


 

整然と並べられたストックは、とてもデジカメで切り取れる風景ではない、、、。

 「トゥール・ダルジャンに行こう」と誘われるとする。きっと食の最先端を追いかける人ほど反応は余り芳しくないような気がする。そして私自身も当HPお馴染みの須藤氏(在仏20年以上)が常日頃、

「食事の賛否両論はあっても、夜、あの空間から眺めるセーヌの美しさは何事にも代えがたい。これぞ、パリ!!!文化なんだ。そしてあのワインリストは芸術的」と言うのを聞いていたが、財布の問題もあり、「また、今度」以上の気持ちは起こらなかったのだ。

 しかし今私がフランスで最も行きたいレストランを挙げろ、と言われたら11月に当HPで紹介したアルザスの「夢のようなワインリスト」を持つ例のレストランと並んで、トゥール・ダルジャンが挙げられる。なぜなら初めてじっくりとそのカーヴを見てしまったからだ。

 地下1階と2階に広がるカーヴの総面積は900m在庫数は50万本。フランスのみで1万種類という銘酒達は、ワインの最も古いもので1868年(日本は明治維新!)のグリュオ・ラローズ、コニャックに至っては1788年(モーツァルト32歳!?)のクロ・ド・グリフィエ(Clos de Griffier)と来た。

 ギネスブックにもレストランとしては「世界一」と認められるこの銘酒達、一体どのように集められたものなのか?

 
 

トゥール・ダルジャンの歴史


 トゥール・ダルジャンの歴史を詳細に綴ればそれは中世以降の様々な出来事に関連し、恐らく図書館の一室が軽く塞がる書物が生まれるだろう。そこでまずはトゥール・ダルジャンの歴史をごくごく簡単に振り返ろう。

 

1190年〜:

トゥール・ダルジャンが生まれる約390年前、フィリップ2世オーギュスト・カペーが現在のパリの原型である城壁を23年もの月日を費やして築く。この厚さ2メートルにも及ぶ城壁の地下部分の一部が、後にトゥール・ダルジャンのカーヴの壁となる。

1582年:

トゥール・ダルジャン、オーベルジュとして創業開始。時はアンリ・3世の時代で、彼の命によりここで初めてフォークを用いたサービスが供される。

1914年:

創業以降常に宮廷や政治の要人達を顧客に持っていたトゥール・ダルジャンが、新オーナー、アンドレ・テライユ氏がカフェ・アングレのクロディヴィス・ブルデルと結婚したことにより合併。カフェ・アングレのワインのストックがトゥール・ダルジャン所有となり、現在の基礎となる。第一次世界対戦勃発。

1940年:

第2次世界対戦勃発。オーナーであるクロード・テライユ氏がカーヴ内に「隠しカーヴ」を掘り、それを壁で塞ぐことによって、最も主要なコレクションはドイツ軍からの奪取を免れる。

1964年〜

ストックは40万本を超え、その後もプリムールが買い足され現在に至る。

 

 どんな分野でもコレクションは一夜にしては成立しない。そしてレストランが「星」を目指す時にクリアしなければいけない難関の一つが「ワインのストック」である、と以前聞いたことがある。しかしここまで来ればそれはもう「世紀単位のコレクション」で、10年、20年単位で集めたものとスケールが違い、何よりもカーヴに流れる空気に何とも言えない重みがある。

 

林 秀樹氏。B2へ降りる階段にて。

 ところで今回カーヴを案内して頂いたのは、日本人カヴィスト、林 秀樹氏。氏は「地下に潜り続けて17年」のシェフ・カヴィストであり、専任のカヴィストを置いているのはフランスでもトゥール・ダルジャンのみだという。確かにワインリストだけでも既にカタログ並みであるこのレストランでは、ソムリエのサービスをバック・アップするために「地下を知り尽くした人間」が必要であることは想像に難くなく、何よりも新規の入荷を始めまさに文化的財産を管理するとなればもはや専任は不可欠であろう。

また氏は恐らく日本人として最も「古酒を試飲し、その扱いを知っている」人であろう。

「熟成能力のあるワインなら、20世紀後半のものは私にとってまだまだ『若い』部類。別にグラン・クリュでなくても50年以上熟成するものが多々あるから、古酒の世界は面白い」。そう語る氏に最近飲んだ古酒を伺うと「モルゴンの1952年」、そして軽く「19世紀のワインは今も美味しいよ」と付け加えた。いやはや、そう言われても全くピンと来ないものである。

 そんな「未知の世界」へは誰にでも簡単に行き着けるものではないと思うが、気になるのはその状態だ。「19世紀のものも勿論サービス可能」と言うが、一体いかに保管しているのか?

 

 

気になる状態は?

 気温は通年12−15℃、湿度75%。ここまではごく普通のカーヴである。だがパリの地下はメトロやRER(首都圏高速鉄道網)が張り巡らされており、通常なら微振動は避けられないところを「無振動状態」に保っているのが、先述のフィリップ2世オーギュスト・カペーによる「2メートルの壁」である。

これがフィリップ2世オーギュスト・カペー時代から残る「2メートルの壁」。石の文化の底力を見る。

 また年間約1−2万本入荷するワインは、全てプリムール発注の蔵出し。後はひたすら眠らせるのみで、基本的にリコルクの必要が無いと言う。つまりこのカーヴに眠る古酒は生産者の手元にある古酒の状態と限りなく近いと言えるだろう。リスクの高い古酒を購入し時に失敗するよりは、真性・状態共に信頼できるものをプロの手によってサービスして頂く方が、ある意味お得である。

 もちろんトゥール・ダルジャンには若く手頃なワインもスタンバイしているが、それでも蔵出しのものの方が飲み手にとってはやはり嬉しい。ちなみにトゥール・ダルジャンはアンリ・ジャイエのラインナップの充実ぶりでも有名であるが、その価格も最近出るジャイエの価格と比較すると遙かに手に届きやすいものである(余りジャイエを引き合いに出すのも下品だが、最も分かりやすい例なのですみません)。

 気合いを入れたメイン等を一品取り、その分ワインはうんと贅沢に。眼前に広がるのはシテ島とセーヌ川(できれば夜)。そして食後はカーヴ見学。少し頑張って節約すれば得られるシチュエーションがトゥール・ダルジャンにあるのなら、それは大いに「行くべし」であろう。以前某超有名3つ星レストランでは注文するワインをことごとく慇懃無礼にソムリエに拒否され、結果かなり座は白けてしまったのであるが、つい最近にもトゥール・ダルジャンに行った須藤氏によるとここではそんな嫌な思いもせずに済みそうだ(ちなみにパリに長い友人達がワイン・食事ともどもに最もお得度が高いレストランとして、やはりオーソドックスな「タイユヴァン」を推すのも面白い)。

 
 

19世紀デヴュー!

 

 「今のワイン造りにも興味はある。でも例え『後ろ向き』と言われようと、古酒を知れば知るほど、その力により惹かれてしまい、同時に今のワインの果たしてどれだけが50年という時を熟成しうるのかに疑問が生まれる。ただしワインの熟成能力と言っても、そこにはそのワインが生まれた時代が求めた味わいと造りがあるから、一概に何が良いとは言えないだろうが。

 ところでこの間カーヴで1996年のワインを1本割ってしまった。でもボトルはさほど高い位置から落ちたわけではなく、古酒なら決して割れなかったと思う。というのも瓶の厚さ等が今と昔では全く違うから。古酒の持つ瓶の厚さや形状、キャップシールの頑強さ、コルク、ラベル、そして味わい、、、そういったもの全てに先人の気概や手仕事の労を感じるね。それはまるで『遺産』に接した喜びとでも言うべきものかな」。

 そこまで言われるともう「飲むしかない」なのであるが今回はレストラン側にも許可を得た、ある雑誌の仕事も兼ねた取材だったので、特別に19世紀のとあるフィーヌを試飲する機会に恵まれた。

それは驚き、というより「時間を飲む」感動としか言いようがない。よって言葉を書き連ねることは省略するが、もしこのフィーヌの年代を聞かされていなかったら、私は間違いなく20世紀後半のものである、と思ったであろう。それほどまでに若々しいのだ。ちなみに後日、氏のワイン会で1972年のミュスカデを試飲したのだが、こちらもそのミネラルの固まりのような味わいに脱帽。勿論「SO2をじゃんじゃん入れていたんじゃないの?」という声も挙がるだろうが、30年熟成するミュスカデとなれば、ここは素直にその酒質を称えるべきであろう。そして大切に造られ、保管されてきたものは決して懐古主義などと切り捨てられない力を秘めていることを実感する。

次に世紀単位の「時間を飲む」機会がいつ私に訪れるのかは分からないが、少なくともこのカーヴに来れば、誰でも「時間に触れる」ことは出来る。そして間違いなく想像力と好奇心は掻き立てられるのである。

 

参照:

トゥール・ダルジャンのHPは以下(英語バージョンあり)

http://www.tourdargent.com/