裏話 2007年9月 その1

〜 収穫を終えたブルゴーニュにて 〜

 

 

 

生まれたてのワイン。ニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュ レ・ブド 2007(ドメーヌ・ジャン・タルディ・エ・フィス:ヴォーヌ・ロマネ)

最近余りにもHPの更新が滞っているせいか、久しぶり会う人によく「今、何してるんですか?」と尋ねられるので、まずは近況報告を。

 日仏往復生活は続いているが、ここ2年間ほどは1年の半分を大阪で過ごしている。取材したものを日本に持ち帰って書く、と言えば格好いいが、要するに大阪ではかなり引き籠もり(?)生活だ。そしてフランス滞在時。今年は定期的なブルゴーニュ通いに加えて、ある産地にトライ中(どこでしょう?形になることを祈りつつ)。お陰で眠る場所がコロコロと変わり、夜中に目が覚めると「え〜っと、今私は何処にいるんだろう?」と一瞬考え込むことしきり。だが枕が変わると眠れないタイプではないので、自宅でパソコンの前に座りっぱなしの生活よりも、パソコンから解放される産地行脚中の方が「よく食べ・よく歩き・よく眠る」の規則正しい快適な生活かもしれない。

 

 ところで日仏往復生活6年目にして、今年は初めて収穫作業に参加しなかった。なぜなら今年は5月頃からかなり早めの収穫時期が予想されていたからだ。例えばブルゴーニュなら8月下旬から9月上旬。う〜ん、この時期はささやかながら雑誌の〆切と重なる時期である。デュガ家でのアットホームな収穫の雰囲気を懐かしみつつ、結局今回の渡仏は9/25となった。そして9/28、やっと収穫や仕込みが終わった時期のブルゴーニュへ。収穫状況は弊HP「生産者巡り」や他の媒体で紹介したいので、ここでは久しぶりに聞いた生産者の生の声などを。

  

は〜っ、疲れた (by生産者)

〜 パリも寒かった 〜

 2006年が「イレギュラーな天候の推移」ならば、2007年は既に日本にも伝えられているように「とにかく悲惨な夏」。

ブドウの生育期である6〜8月は、ブルゴーニュだけでなくパリにいても「フランスにも梅雨が到来?」と独り言がしょっちゅう出た。とにかく空が変わる。パリの自宅には南西向きの大きな窓があり、日の長い夏は殆ど自然光で仕事をしている。だが仕事に不自由しない自然光を得られるのが、こんなに難しかった夏を経験したことはない。急に部屋中が暗くなり窓の外を見ると、さっきまで青かった空がどす黒いグレーに変わり、あっという間に夕立や雷雨。窓から入ってくる空気は湿気と冷たさに満ちている。冬ならともかく、この時期に「パリの空は陰湿だ」と感じたのは本当に初めてのことだった。

農業に従事していないフランス人でも、日も短く寒い冬を精神的に乗り切る糧は夏にある。ある意味ブドウ樹を含む全ての植物と一緒で、彼らの太陽に対する意気込みは「この時期に太陽でエネルギー・チャージをしなければ冬を越せない!」みたいな本能に近いと思う。今夏、彼らが口々に空を罵しる時、「le temps pourri」「l’ete pourri」という言葉をよく聞いた。「腐った夏」という意だが、私がフランスを発った後の8月も、腐った夏は続いたらしい。「Paris Plage(パリ・プラージュ:パリのビーチ。セーヌ川沿いをビーチに模した夏の風物詩)」に関しても、パリジャン曰く「風邪を引くためにビーチに行くはずもない!雨の中、水着で震えながら楽しい気分になれる馬鹿はいないだろう?」。散々だ。

 

〜 やっと一息。 生産者たち 〜

話をワイン生産者に戻す。収穫前から仕込みが終わるまで、生産者たちに休みは無い。収穫の準備、収穫開始日の決定。いざ収穫が始まると畑では収穫を指示し、それぞれの発酵槽によって異なる醸造過程を時には深夜まで観察しながら、随時適切な判断を下さなければならない。だがヴァンダンジャー(収穫人)の前では、いかに疲れていようと明るくテキパキと振る舞い、チームの士気を上げる。そして収穫も終わりヴァンダンジャーたちが去っても、醸造はまだ終わっていない。一次発酵が終わった出来たてのワインを、熟成のための樽やタンクに移し替えるまで全く気が抜けない。少なくとも3週間以上をノンストップで働き続けるのだから、収穫・仕込みを終えた生産者はとにかく疲れ切っている。それが2007年のような悲惨な夏の後なら尚更だ。

私が到着した日、ブルゴーニュは小雨で最高気温は13℃。数日前まで日中の最高気温が30℃あった大阪で過ごしていた私にとっては、寒さもきついが、この天候が続くと屋外での写真が撮れない。何気なくギヨーム(ドメーヌ・ジャン・タルディ・エ・フィス:ヴォーヌ・ロマネ)に、「明日は晴れるんでしょうか?」と尋ねると、彼は溜め息と一緒にこう答えた。

「明日の天気?今年は夏から収穫にかけて、いつ晴れるか、もし晴れるならその晴れはいつまで続くのか?と、嫌と言うほど天気予報を見てきたから、当分天気予報は見る気もしない。ごめんね、答えられないよ」。その声は鼻声だ。なんでも早い収穫と予断を許さない状況のせいで、夏のヴァカンスも取れないまま収穫に突入。疲労困憊した体にまたもや9月らしからぬ寒さ。ふっと気が抜けたところで、父とスタッフ、そして彼の3人は揃って風邪をこじらせたらしい。「体調を崩さない方がおかしいよ。ラネ・ビザール(奇妙な年)!」

 

アルノー・モルテ。リアルワインガイドをめくりながら、誌面上で自分の知っているワインの写真やイラストを指さして「何て書いてあるの?」。そして表紙がセクシーだと大受け。

アルノー(ドゥニ・モルテ:ジュヴレイ・シャンベルタン)は、手土産のリアルワインガイドを楽しそうに眺めつつも、収穫に関する質問を始めると、

「収穫が終わった日?え〜っと、いつだっけ?もう頭が麻痺して、必要なことしか考える力が残っていない。ハハハ」。もう、自棄笑い(?)だ。

 シルヴァン(ジャンヌ・エ・シルヴァン:ジュヴレイ・シャンベルタン)も同様だ。

「ついこの間まで、毎朝6時とか6時半に起きていたのが嘘のよう。今はもう9時にしか起きられない。体が睡眠を求めているんだ。まだ醸造器具の後片付けとか、いくつかすることが残っているけれど、今週末はゆっくり休んで来週にでもボチボチ始めるよ。夏のヴァカンスも取れなかったし、せめて諸聖人の日(フランスの休日。11/1)前後に、子供たちを連れて遊んであげたい。でもタイユ(剪定)が始まるからなぁ。とにかく2008年に立ち向かうためには、どこかでリフレッシュしないと体が持たない」

 一段落終えた生産者の中には、夏に取り損ねたヴァカンスにやっとたどり着いた場合もある。私が到着したのは金曜日だったこともあり、同日の午後からドメーヌを離れる生産者もいた。デュガ家もそうだ。カーヴの大掃除をしていたラティシャ(デュガ家の長女)は、モップを持つ手を止めて残念そうに言った。

「両親はヴァカンスに出かけている。戻ってくるのは今週末だから今日は会えないわ。まぁ後片付けは私たちで出来るし、両親は働きっぱなしだったから、そろそろ休める時は休んだ方がいいのよ。(子供たちも)信頼して貰えてるってことかしら?ベルトラン(弟)は今畑に出ているから、案内できるけど?それとも幾つか試飲する?」。デュガ家の場合、既に3人の子供たちがドメーヌの為に働いているので、疲労はかなり分散されるのだろう。ラティシャのきびきびとした働きっぷりは、いつ見てもかっこいい(最終的に2006年を試飲させていただいたが、ピノならではの複雑なアロマと豊かな果実味は7月の試飲時より、より充実している。AOCブルゴーニュの瓶詰めは12月予定、他は来春の予定)。

ちなみに今年のデュガ家のヴァンダンジャーはベルトランの友人が増え、大いに若返ったらしい。

「若さならではの真剣さや思慮深さがあったし、若手はこれからのヴァンダンジャーを確保するためにも大切。収穫時期ならではのオヤジギャグも減って(笑)、良い加減でより真面目な雰囲気になった」。

醸造や畑で様々な進歩があっても、丁寧な手摘みが実行出来なければ1年の苦労は水の泡だ。ヴァンダンジャーが減る中、「招集をかければ、いつでも熱心なヴァンダンジャーが来て、でもそれが熟練かつ収穫を楽しみにしている年配の方々だけではない」というのは、ドメーヌの世代交代と同じくらいに重要な課題だと思う。

 

 2003年と理由は違っても、早すぎる収穫は生産者の年間リズムを乱す。仕込みが終わるまで忙しい時期が途絶えず、10月にポカッと暇になる。あるローヌの生産者と話していた時、ごくサラッと「近年は天候がややこしくなっている」と言われたことがある。机上で案じるだけの消費者とは違い、目の前の天候を受け容れなければならない生産者の努力は言葉にできない。

 毎年収穫後の生産者と会う度に、今年のワインが出来上がったことに本当に感謝する。特に最近は、一般的に言う「凄いミレジム」「貧相なミレジム」というカテゴリーは余り好きになれない。それぞれの底力はむしろ、貧相なミレジムで発揮されている。一方で昨今は「ナチュラル」「自然」という言葉が氾濫するワイン界ならば、ミレジム毎のムラも自然へ人が向き合った結果だ。価格の上昇にはついて行けないけれど、買えるワインならば、ムラも含めて丸ごとワインを受けとめた方が余程楽しい。

 

生産者の皆様、本当に今年もありがとう。そしてお疲れ様でした!

 

 次の「裏話」は、同時期の「黄金の丘にて」。