裏話 2007年9月 その2

〜 黄金の丘も、表情はさまざま 〜



 

 

摘み残しのブドウ。酸は落ちていたけれど甘く美味しかった。

 9月30日、土曜日の午前中。冷たい風と澄んだ空が気持ちよい畑を歩いた。歩いたのはジュヴレイ・シャンベルタン 〜 モレ・サン・ドニの「グラン・クリュ街道」往復約6キロ。ジュヴレイのグラン・クリュを左右に眺める、贅沢な散歩コースだ。収穫を終えた週末の畑には人っ子一人おらず、出会うのは陽気なアメリカ人の観光客たち。数週間前にはヴァンダンジャーたちで賑わっていたのが嘘みたいに静かだ。久しぶりに畑の畝に入り、美味しそうなブドウは出来る限り味見した(スミマセン、勝手に食べて)。改めて面白いなぁと思う。同じ畑でも所有者が変わればそれは一目瞭然で、土の状態、雑草の種類や量、剪定の手法や剪定位置の高さ、杭の打ち方、そして収穫時に残したブドウの量も違う。美味しそうに見えるブドウでも食べてみると種に青味が残るものもあれば、「これでワインを造ったらいいのに!」と思うほど今になって最高の状態を迎えているものもある。また同じブドウ樹の列でも、道路際と斜面の上で状態は葉の色づき具合に至るまで異なり、同じブドウ樹は全く無い。

何枚かブドウや畑の写真を撮った後、恐らく1週間後くらいには「黄金の丘」になるだろう畑で、太陽に透ける綺麗な黄色の葉を写真に収めたいと思った。しかし理想的な葉が意外と見つからない。場所的にはグラン・クリュ街道なのだから、畑の状態は国道下よりは良いはずなのに。葉探しに夢中になっている時に、弊HPお馴染みのドミニク・ギュヨン氏とすれ違った。ドミニクは現在、シャトー・ド・ポマールの栽培醸造長を辞任し、ドゥニ・モルテの畑を支えている。生粋の職人である。5月にモルテの畑で会った時、彼は鋤を使い手作業で土を耕していた(ここまで出来るドメーヌは少ないと思う)。アルノー(モルテの現当主)の信頼を受けて、「ジュヴレイ で一番美しい」と評されたモルテの畑を守っている要の人物だ。そして彼と奥様・スナコさんの家が今回の私の宿泊先でもある。

「ドミニク、綺麗な葉が無い!何処かが縮れていたり、赤いシミがあったりで。2005年みたいなピカピカの葉は、今年は無いのかなぁ?」

彼が連れていた1歳4ヶ月の愛娘・サオリちゃんと、愛犬・サミーと同じくらいに(?)、私は結局畑に関して素人の域を超えることは出来ないので、何でも彼に尋ねてしまう。彼は「あ〜、またヤレヤレ」といった感じで、散歩コースを変えながら答えてくれた。

「2005年はオレが長年見てきた中でも、最高の黄金の丘。とにかく綺麗で、一ヶ月くらい本当に金色だった。なぜかって?全てが順調に進んだから。ブドウの完熟を導くのが葉の光合成。その葉を冒す病害も殆ど無かったから、2005年は最後まで綺麗だったんだよ。今年はベト病もあったし、それでやられた葉もあった。また今年は表土だけ潤っても土中は乾燥し、そして空気は湿気だらけ。ブドウ樹にとっては凄いストレスだ。土中のカリウムの問題もあれば、ほら、見ろ、同じ列でも道路際だけ葉が赤いだろ?低い場所は水が溜まりやすいから、やっぱり今年のような気候だと、水はけの悪い道路際のブドウ樹はストレスを受けやすい。それが葉にも色々表れるのさ」。

 一言に黄金の丘と言っても、その表情は毎年変わるのだ。赤味を帯びた葉は何となく黄色くなって、最高の黄金になり切れないまま、葉としての寿命を終えていく。そして生産者たちの頭の中には、今年や前年の畑の状況を踏まえた上での、来年への意気込みが既にある。

 その後もドミニク先生(今年からは、台湾でコンサルティングも行っている)の教唆は続いた。私が「この区画、凄くブドウを捨てているけれど(畝には捨てられたブドウが山ほどあった)。これは収穫に際して、畑での非常に厳しい選果を行った優秀な生産者の区画?」。先生はまたもや溜め息混じりに、

「オ〜、ノン、アキヨ。トレ・ジャポネーズ(凄く日本人的)。何でも明確な答えを欲しがるけれど、それはあくまでも、それぞれのヴィニュロンが最良を模索した結果の一つ。これはある生産者の妹の区画だけれど(ドミニクの頭の中には、生産者マップが完璧にある)、隣の有名な兄さんの区画を見てみな。ブドウは捨てられていないだろう?どこでブドウを選ぶか?剪定かもしれないし、芽掻きかもしれないし、ヴァンダンジュ・ヴェルトかもしれないし、最後に畑でブドウを捨てることかもしれないし、選果台かもしれない。どうやって最高のブドウを選ぶかとはレシピじゃない。それは各ヴィニュロンのメンタリティに依るものだし、それが吉と出るか凶と出るかは様々。畑にブドウを捨てた本当の理由も当事者にしか分からないよ」

 そうなのだ。結局各生産者が「何を良しとするか?」は、一人ずつの異なる解釈があってのこと。現場で実際に働く人間の言葉は、いつも私の単純な想像を超える。

 多分今年の黄金の丘の大半は、少し赤っぽいまま終わるのだろう。一瞬の風景とは1年の流れの中にあるのだと、丘を見つつ思った。

 

次回は2007年 ブルゴーニュの収穫状況Les vendanges 2007)をアップ予定です。 byダンナ

 

何となく赤っぽい畑。シャルム・シャンベルタンにて。 取材が終わった1日は、ギュヨン家の猫と眠る。猫好きにとっては幸せ♪