裏話 12月 

〜 体力勝負の、冬の試飲 〜

 

 

 

  冬の試飲がキツイなぁと思い始めるのは、大体オスピス・ド・ボーヌの頃から。理由は二つ。一つめは目に見えて短くなる日の長さと、青い空を拝めるチャンスの少なさ。二つめはとにかく寒さである。

 冬はカーヴも冷え込むので、カーヴにも依るが、大体気温は12℃くらい。入った瞬間は「暖かい♪」と思うも束の間、試飲の種類も多いとジワジワと寒さが這い上がってくるし、徒歩で回っている時は、5℃弱の外気→12℃のカーヴが1日の流れなので、体に冷たさが溜まっていく。ワインにとっても12℃で試飲されるのは迷惑な話なので、ワインを暖めつつ、自分の体もしっかり防寒。そう、多少の風邪引きでも出来る文章書きとは違い、試飲は今更ながら一に体力、二に体力。集中力も大事だが、体力が萎えていると集中力を高めることも難しいし、味覚の閾値も変わってしまう。真冬にカーヴを訪れると生産者に、「アキヨは南極に来たのか?」と言われることがあるが、それくらい着込んでいく。

 

ニコラ・ティエンポン所有のシャトー・ピュゲロー(コート・ド・フラン)にて。11/22。冬の高く青い空と、刻々と向きを変える斜面。

 こんなことを書いたのは、今年のオスピス(11/18)で、寒さに完全にやられたからだ。オスピス参加も今年で5回目。過去にもオスピス当日の最高気温が零下だったことはあった。しかし今年の最低気温は−3℃、最高気温でも2℃。想定外の寒さ。競売前、プレスの会見が行われる「Salle de Povres(貧民の間)」も石造りゆえ冷え込み具合が半端ではない。会見を行う人たちも「コートを着たままで失礼。今年は冷えますね」と言い、約1時間半の会見が終わった頃には出口にてBIVB(ブルゴーニュワイン事務局)推薦のワインが提供されるが、推定6℃くらいの白ワインや、ましてや赤ワイン。人間同様に小さく縮こまったままだ。

 この寒さからどうにか逃れようと、プレス用の昼食席へ。そこで周囲はやっとコートを脱ぎ始めた。だが私が感じるのは背中を絶え間なく駆けめぐる悪寒と、ワインすら飲みたくないという食欲不振。やっと気付いたが、数日前から体調が万全ではなかった私。前日のオスピスの前キュヴェ試飲時には、味覚・嗅覚ともに特に支障を感じなかったが、前日の寝不足(ホテルが安普請で隣の音がリアルに筒抜け大騒音だった)と、この朝の冷気で一気に症状が悪化したらしい。

 昼食を終えると、ホテルが幸い会場から近かったので、ガタガタ震えながら一旦ホテルの部屋に戻る。午後からは競売や他に予約した試飲もあったが、この体調で参加しても意味が無いし、オスピスからパリに戻った翌日からはボルドーで怒濤のアポイントが待っている。薬を飲み「早く治れ」と祈りつつ仮眠。ストを縫ってディジョンまでたどり着き、ディジョン〜ボーヌ間はタクシーで移動という大贅沢をしたのに、ベッドにいるなんて情けない。「私はボーヌに眠りにきたわけではない!」と自分を鼓舞する頃には、額が異常に熱くなってきた。発熱?最悪だ。

数時間後にどうにか体調は復活、競売の最後の方をやっと見届けほっとするのも束の間。頭の中は「明日もまだスト?TGVは動くのか?パリに帰られるのか?ボルドー行きは大丈夫?」と次の不安がグルグル。

終わりよければ全て良し、で完全復帰したボルドーでは満足の行く訪問が出来た(しかも彼の地の最高気温は14℃だったので、まるで春のように感じた)。しかし人様が精魂込めて造ったワインを、たった数回の試飲で評価するのがこの仕事。いかなる環境でも試飲できる集中力は身に付けたつもりだが(フランスの試飲会場はマダム達の香水の香りが凄いのだ)、その集中力も自身の体調が完璧な時のみ発揮できるわけで。ちなみに今年は3月にも一度、試飲放棄したことがある。ブルゴーニュに訪れてから急に鼻風邪に見舞われ、右の鼻が利かなくなったのだ。幸いにも私はまだ花粉症にかかったことがないが、これも「今年こそ来るか?」とかなり恐れている。

 

ところで前述のオスピスのプレス会場受付では、なんとホッカイロが配布されていた。「Hand Warmers」という名前と、一見外国製品っぽい外見だが、しっかりMade in Japan。2003年に「畑仕事の一年」をレポートした時、手足足先背筋に忍び寄る寒さを堪えながら、「この国にホッカイロがあれば、ブドウ栽培人や農業従事者の間で大ヒットするのではないか?」と考えたことがある。アパートの管理人からも、日本からのお土産に頼まれるのはホッカイロ。稼ぎにならないライター業でダンナのスネを細らせるよりも、副業としてホッカイロ個人輸入をすれば大儲け?それでブドウ畑が変えたら「ドメーヌ・ホッカイロ」とでも名付けようかしら?と馬鹿な妄想を抱いていた。だが一個人が考えるようなことは、きちんと大企業が既に展開していたということで。ユーロ高もあって、どうも懐も寒い、、、。