訃報 ドゥニ・モルテ氏 他界

 

 

 

1月30日、ドゥニ・モルテ氏が拳銃で自らの命を絶った。

死の直前には農薬のコンサルタントと、今年の畑の手入れの打ち合わせをしていたという。その後「11時に約束がある」という言葉を残して車で去った氏が、息子さんによって発見されたのは、昨年に完成した新しい醸造所にある駐車場の車内だった。享年50歳。

 

彼の畑の完璧な美しさは、同業者が心から称えるものだった。

ジュヴレイ・シャンベルタンに住むドミニク・ギョン氏(シャトー・ド・ポマール栽培責任者)の言葉をここに訳す。

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Un maitre vigneron nous a quitte.

Denis MORTET est parti dans les vignes du seigneur lundi 30 janvier au matin. Un grand vigneron de la Bourgogne qui pensait aux vignes, au terroir, au travail tres bien fait, qui pensait que c'est la vigne qui fait le vin, le travail des hommes de la terre mais pas le travail des oenologue. Une grande perte pour Gevrey et la Bourgogne.
Un maitre, un exemple pour moi, une reference legale de la romanee. On avait a peu pres le meme age.
Les vignes du seigneur vont etre heureuses.Un grand VIGNERON arrive.

 

一人の師が、私たちを残して逝った。

1月30日の午前のことだ。

ブルゴーニュの偉大なヴィニュロン、ドニ・モルテは、畑を、テロワールを、そして完璧な質の仕事を追求していた。醸造学ではなく、畑と、そこで行われる仕事こそがワインを造るのだという信念を持っていた。ジュヴレイそしてブルゴーニュはかけがえの無いものを失ってしまった。

私にとっては、ロマネ・コンティに例えられるような、「絶対」の存在だった。また私たちは同年代でもあった。

偉大なヴィニュロンの登場に、畑達は幸せを享受するはずだったのに。

 

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私がドゥニ・モルテ氏を訪問することは、ついに叶わなかった。

なぜならモルテ氏が故ロワゾー氏に通じる心労があったことは耳にしたことがあり、忙しい時間を割いてもらってまで、超・弱小とは言えジャーナリストの肩書きで訪問することは、全く歓迎される行為ではないように思われたからだ。ただ村で偶然会うことや、ご家族とデュガ家で挨拶をする機会はあったので、いつか自然に「一度、飲みにおいでよ」と言われる日を気長に待っていた。そして彼の美しい畑は完璧なお手本のようで、写真に撮るのが好きだった。

ロワゾー氏の死が再度思い出される。それは1月下旬であったことも。1月は都会に住むフランス人にとっても、時に逃避したくなるほどに気が滅入る月であるというのだ。多くの人たちから尊敬された氏を追い込んだ「状況」の一端は何であるのかを、自身の立場で考え直したい。

「心よりご冥福を」という紋切りな言葉で祈ることが、余りにも無意味であると感じさせられるほど、この訃報には気持ちの収拾がつかないでいる。