〜 Les vendanges 2005 Domaine Claude DUGAT Vol.2〜 2005年 ブルゴーニュの収穫風景 ドメーヌ・クロード・デュガにて その2 (Gevrey−Chambertin 2005.9.15〜9.17) |
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まずは戯れ言混じりの収穫日記に入る前に、今年の収穫期間中の最終的な天気を報告しておきたい。
9/15(木) 曇りのち午前10時頃より快晴
9/16(金) 晴れのち曇り 午後に一時ぱらつく程度の霧雨 夜半にも雨
9/17(土) 曇りのち晴れ 乾燥した北風が吹き始める
9/18(日) 快晴のち午後は曇りと晴れが頻繁に交差
9/19(月) 終日見事な快晴
9/20(火) 終日見事な快晴
9/21(水) 終日見事な快晴
先日「小さなワインニュース 9月 その2 〜 収穫時の天気予報 〜」では週末(9/17、18)の「雨」予報を伝え、現地入りした時、デュガ家も杞憂していたのはこの週末であった。しかし結果的には予報よりやや早く少なかった雨が、空の湿気を完全に取り去った形となり、雨が降った翌朝の畑もぬかるんだ形跡等は全く無く、ブドウも乾いていた(急激に水を吸った時に見られる裂果も無し)。
また後半の快晴は見事なもので、まずは収穫期間の天候は理想的だったと言える(ほっ)。
収穫日記 |
今年の収穫ははっきり言って、過去の収穫経験の中で最も肉体的にはきつかった。というのも、2002年度は半日を醸造所で過ごし、酷暑のミレジム・2003年は収穫期間も短く、昨年は選果に回った。要するに1週間、摘み続けたことは初めてだったのだ。2日目からの筋肉痛に始まり、3日目からは何とも言えないだるさ、そして時に睡眠不足まで加わり特に後半は、1日の最後の1時間が本当に辛かった(そんな中、今年も私に心からくつろげる部屋をジュヴレイ内に与えてくれた友人達に、心からお礼を申しあげます)。
ブドウをカミヨン(トラック)まで運ぶポーター役に回らない限り、ヴァンダンジャー(収穫人)の作業には、決して激しい動きがあるものではない。でもカニのように地を這う「動きのあるような、無さ」こそが、普段こんな姿勢を取ることは余り無い日々を送っている者にとっては堪えるのだ。何も私が妙齢だからだけではない。学生さん達ですら「ここが、こう痛くって」というようなセリフを挨拶のように交わすようになってしまう。そう、そもそもこの作業はワイン産地の一大行事に、安い賃金でも楽しむ術を持っている「若者」向きで(もしくはワインに興味がある人たちか、単純に日銭を一気に稼ぎたい人たちが好む)、ウン歳の既婚女性がダンナを日本に置いてまで収穫をしている、という事実はかなり不思議だったりもするのだ。
しかし「15年来」というようなヴァンダンジャーがいるようなチーム・デュガは、平均年齢(推測)は高いと見た。また確かに摘む速度と正確さは経験年齢に比例していると確信(?)しており、私も3回目ともなれば少しはドメーヌの力にならなければならない。ともあれ若者も熟練者の勢いに押されて、真面目に、でも楽しく働いてしまうのがチーム・デュガなのだ。先述の「若者の筋肉痛」も、さぼれる環境では起こりえないのだから。そして小規模なデュガ家より長引く収穫に従事するヴァンダンジャーさんや、ヴァンダンジャー達を迎える各ドメーヌの苦労・心労も、毎回感じてしまったりする。
9/15(木) 〜 ブドウが美しい! 〜
収穫の流れ: シャルム→ グリオット→ シャペル (以上グラン・クリュ) →ラヴォー・サン・ジャック(プルミエ・クリュ)
この時期に顔を合わせる常連さん達だけでなく、今回は当HPでも紹介しているボーヌの和食レストラン「Bissoh」に勤務していたシゲさんもおり、私にとっては時に「日本語も可」な、ますます快適なチーム・デュガである。
何回も書くように、チーム・デュガのレベルは高い。田舎での口コミというのは思いの外に伝播性が高いものだが、他のドメーヌで収穫している人たちの話を聞くと、「少しでもラクをしよう」とする輩が兎に角多いのも、臨時雇いのヴァンダンジャーなのだ。ブルゴーニュの家族経営のドメーヌでは、給料の支払いは出来高制ではなく、基本的に時間に比例する日当制。経験年数に応じて昇給制度を採り入れる、余りにも目だって働きが悪いと解雇に踏み切る、などはあるが、要領よくさぼれば(?)「ラクして、同じ賃金ゲット」が可能である。知人の言葉を借りれば「おしゃべりが始まると手が止まるのがフランス人、根気が無いのが他ヨーロッパの出稼ぎ系、スピードはともあれ丁寧・勤勉な日本人」となる。
しかしチーム・デュガの場合、初めて参加する人でも、とにかく自分の出来ることはする。押しつけられているのではなく、監視されている訳でもないが、なぜかそこに「働く上での良心」みたいなものが流れていて、キツイなどと泣き言を言いつつも「仕事キッチリ」なのである。
さて、デュガ家では毎年、フラッグシップである一連のグラン・クリュは初日に摘む。グラン・クリュという立地上、成熟が早いこともあるが、天気が最も予測しやすい初日ゆえ、確実に理想的な天候下での収穫が可能となる。そしてブドウを摘み始めてすぐに、思わずクロードの姿を探した。なぜなら本当にグラン・クリュと呼ばれるに相応しい、健康で美しく小振りなブドウ達の連なりに、一ヴァンダンジャーとしては当主に感動を伝えたかったからだ。初日は私も余力タップリで、まずは幸先の良いスタートである。
9/16(金) 〜 伝説の日本人ヴァンダンジャー? 〜
収穫の流れ: ラヴォー →クラピヨ(プルミエ・クリュ)→ラ・ペリエール(プルミエ・クリュ)→シャン・フラン・オート(ヴィラージュ)
収穫作業や訪問を通して、取引先以外にデュガ家にとって何人か記憶に残る日本人はいるようだ。しかしデュガ家からだけではなく、常連さんからも必ず尋ねられるS氏は(氏は現在東京で活躍されている)、伝説的(?)な存在であるようだ。
氏は何度かデュガ家で収穫を行ったらしいが、15年来の常連、ミシェル曰く
「Sを知っているか?彼は日中、収穫作業をしながら、夜はソムリエとしてレストランでの勤務もこなしていたんだ。しかも彼の作業の速さときたら!あっという間に畝の向こうまで摘み進んでいく。飛んでもない働き者だ!でも本当にサンパ(気の良いやつ)で、とてもジャンティ(優しい)。素晴らしいね」。
むむむ、、、氏の「日本人伝説」を汚してはいけない、というプレッシャー(?)が、2005年度日本人ヴァンダンジャー2人にのしかかる。しかし夜もレストランで勤務していたというのは、本当に超人的だ(これは収穫をやった者にしか分からない)。伝説のS氏にいつかお会いしたいものである。
そんな「日本人伝説」もあってか、時に「早摘み競争」などを常連さんに挑まれながらも、プルミエ・クリュの収穫も無事、終了。心配されていた雨も一瞬の霧雨程度であったことは、冒頭で述べた通りである。
早朝のドメーヌから見る、村の教会。デュガ家は立地条件も含め、その存在自体が絵になるドメーヌだ。 |
ラヴォー・サンジャックにて始まった収穫2日目。空の美しさにカメラを取り出すと、横でクロードが「ホント、綺麗だよね」。 |
カスクルートの内容も、日によって微妙に変わる。ハムやパテの買い出しをマダムたちが始めると、ご近所さんは「あそこも収穫が近いのね」と気づくのだとか。クラピヨ(プルミエ・クリュ)にて。 |
ヴァンダンジャーのお楽しみ、カスクルートはこんな感じで自分の好きなサンドイッチに仕上げる。サンドイッチの向こうにいるのは、長男ベルトラン。クラピヨにて。 |
9/17(土) 〜 風が乾く 〜
収穫の流れ: シャン・フラン・バ(レジョナル)→バラック(ヴィラージュ)→エトロワ(ヴィラージュ)
週末(土日)からは更に常連さんが加わり、心強いチーム・デュガ。エトロワ(ヴィラージュ)にて。 |
初日の午後に皆がTシャツで働いていたことが嘘のような、早朝の冷え込み。この季節は日々の天候も変わりやすいが、一日を通しても気温差が激しい。どのヴァンダンジャーも完全防寒で集合、しかも皆「脱いでも汚れてもダイジョーブ」(?)な、ノラ作業仕様の重ね着を熟知しているところが微笑ましい。
収穫も半ばに差しかかると、丘陵ではなく国道を挟んだ平地側での収穫が加わり始める。この日ならシャン・フラン・バが相当するが、私の経験上、最も筋肉痛が苦しいのが3日目で、ここに平地の長いブドウ樹の列、と来る。収穫では一人がまずは一列を担当し、後は早く終わった者が遅い列を手伝う、というのが基本的な流れだ。しかし視覚的に100メートルほどありそうな列は、作業開始時には「列の終わり」が見えず、しかも平地ゆえに前後左右の風景は殆ど変わらない。目の前にあるのはただただ株にぶら下がるブドウちゃんのみである。隣人としゃべる、姿勢を変えてみる、などといった小さな変化を自分で工夫しなければ、ブドウの観察や写真撮影といった目的を持ってしても、ただただ単調なのである。
こういった場合、日本人の性(さが)か、私もシゲさんも「いかに効率的に切るか」という探求に燃えてしまった。お陰で例のS氏には足元に及ばないながらも、二人ともスピード系ヴァンダンジャー(?)に成長したと自負している。また、特に気の利くポーターが自分の列につけば、彼らはどのヴァンダンジャーの収穫カゴがすぐに一杯になるかは把握しており、迅速にカゴのチェンジに来る(で、結局、作業はさらにスピード・アップ)。まぁ結論から言えば、畑での苦労を垣間見てほんの少し実感もすれば、ワインは尚更美味しくなるもので、素晴らしい生産者達と出会っていきたいという思いは変わらずとも、彼らを点数などで順位付けしたいという浅はかな思いは自然に消え失せる(それをして良いのは、真の意味で消費者を思い、同時に本当にテイスティング能力のある人達のみだ)。要するに、私は自分には絶対に無理であろう農業を、傍観者として尊敬し伝えたいだけなのかもしれず、その気持ちを忘れないための収穫作業なのかもしれない。
ところでこの日の風は、昔、クロードが言った「ヴィニュロンにとっては、サンパ(気の良い)風」、そう冷たく乾いた北風に完璧に変わった。視覚と方角が一致しないレベルの超・方向音痴のわたしではあるが、畑にいると普段は感じない五感がほんのちょっぴり目覚めるのも、楽しいものである。
〜 「収穫日記 後半」に続く 〜
A la suite a Vol.3 !