GCC 大阪ツアー8月 オマケ

〜 シャンパーニュと、麻ヒモ? 〜

 

 

  なんとなくワイン周辺で、当たり前、と思っているもの。例えば「ワインは大抵、瓶に入っている」とか「コルクか何らかのフタはしてある」。私にとってそんな類の「当たり前」の一つが「シャンパーニュのコルクは、針金で固定されている」というものだった。

 しかし今回GCC主催者である須藤氏が持ってきたシャンパーニュは、「コルクが麻ヒモで固定されている」。しかもそのシャンパーニュが入っているギフトボックスには、丁寧にも「麻ヒモを切るためのハサミ付き」。このシャンパーニュは須藤氏がシャンパーニュ・ツアー中にショップで見つけたものらしく、店主曰く「昔ながらの麻ヒモを守っているメゾン」らしい(それにしても須藤氏は、珍品を見つけるのが上手な人である)。

 そのシャンパーニュ・メゾンは「Comte Audoin de Dampiere(コント・オードワン・ド・ダンピエール)」。人へのプレゼントとして須藤氏が持参していたため、余り触りまくるのも躊躇われ、取りあえず写真を撮り名前をメモした。
 

確かに麻ヒモ。これはこれで、頑丈そうではある。

 
  ネットで情報が溢れる昨今、このメゾンの情報(所在地やRMか、NMかなど)はメモを片手に簡単に探せるだろう、と思いきや、余りにも露出度が低い。確かに日本にも輸入され、ショップのサイトには「ワインペクテーターでトップ3にも選ばれたことがある」などの字が躍り、方や海外のサイトでも「非常にクラシカルでエレガントなスタイル」となっているところを見ると、まさに「知る人ぞ、知る」なのであろうか?(ちなみに麻ヒモであることも、キチンと記載されていた)。ただ正直、私は初めて目にするシャンパーニュ・メゾンであり、「コルクに麻ヒモ」は視覚的にインパクトが強かったので、ついHPにも登場させてしまった次第である。

 しかし、「昔ながらの」と言っても一体いつから針金が一般的になったのか?また「麻ヒモを守るキモチ」も見えない(コストや手間がかかりそうな気がするのだけれど?)。味わいへの興味もあり、いつの日かメゾンを訪問してみたいものである。

 

 ところで「当たり前」の一つ、「コルク栓」もその価値を問われて久しい。下位銘柄や熟成を待たずに飲めるワインなどを、実験的にスクリューキャップに移行させる動きが生産者間ではマイナーながら見られ、その最大の理由はもちろん「ブショネ回避」である。努力の賜であるワインの味わいがコルク一つで台無しになるのは確かに理不尽で、私も基本的には賛成だ。そして反対派の意見として理解できるものは「スクリューキャップでの熟成能力における実験例が少ない」というもだが、フランスの各大学の醸造学部からは、スクリューキャップに対する肯定的な実験結果が報告され始めている。

 ブルゴーニュのAOCワインに対して、幾つかの銘柄にスクリューキャップを初めて実践したのは、ブルの元祖ビオディナミスト、モンショヴェだ。「手作り」のイメージが強い自然派の中でスクリューキャップは、単純に「イメージ」として何となくそぐわない。しかし様々な実験結果を通して冷静に判断を下した勇気をまずは尊敬する。モンショヴェ曰く、

「やはりスクリューキャップ本体もそうだけれど、ボトルの口部分にペリエのような捻りの部分があるのは美しくはない。でもデリケートな自然派ワインだからこそ、ワインの味わいを損なう要素は出来るだけ排除すべきなのではないだろうか?」。

 全てがスクリューキャップになってしまったら、ソムリエの仕事が無くなる、という意地悪な冗談にも見られるように、現時点ではワインボトルの「情緒ある」友人はコルク、の構図は堅牢だ。しかし時代が変われば、「ロマネ・コンティをキュッと開ける」日だって来るのかもしれない(もっともこれには私も抵抗があるし、万が一そうなった暁には、ソムリエさん達には優雅にキュッとやって頂きたいものである)。ともあれシャンパーニュの「止め部分」に関しては、無機質にも思える針金が、今や誰にとっても普通なのだから、あり得ない話ではないだろう。特にブショネという問題が解決されない現状を考慮すると尚更だ。

 麻ヒモ一つで、結構考えされられたりもするものである、、、。